グラデーション
簡単にオムライスを作れば、嬉しそうに美由がケチャップで文字を書き始めた。これもいつものことで、私の分にはすこしへたれた感じに『みつき』とハートが書かれていた。美由のオムライスにはやっぱり同じように『みう』と大きなハートが書いてあった。『アキラ』って書くかと思ったのに、そんな些細なことが嬉しくて仕方がなかった。些細なしあわせを壊したくなかった。
「でもね、アキラがおねーちゃんに会いたいんだって。」
「イヤ」
「ちょっとくらいいいじゃん!ケチ!」
「………美由。」
「なに?」
「美由は、私が美由のことすきって知ってた?」
オムライスを食べる手が止まる。私たちは向かい合ったまま見つめ合った。
ああ、私たちはまるで本当に双子のようだ。髪型以外、何も変わらない。同じ顔立ちによく似た声。けれど性格は正反対。ずっと私の後を付いてくる美由が愛しくて堪らなかった。
抱きしめて、キスをしたい。私にそう思わせるは美由だけなのに、こんなに傍にいるのに、何も出来なくて歯痒くてしかたがなかった。
「おね、」
「ごめん、私先に休むね。」
「ちょっと、おねーちゃん!」
「お休み。テーブルはそのままでいいよ。朝片付けるから。」
美由からの答えを聞くのが怖くて、私はリビングから自分の部屋へと逃げ出した。逃げ出しても、何も変わりはしないのに、それでも逃げ出さずに入られなかった。あの子の瞳に映る自分は、きっと酷く醜かっただろう。
神様、早く私を殺してください。
朝、目が覚めても私の身体は重かった。
シャワーを浴びて、メイクをして学校に行かなければと思うのに、美由と顔を合わせるのが怖い。
しかし部屋に篭っているわけにもいかず、仕方なしに身体を起こし、自分の部屋の扉を開けようとした。けれど、何かが扉に引っかかってしまっているようでうまく開かない。
「何これ…?」
「んぅ…」
「美由っ?」
「おはよーおねーちゃん…」
私の部屋のドアの前で、美由は毛布に包まったまま眠っていたようだった。私が慌てて開いた扉から飛び出し、美由の身体を抱きしめた。
「大丈夫?風邪引いてない?」
「大丈夫だよ、おねーちゃん。」
「………っ」
美由のへらりとした笑顔を見て、私は涙が溢れた。けれどそれを気付かれないように、もう一度強く美由の身体を抱きしめた。
「みうね、おねーちゃんのことだいすきだよ。」
「美由…?」
「すきだよ。アキラより、だいすき。」
「…うん、私も美由が一番すきだよ……」
私たちの『すき』はきっと意味が違うだろう。それでも、一晩中私のことを考えて、やけくそみたいな告白に、きちんと答えてくれた。
美由はいい子だ。茶髪で、ギャルっぽいっていうかギャルで、頭が弱くて、本当は女の子の友達なんて数えるほどしかない。そんな美由が、私は本当にずっとずっと好きだった。家族愛だけではなく、1人の人間として美由を愛していた。
「美由、今日手繋いで学校行こ。」
「いいのっ?」
「だってアンタ、私のこと大好きなんでしょ?」
「うんっ!」
気が付けばもう時間もギリギリで、私たちは慌ててシャワーを浴びてお揃いの制服に袖を通した。濃紺のセーラー服にプリーツスカート。美由は白のカーディガンを着て、そこからは少しだけスカートが覗いていて下着が見えてしまいそうだ。けれどそんなことお構いなしに美由は必死に髪の毛を巻いている。
私はくすりと笑って、赤いスカーフを巻いた。
今日の授業はきちんと聞こう。昨日ぼんやりとして聞けなかった授業は、凛にノートを借りよう。なんて考えていたら、準備の整った凛が近寄ってきた。
「おねーちゃん、準備できた?」
「出来てるよ。」
「じゃあ行こ!」
そう云って、何の躊躇いもなく美由が手を伸ばしてくる。カーディガンから少しだけ覗く美由の手を取って、私たちは誰もいない自分たちの家に向かって行って来ますと告げて学校まで走った。途中、昨日知り合った歩先輩を見かけて、おはようございますと声をかけたら、後から美由に誰なのかと散々聞かされた。
「みーうー?」
「だってだって!」
「図書委員の先輩だって云ってるでしょ。美由にはアキラとやらがいるじゃない。」
「やだやだ!おねーちゃんは私のだもん!」
「昨日は彼氏がどうとか云っといて…」
そう云いながら背中からぎゅうと抱きしめられる。悪い気はしない。むしろいい気分だと浸っていたら、凛に頭を小突かれた。
「美月、顔にやけてるよ。」
「あ、おはよう、凛。」
「りんちゃんおはよー」
「おはよう、美月。」
「えー?りんちゃんみうにはー?」
「美由には美月がいるからいいでしょ。あと彼氏。」
「だってぇー」
「二兎を追うものは一兎をも得ずだよ。」
「そうなの?」
「そう。アンタ美月と彼氏、どっちの方が大事?」
「おねーちゃん。」
そう即答した美由に、私と凛は顔を見合わせて、それから少しだけ笑った。わけがわからない美由はただ首を傾げていた。
それから暫くして、美由の彼氏に無理矢理合わされた。するといきなり『お姉さん』と呼ばれ、原が立った私はにっこりと笑顔を浮かべてこう述べた。
「ふざけんな。私はお前のお姉さんじゃない。」
面食らったその男を放置して私にフォローに回った美由にショックを受けていた。
私を抱きしめる美由越しに見えたその男に向かって勝ち誇った視線を送ってやった。
私は美由を愛し、そして美由も私を思ってくれているのだから、これくらいは許されるだろう。などと思いながら。
「ねえ、美由。」
「なぁに?」
「このアキラって男と私、どっちが好き?」
「おねーちゃんに決まってるじゃん!」
「ええっ?」
「だよねー」
「ねー」
目の前の男を置いてけぼりにして、私たちは顔を見合わせて笑った。
私たちは、血の繋がった姉妹だった。
四月生まれの私と、三月生まれの美由。同い年だけれど双子ではないちょっと不思議な関係。
これからもきっと、美由に付きまとう男に嫉妬を覚えるだろう。けれど、美由にとっての一番が私ならばそれでも構わない。
こうして私は、少しだけ大人になった。
いつか美由が結婚しても、私たちが姉妹であることに変わりはないのだから。
私の恋に、美しい未来は来ない。
けれど、それでもいいのだ。
私はこれからも、妹の美由を愛し続けるだけなのだから。