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ひとりぼっちの魔術師 *紅の輝石*

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5.広がる世界の音。



-世界の最初の音は、歌。
 世界の最期の音は、歌。
 誰もが知りえたあの日聴いた曲。
 知らんぷりしても、もう。
 耳から離れない。-


ここは空に最も近いとされる塔の上。
神聖な場所なのだと、周囲の影は口々に僕に叱り付ける。
君が地上を歩く僕を見つけて、

-逢ってみたい-

こんな一言で僕はここに連れてこられた。
 
何故か僕は正座。
足を組んで、大き目の椅子に座って、横柄な態度の君。
名前も名乗らず、僕を見てはニヤニヤしている。

-気分が悪いな、ほんと…-

怒りと言う感情を覚える。
 
黙って見詰め合って、お昼が過ぎ、夕方が過ぎ、夜になった。
日は昇り、又昼がやって来る。
どれだけの時間が過ぎたのか。
何となくだが、このまま息が切れるまで見詰め合っているのではないか。
そんな錯覚に襲われていた。

どんな存在なのか自分自身が分からないけれど、眠気、空腹も感じる。
でも、決して君から目を逸らしてはいけない、その思いが僕の中で大きくなっていた。

何度目かの夜だった。
気が付いたら僕は、床に横たわっていた。

-寝てしまったんだ…。-

ぼんやりとした頭の中にあった僕の意見だった。
君が居たはずの椅子へ視線を向ける。

-…あれ、居ない…。-

君の姿はなかった。
主を失くした椅子は、とても侘しい雰囲気を醸し出していた。
ものには必ず、「必然的な所有者」が存在している。
それを僕は知っている。
所有者を得た「もの」は、輝きを増す。
この世界にある理由を手に入れ、世界の欠片の一つとして空間を彩る。
手をじっと見つめて考える。

-僕は今何も持っていない。-
-いつかこんな僕ににも、「僕だけのもの」は発生するのだろうか。-

疑問で体中が覆われた時、ふと耳に音が届いてきた。

-コレは…笛…?-

柔らかい旋律に導かれて、僕は月の輝きの向こうへよろよろと足を動かせた。

-…なんだろう、何だか…-

胸の中で、言われもない懐かしさが深深と降り注いでいた。

テラス。
白い石で創られた、贅沢さを感じさせない印象を与えるが。
-…実際はそんな事ないはず…-
と僕は思う。
音のする方へ足を進めると、月に映し出された君が居た。
僕に気が付いていないのか、君は瞳を閉じ
音楽に身をゆだねていた。

-…綺麗だ。-

率直な感想。
音楽も、それを生み出す君も、君の手によって操作される笛も。
吹き終わった君が、一つ大きな溜息をついた。
僕はぼんやり君の姿に魅入っていると、僕の姿に気が付いた君が、小さく微笑んだ。
僕が見た、不敵な笑み以外の君の表情だった。
 
「おはよう…って今は夜だね。」

君は苦笑しながら、僕の近くへ歩み寄ってきた。

「何て曲?」

君の奏でていた楽曲に僕は興味があった。
題名を知りたかった。
何処で生れたのかのを知りたかった。
誰によって作られたものなのかを知りたかった。

「題名はないよ。何処で生れたのかも知らない。誰が作ったのも分からない」

肩をちょっと上げて、首をかしげて苦笑しながら僕の欲する事への答えを口にした。
君が知っているのは、創り上げられた天上の旋律だけ。
僕はとても残念だと思った。
こんなに凄いものを創り上げた状況がわからないなんて。
とても勿体無いことだと思っていた。
僕の顔を見て、君は苦笑の色を強くして、言葉を紡いだ。

「ここにそれが存在しているだけで、僕は充分だと思うよ。生まれてきた事に感謝して。あり続ける事に幸せを感じて…。世界はそうやって、当たり前を幸せだと感じて生きているんだよ」

ありきたりの表現だった。
僕の中では更にむなしさが強くなる。
君は笛に視線を落として、

-この曲には、本当は言葉が付いているんだよ…ただ、僕はそれを知らない…。-

この言葉で話を終わらせた。
その後は、その楽曲を笛で吹いていた。
 
空は深く濃紺の下。
哀しくも、希望を追いかける印象を与える音のつながりが広がる。
星達は呼応して歌い、月は至上の音楽を作り出す君に尊敬の視線を投げかける。 
自然は僕や君、影が理解できる言葉を使わない。
僕らは、彼らの伝えたい事の一厘さえも理解し切れていないのだろう。
だから同じ過ちを繰り返し、同じ時間を辿り。
成長しないだけでなく、退化していく。
 
-君の知らないこの曲の言葉とされるものを君が知らないのも、きっとそれが原因だ。-
 
言葉がない方が正しいのかもしれない、この楽曲は。
紡げば嘘になる。
表現されるそれら全てを否定する。
僕はそう感じている。
言葉のあるほうを聞かなくてよかった。
正直な意見。

君は一晩中楽曲を弾き続けた。
僕もその音楽の中で、心を静かに沈めていた。
月の輝きの下にある二つの影は。
明日と言う時間の流れに思いを馳せることなく、今というこの瞬間だけを。
生き抜いているだけだった。
 
-多分ずっと昔から知っているんだ。
 ただ忘れていただけ。
 君はそれを僕に思い出させる為の装置だったんだね。-