幸せ
ある日からこつぜんと、犬のようなヤツは来なくなった。
少し寂しいと思いながらも、風邪でも引いたのだろうと、今までどうり普通に過ごしていた。
だけど、来る日も来る日も、ヤツは来なかった。
少し心配になった。
人が嫌いなオレが誰かを心配するなんて、でも心配だった。
ヤツとよくつるんでいた奴等にヤツの家を教えてもらい、様子見だけしようと、そう思ってきた。
だけど、チャイムを鳴らすとそこには涙で目を赤くしたヤツの母親がいた。
「…綺音の事は、もう、気にしなくて良いのよ。」
わけが、わからなかった。
とある病院に横たわるヤツがいた。
オレが声をかければヤツは嬉しそうに起き上がる。
「まさか由紀がお見舞いにきてくれるなんて、俺、すっげー嬉しい」
「…そうか」
ヤツは…綺音は本当に嬉しそうに笑顔で言った。
オレはそんな綺音に、ちゃんと笑い返せていただろうか。
余命5ヶ月。
それが綺音の人生。
本人は知ってるはずなのにニコニコ笑っている。
怖くないのか?
悲しくないのか?
辛くないのか?
泣きたくないのか?
聞ける訳がなかった。
ただ、そんな臆病なオレに出来る唯一の事。
綺音がいなくなるまで、コイツに尽くそう。
本気でそう思った。