ひとりぼっちの魔術師 *紅の輝石*
4.留まる気持ちと信じる心。
-誰かを思うことが世界の始まりならば。
誰かを忘れる事も、又世界の始まり。
終わりも始まりも、同じ線の上で踊り続けているだけ。-
傷が絶えない大地。
影たちの叫び声や、嘆きを。
日が昇り、日が沈むまで。
一つの体で、その全てを受け止めている。
僕も、その優しくて柔らかい体の上で息をしている。
焼けた野原。
無数の倒れている影。
槍が刺さっていたり、ある筈のものがなかったり。
奪われた光景が、そこかしこに当然のように広がっている。
僕はその中を歩いていた。
残り続けている鉄の匂いが鼻につく。
-早くここから出なきゃ…-
僕は、力を使おうと手に意識を集中する。
「おい、こんな所にいたら危ないよ!」
ひょいと僕の脇を抱える腕の力を感じた。
顎を上げて上を眺めると、影がそこにいた。
君は、とても不思議そうに僕を見てから、全力で走り出す。
-痛い…。-
確り持たれていない為、乱暴に揺り動かされて、脇に痛みがゴリゴリと走る。
出会った場所から少し離れた所で、君は深く深呼吸して。
改めて僕を見た。
ちょこんと座っている僕を見て、ますます不思議に思ったのか。
突然溜息をついた。
哀しい、重い溜息。
「君は、何処から来たの?」
そう君は問いかけてきた。
僕は…。
何処からだったか。
-覚えていない。-
近い記憶を辿れば、斬首台まで連れて行かれる瞬間。
それを答えたら多分君は驚くだろうから、言うのをやめて首を横に振る。
苦笑いをして、そうか大変だったんだな、と妙な納得をされた。
何が大変なのか、僕には分からない。
森の中に入って、鬱蒼としている空間を潜り抜けて。
光が目の前に広がった。
先程の光景とは違う。
人々がひっそりと、でも呼吸が強くあって。
光に満ちている。
そこは、小さな集落だった。
かなりの距離を歩いた意識があるから、
-まるで逃げているみたい-
そう感じたのは事実だった。
後で君の話を聞いて、その感覚が間違えてなかった事を知るのだけれど。
映し出される光景と、先程の印象の差が大きく感じて眩暈がしている所を。
君以外の誰かが僕の姿を見つけた。
大きな声で、
「おーい、アイツが又拾ってきたぞー」
と伝え始めた。
その声が響いた瞬間、周囲の影は明るい色を捨て、灰色の視線を投げてくる。
疑惑、疑問、欺瞞。
不安、恐怖、悲観。
プラスに見えるものは抱えているようには、残念ながら見えなかった。
一歩ずつ後ろへ下がっていく影たちの中で独り、前へ進み出てきた影があった。
君よりもずっと年上の白髪の影。
「困ったものだな、此れで何回目だね?」
「…すみません…」
呆れた声と溜息の持ち主に君は、深々と頭を下げる。
合わせて僕も、深々と頭を下げる。
別に君が悪い事をしているとは思えなかったからだ。
頭を下げる僕を見て、白髪の影は一瞬困惑していた。
だが直ぐ元に戻って、君に小さく耳打ちをする。
それを聞いて、君は顔が青ざめていた。
「どうか、それだけは…ほんの少しでも、ほんの少しでもっ…」
小さな声で反論しているようだった。
どうか、と何度も懇願されて白髪の影は折れて、指を3本立てて指示を出す。
皺だらけの指を見て、君は静かに頷いていた。
-多分僕の命の時間かな?-
そう漠然と思った。
君は小さく粗末な建物に僕を導いた。
「お腹がすいただろう?」
味気のない、温かいスープもどき。
かなり古いと見える、小さいパン。
それらで僕を迎えてくれた。
外から君以外の声が聞こえる、君の名前らしき音を発しながら入ってきた。
「あれ、どうしたの?」
「草原にいたんだよ…」
君の言葉を聴いて、絶句する影。
数秒間をおいて、そう、と暗い声で何とか相槌を打った。
君の隣に居る影が、僕の頭を撫でる。
何度もゆっくりと確かめるように、じっくりと撫でてきた。
されるがまま、僕はその影の行動を受け入れていた。
君と、君の隣の影は僕に話をしてくれた。
小さな国の戦争。
一つの「宝」を巡って、周囲の小さな村等を巻き込んでの醜い争い。
結局「宝」は見つからず、争いには意味がなかった事が証明された。
「はずだった…」
君は、言葉を詰まらせる。
争いあった国は、
-「宝」は隠されたんだ!-
と責任の擦り付け合いを仕出した。
本当は終わるはずの戦争。
上に立つ人間の脆く儚い誇りの為に、泥沼化した。
大義名分も、意味もない殺し合いに疲れ切った人々は、逃げた。
逃げた人々も見つかれば即、首が飛ぶ。
血が繋がるもの、その周囲の者。
全て、土へ還ることになる。
乱暴な力によって、還される。
少し前まで憎みあっていた者達も。
自然に作り出される薄暗い影に見える世界に、一緒に力をあわせ逃げ込んだ。
「僕が外に出て見つかれば、僕の村は明日にもなくなるだろう」
だから僕はここにい続けるのだ、と君は、搾り出すように言葉を発した。
隣で、君の手をギュッと強く握る影。
優しい視線を隣の影に投げかける。
その視線の柔らかさに、暖かさ以外のものを少し感じたけれど僕は無視をした。
夜になる前に、君は僕の布団を用意してくれた。
君の隣にいた影は、食料の受け取りに行くといって出て行った。
よろめく影を君は支え、僕が行く、と提案したが却下された。
危なっかしい足取りを僕が疑問を持った視線で見ていたのに、君は気が付いた。
「あの子はね、…僕を戦場で庇ってね…」
視力を失った、と説明してくれた。
君が怪我した時は、全力で励まし、命を顧みず助けてくれた。
そんな影に、君は深く感謝していた。
ここにい続ける理由は、その影のことが心配な事と。
一緒にいた時間が短くても、とても濃い時間だったためか。
二人でいるのが当たり前、と言う感覚に陥っているのだといった。
僕は、いまいち理解が出来なかった。
理解できない、と言う事が顔に出ていたのだろう。
「子供には難しいかもね」
と君は苦笑いをした。
-子ども扱いで片付けられるのは僕自身非常に困るのだけれど。-
僕の正直な感想だった。
君の、影を「愛する」と言う気持ちが分からない。
命の崖っぷちを潜り抜けると、そこに居た自分以外の誰かが大切になるのだろうか。
同じ想いを共有する事は、多分大切だと思う。
だけれど、それが「大切に思う」事と直結するとは思えない。
君の言葉は、ただ何かから逃げている、という事を高言しているような。
そんな印象だった。
-今までの時間はいらない時間?
だったら、今も過去になるのだから。
きっと「今までの時間」もいらない時間なんだろうね。-
星の瞬きは、どんな世界にも平等に広がる。
見てきた歴史の汚れきった事をも、しっかりと焼き付けている。
僕たちはそれを知っているのに、一時の感情に委ねている気がしてならなかった。
それをただ繰り返して、繰り返し続けているだけのお遊戯の世界。
-一体、何の意味があるのか…。-
僕は、まだ分からずにいたんだ。
-唯一つ、分かっている事がある。
僕はあんまり君の事が好きじゃないよ。-
作品名:ひとりぼっちの魔術師 *紅の輝石* 作家名:くぼくろ