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 図書室はいつも静かで、少し埃っぽいけれど、少しくすんだ本の匂いが私は好きだった。好きなものは私にだってある。オシャレに小説、けれどどちらも美由には敵わないのだ。
(あ、これまだ読んでない)
 好きな作家さんのまだ見ていない本を見つけて嬉しくなった。本を手に取って窓際のお気に入りの席に座る。表紙は美しい青空が広がっていた。ぱらりと表紙をめくり、小説の中にのめり込んでいった。
まるで、現実逃避をするように。

「あのー…」
「…え?」
「すみません、もう図書室閉める時間なんですけど…」
「ああ、ごめんなさい。これ、貸し出しお願いできますか?」
「はい。ではカウンターでお願いします。」
 図書委員の女生徒に声をかけられて我に返った。読みかけの本を手に、図書カウンターへ向かう。その図書委員の彼女は、よく見れば美由と正反対に真面目そうで、黒く長い髪の毛を二つに緩く括っていた。きっと望んで図書委員になったのだろうなどと考えていると、貸し出しの処理が終わっていた。
「お待たせしました。」
「いえ、ありがとうございます。もう外真っ暗ですね。」
「日が落ちるのが早くなったからですね。私も片づけして早く帰らなきゃ。」
 そう云う彼女に、申し訳ないという気持ちが生まれた。どうせ家に帰っても、きっとまだ美由は帰っていない。
「私で出来ることでしたらお手伝いしますよ。私のせいで遅くなってしまったようですし、1人より二人の方が早くないですか?」
「え、あの、いいんですか?」
「もちろんです。」
「じゃあ、椅子と机を真っ直ぐに揃えていってもらえますか?」
「はい。」
 バラバラになってしまっている図書室の机と椅子を綺麗に並べていく。そういえば彼女の名前も聞いてなかったと気付き、これが終わったら聞こうと思いながら作業を進めた。
「終わりました。」
「あ、ありがとうございます。私ももう終わりますので帰っていただいても大丈夫ですよ、藤原さん。」
「…私、名前云いました?」
「あ、ごめんなさい!図書カードとあと、その、藤原さんは有名なので…」
「ああ、珍しいみたいですね、同い年のきょうだいって。」
 そう云って笑って見せた私に、顔を埃で汚してしまった彼女が真剣な顔で私を見つめた。
 何だろう、この反応。私は何か変なことでも云っただろうか。
「それもありますけど!二人とも美人だから有名なんですよ!」
 そう力説をされて、思わずくすりと笑ってしまった。笑った私に、彼女は首を傾げた。手を伸ばして、顔に付いてしまっている彼女の頬を撫ぜた。
「え?え、と…?」
「顔、埃付いてたから。」
「ご、ごめんなさい!」
「?どうして謝るんですか?」
「綺麗な手を、汚してしまって…」
 奥ゆかしいのか、顔を赤く染めている彼女の名前を結局聞きそびれてしまっていること思い出した。
「名前、教えてください。」
「え?私の、ですか?」
「はい。」
「…野村歩です。三年なんですけど…」
「それじゃあ敬語使わなくても大丈夫ですよ。私の方が年下ですし。」
「え、でもっ…」
「私のことは下の名前で呼んでもらえますか?妹も藤原ですし、私も歩先輩って呼んでもいいですか?」
「…はいっ!」
「敬語、出てますよ。」
「すぐには無理ですよ…」
 しゅんとする歩先輩を見つめてみた。
 美由とは何もかも違う。髪形も顔付きも身長も。落ち込む彼女のつむじが見えた。
「歩先輩、終わったなら帰りましょう。どっち方面ですか?」
「えと、私は徒歩であっち、なんだけど…」
 彼女のさす方角は私と同じで、一緒に帰りましょうかと誘ってみた。そうするとやっぱり恥ずかしそうにでも、と云うものだから面倒くさくなってしまい、左手には自分と彼女の鞄、右手で強引に彼女の腕を引いて、図書室の鍵を掛けて職員室に鍵を預けた。
「じゃあ、帰りましょうか。」
「う、うん…」
 彼女と肩を並べて歩くと、ますます小ささが際立って見えた。百七十センチに近い私から見て、凛よりも小さい女の子と歩くのは不思議な感覚だった。
「先輩。」
「何?」
「先輩って身長いくつくらいですか?」
「えっ、とぉ…」
「あ、云いたくないならいいですよ。だいたいこのくらいかなーとは思ってますから。」
「云う!云うから!」
「じゃあ教えてください。特に他意はない素朴な疑問なだけですから。」
 そう云うと、先輩は小さな身体をますます縮こまらせしまった。失敗した。これは彼女のコンプレックスだったか。
「…じゅう、くらい…かな?」
「あ、ごめんなさい。聞こえなかったんでもう1回お願いします。」
「ひゃくごじゅう、くらい、デス。」
「いいですね。」
「何でっ?大きい方がよくない?」
「大きいと可愛くないみたいですよ。世間一般的には。」
「私はもうちょっと身長欲しかったな…」
「可愛いからいいじゃないですか。」
「可愛くないよ。藤原さんくらい綺麗だったらいいけど…」
「先輩。」
「え?」
「私の名前、知ってるんでしょ?呼んでください。」
 立ち止まって先輩の顔を覗き込むと、何だか複雑そうな顔をしていた。もう辺りは暗くて顔色は伺えない。
「…みつき、さん。」
「美月でいいですよ。」
「無理無理っ!私にはハードルが高いよー」
 泣きそうになりながらそう云う彼女を可愛いと思う。けれどときめかない。私は美由が好きなだけで、レズビアンではないのだ。
「あ、私ここだから…」
「じゃあ、おやすみなさい。」
「まだここから遠いの?」
「そんなことないですよ。先輩、また図書室行きますね。」
「あ、うん!またね!」
 図書室にはよく行くけれど、たいていいつも美由がべったりとくっついているからあまり眼中になかった。彼女のような人もいるんだと思い、私は家に向かって歩く。
美由ののろけを聞かされるという地獄が待ち構えているのだと思うと、その足取りは重かった。
「おねーちゃんおかえり!」
「ただいま。美由のが早かったんだ。」
「何回もケータイかけたのに出てくれないんだもん!心配したよ!」
「図書室で本読んでたから遅くなったの。だから携帯もマナーモードにしっぱなしだったの。ごめんね、美由。」
 玄関を開けるとそこには妹の姿があった。まだ彼氏の家にいると思ったのに、と少し意外だった。
「ねえねえ聞いてー」
「聞くから待って。美由、ご飯まだ?」
「うん。お腹すいた。」
「じゃあ適当に作るから、あっち座って喋ってて。ちゃんと聞いてあげるから。」
「はぁい。」
 ダイニングテーブルに座った美由は、部屋着で脚をブラブラさせている。長い髪の毛は高い位置で緩くおだんごにしている。いつもの美由の家での姿だ。何を戸惑うことがあるのだろう。
「あのね、アキラんち行ったんだけどね、アキラお母さんと二人暮らしなんだって。」
「へえ。」
「でもね、何かお母さん仕事でいなくてアキラと二人っきりになっちゃったから、怖くて逃げちゃったの。」
「それは正しい判断だよ。」
「そうなの?」
「そう。手の早い男はよくないよ。」
「そうだよね!」
作品名:グラデーション 作家名:たにかわ