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ひとりぼっちの魔術師 *紅の輝石*

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3.知りえない最初の一歩。



-綺麗な色。
 目に焼きつくあの色。
 あるべき場所に、還る色。-


そこは、川縁だった。
一週間ほど前から、僕はここで、中途半端な川幅の川を眺めている。

-迷った時は風に聴くといい。-
-迷うならば立ち止まって自然に身を任せるのがいい。-

僕を育ててくれた人たちの言葉が、まだ耳の奥にあった。
言葉に従って、何をする訳でもなく。
ただ僕は、とうとうと流れていく川の流れに視線を投げかけていた。

すると、かさり、と草の音が左側から聴こえた。
何か小動物でも僕の傍に来たのかと思って、無視をしていた。
時々風に流れて草が戯れる音がする。
だが、左側の音は増えない。

-やっぱり、通り過ぎただけだ。-

僕は、そう思いながら気になっていた左側へ視線を向ける。
そこには、僕よりほんの小さい影がいた。
僕と同じように、川の流れだけを眺めている。
ちょっと吃驚していると、君の視線はそのままで、ポツリと質問を投げかけた。
「ねぇ、こんなことしていて、おもしろいの?」

面白さなんて、感じるつもりがなかった。
何も考えない事が、僕には必要だったから。
感覚全てを切り離して、今を呼吸していただけだった。
だから僕は、首を横に振りながら、面白さなんて感じないよ、と軽く返答した。
そう、と短く君は答える。

また風が流れて、草が歌う。
橙色の空が闇に溶け行く時間。
暮れて行く世界の中で、僕と君は二人きりで。
光る水の流れを見続けていた。

「帰らなくていいの?」

僕は流石にちょっと不安になって、君に問いかけてみる。
すると君は、首を勢い良く左右に振って、だいじょうぶ、と答えた。

-細い首なんだから、そんなに振ったら危ないって…-

心中で僕はそう呟いていた。
でも、何故大丈夫か、という事を聴く気にはなれなかった。
それ以上は聴かないで、と君の瞳が伝えているように感じたから。
 
日は沈み、星が瞬く。
君は、腰を上げて、じゃあね、と短くお別れの挨拶をした。
駆け出す、君の綺麗な足。
地を蹴って、明日へ向く体。
ふと僕を振り返って、

「ねぇ、明日もいるの?」

と尋ねて来た。
僕は、くすりと笑って、いるよ、と短く返答を渡した。
その答えを聞いて、君はにこりと可愛らしく微笑んで、走り出した。
闇の中へ。
この川沿いは、いや、この街は外套と言うのが少ない気がした。

-自然と共に。- 

確かこれがこの街のスローガンだったような、そんな記憶がある。
人工により作られる光よりも、自然の光を。
分かる気がする。
見上げる空には、幾千の星が瞬き、切れるような三日月が浮かんでいた。
僕も今日の寝床を探す為に、腰を上げて闇の中へ歩き出した。

-今日は、運がよくないな…。-

昨日寝床にしていた所は、動物に占拠されていた。
気持ちよさそうに寝ているので起こす気にはなれなかった。
何よりも…。
体を寄せ合って寝息を立てている、そんな幸せな空間を邪魔したらいけない。
その思いが強かった。

月が南へ昇り始めている頃。
僕は、昨日いた川べりへ戻ってきていた。

-今日はここかなぁ…。-

風景が変わらないのは、少々残念な気もする。
だが、眠気もだいぶ強くなってきていた。
丁度よさそうな場所を探そうと、僕が「力」を使った時。
そこに、黒い影が映った。
ある筈のない明かりに、振り返る影。
僕の手から出ている焔に気が付いて、恐怖の表情を浮かべる。

-又か…。-

何度見ても哀しくなる表情。

-僕はどうして、こんな「ちから」を手に入れているんだろう。-

頭の中で、消えることなくぐるぐる回り続ける思い。
 
影は恐怖を、表情を浮かべながらも、舌打ちをする余裕はあったらしく。
凄い勢いで走り去っていく後姿を見た。
影の驚きようは、僕の力…もそうかもしれないがそれ以外にもあったと感じた。
取り敢えず、影のいた位置へ足を進めてみる。

そこには、君がいた。
僕の力に照らされる君がいた。
細い首に付いた、影のものと思わしき跡。
僕は、力を消して。
その空間に居る全てにたずねた。

-ここであった事の全て…その全てを、僕に伝えて…。-

流れ込んでくる意志の中に、君がいた。
ただ、哀しそうに瞳を開いて。
影を見つめていた…。

-…なみだ…。-

荒い息が聞こえる。
草の中を走る足音。
影のもの。
僕の姿を再び見て、先程とは違う驚愕の表情を向ける。

「どうして、君を闇の中へ連れて行ったの?」

僕は、こらえ切れない怒りを拳に封印しながら、質問した。
影は答えない。
笑っている。
僕にはそう見える。

「もう一度聴いていいかな?どうして、君を?」

言う事を聞かなかったから?
君に興味があったから?
邪魔になったから?
沢山の疑問が僕の中にあった。
答えを待っている僕に影は、言葉を投げかけ始めた。

「見なかった事にしてくれよ。お前だって、死にたくないだろ?」

余りにも馬鹿馬鹿し過ぎて、言葉を紡ぐ事が出来ない僕に、言葉は投げ続けられた。

「仕方がなかったんだ、所謂過剰防衛って奴?そ、それだよそれ。」

随分面白い言葉を紡ぐものだと、僕は感心してしまう。
影は君より大きい。
何よりも、僕はあの空間での全てを知っている。

僕は影から、真実を聞きたかっただけだった。
答えは知っている。
だけれど、影の言葉で聞きたかった。

-ただ、それだけだったのに。-

月は西に傾き始め、空に白が落ち始める頃。
僕は、影を一つ闇に連れて行っていた。
何度も何度も影は僕に謝る。
耳に、何度も何度もしつこく届いて。

-気分がわるい…。-

謝る相手は違う筈だろうに。
僕はそう思いながら、昨日君と一緒にいたあの場所に。
小さくなった君をそっと埋めた。
僕は知らなかったけれど、君はいつもここに来ていたらしい。
風や草が教えてくれた。
君が還る場所は「ここ」なのだ、と僕は思っていた。

君が優しい土に還ってから迎える、初めての新月の夜。
君の傍で、僕は考えていた。
力の暴走、そして不可抗力で影を傷つけた事はあった。
だけれど、昨日のように、僕の意志で。
影を闇へ消した事はなかった。
頭の中が熱くて、胸が熱くて。
心は冷めていて。
影の叫びを聞きながら僕は、燈る焔を眺めていた。
夜になると震えが止まらない。

-僕の中にある力は、一体何の為にあるの?-

怖くなって、僕は。
膝を抱えて独り、流れ行く水の音に。
心を委ねて、眠った。

-ひょっとしたら、僕は…。

まだ知らなくてもいい事を知ってしまったのかもしれない。-
もう戻れないのかも、知れない。
隠れた月が、僕に。
容赦なく道の選択肢を、突きつけていた。