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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 ――鬼塚。
 塚とは土を盛って気づいた墓。
 首塚とは首を埋葬した塚。
 鬼塚とは?
「やっぱり鬼だったのか? あの餓鬼が何者にせよ、逃がしたのは失敗だった。家中に俺のことが知れるのも時間の問題……もう知れている可能性もあるが」
 このあと垣根沿いを一周回ったが、見えない壁が途切れている箇所は見つからなかった。
 屋敷に戻るか?
 祠もまだ詳しく調べていない。
 克哉は隠し持っている短剣を確かめた。
 父から受け継いだ短剣だ。父は祖父から受け継ぎ、その祖父はまた曽祖父に……から受け継いだらしい。
 武器はこの短剣のみ。
 克哉は屋敷に戻ることにした。
 玄関は開きっぱなしになっていた。
 屋敷の中に入り、玄関を閉めて鍵も掛ける。
 神経を研ぎ澄ませる。
 廊下は静かだ。
 怖いくらい静かだ。
「出たな大蜘蛛」
 克哉は囁いた。
 闇の向こうに潜んでいた大蜘蛛。
 短剣が抜かれた。
 大蜘蛛が飛び跳ねた。
 一撃で深手を負わさなければ、次の相手の攻撃で逆に深手を負うことになる。
 腹だ。跳んだ大蜘蛛が腹を見せている。
 短い刃でどこまで貫けるか!
 克哉が大蜘蛛の腹に潜り込んだ!
「っく、そ」
 大蜘蛛の足のほうが長い、このままでは短剣が届かない!
 しかし大蜘蛛の本能か、獲物を足で抱え込んで捕らえようとしたのだ。
 捕らえられたことが逆に功を奏した。
 世にも恐ろしい叫び声。
 軟らかい肉に刺さった短剣。
 大蜘蛛の口が克哉の目の前で蠢いている。
 克哉は短剣を上げて腹を裂いた。
 大蜘蛛の足から力が抜ける。
 その隙に克哉は逃げ出して難を逃れた。
 大蜘蛛の糸が宙を翔ける。
「怯んだだけで、弱ってないってのか!」
 克哉は紙一重で糸を躱した。
 初手と同じ手は使えないだろう。あれは一か八かの賭けだったのだ。
「俺は誰よりも死が怖いんでね」
 無我夢中で克哉は逃げ出した。
 目に入った戸を開けて中に飛び込む。
 すぐに戸を閉めた。
 冷静でなかったと克哉はやったあとに後悔する。部屋に逃げ込んでも逃げ場を失うだけではないのか?
 さらに部屋の中には誰かが寝ていた。
 その顔はどちらだ――美花の部屋だったのか!?
 大蜘蛛は来ない。
 気配はまだ外にある。
 なぜ来ない?
 美花が寝返りを打った。
「うん……ううん……」
 起きてくれるなと克哉は願った。
 やはり大蜘蛛は来ない。
 あんなモノと同居している住人たち。そう考えると、住人たちは襲われないのかもしれない。そうでなければこんな無防備に寝ている筈がない。
「うう……ん……」
 美花がゆっくりと目を覚ました。
「きゃっ!?」
 飛び起きた美花は掛け布団を抱きしめた。
 克哉はすぐに短剣をしまった。
「お嬢ちゃん、俺……じゃなかった、私は妖しいもんじゃありません。この状況じゃ、物取りか変質者に思われるもしれませんが」
「誰か!」
「静かに!」
 慌てて克哉は美花の口を塞ぎ、仕方がなく短剣を首元に突きつけた。
「静かにしてくださいよ。あなた美花お嬢様ですよね?」
「…………」
 口を塞がれたまま美花はうなずいた。
「あなたに危害を加えるつもりはないんですよ。その証拠に今から手を放しますから、絶対に騒がないでくださいよ」
 そっと手を放した。
「…………」
 美花は騒ぎもせず、無言のまま約束を守った。と言っても、短剣を突きつけられたままでは、相手に従うほかないだろう。
「人間相手に、ましてやお嬢ちゃんにこんな物騒な物を突きつけたくないんですが、状況が状況でして」
「殺したいのならどうぞ」
「死を覚悟している人間にこんな真似しても無駄か。俺もあなたのこと殺したくないですし」
 克哉は短剣をしまった。
 美花の視線を克哉の腕に向けられていた。
「酷い怪我ですね、今はこれで我慢してください」
 そう言うと美花は引き出しから手ぬぐいを取り出し、簡単な傷の手当をはじめた。
「まさか侵入者の俺がこんな手厚く手当をしてもらえるなんて、ありがとうございます美花お嬢様」
「悪い方には思えませんから」
「あっはは、よく言われます」
「それにあなたが誰であれ、外の方とお話できたのは久しぶりで、本当に嬉しくて」
「やっぱりあなたも外に出られないんで?」
「ご存じなのですか? そうですね、わざわざこのような場所に出向くのですから、なにも知らないというわけではないのでしょうね」
 傷薬などはなかったので、傷口を縛ることしかできなかった。そのままにするよりは幾分かましだろう。
「どーも」
「どうしたしまして」
 克哉と美花は顔を見合わせた。
 静かな面持ちをしている美花と不思議な表情をしている克哉。
「本当に騒がないんですね、あなたは」
「騒いだ方がよろしいですか?」
 真顔で尋ねてくる美花に克哉は大きく首を振って見せた。
「とんでもない、騒がれたら困ります」
「騒げば人が来ますものね、呼ばれたら困りますか?」
「それはもう」
「なら黙って置いてあげます」
「本当に?」
「ええ、ただしわたしの話相手になってもらえたら……」
「もちろん!」
 大きく返事をした刹那に感じた気配。
 突然、ふすまが開き、隣の部屋から美咲が顔を見せた。
「どうかしたのかしら美花?」
「いいえ、お姉様」
「そう、幻聴だったのかしら。本当にうるさい奴らだわ」
 美咲は怒った顔をしてふすまを閉めて自分の部屋に戻った。
 ふとんに潜っていた克哉がゆっくりと首を出す。
 隣が美咲の部屋だったとは迂闊だった。絶対に見つかると思ったが、寝起きで観察力が散漫になっていたのかもしれない。どうにか美咲に見つからずに済んだ。
 美花が克哉の耳元で囁く。
「また明日話しましょう」
 同じく克哉も美花の耳元で答える。
「ではまた明日。実は俺、屋根裏に棲まわせてもらってるんで、いきなり現れても驚かないでください」
「まあ、屋根裏に!?」
「それから、何も食べてなくて、そこの果物少しもらってよろしいでしょうか?」
「ええ、全部持って行って構いませんよ」
 それは美花の夕食だった。まったく手を付けていなかったらしい。美咲とのことが尾を引いてのどを通らなかったのかもしれない。
 克哉は果物をお盆ごと取った。
 食料を調達するにしても、台所を漁る気にはなれなかった。変な物が出てこないとも限らない。ここで食料をもらえたのは本当によかった。のどが渇いているところに果物というのも嬉しい。
 克哉は頭を下げて、押し入れを開けた。
 それを見た美花は目を丸くしている。
 克哉は声を発さずに「おやすみなさい」と挨拶して押し入れを閉めた。