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ひとりぼっちの魔術師 *紅の輝石*

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2.嘘と本当の狭間。



-それまであった空は黒く染まる。
太陽をこんなにも恋しく思う事もあるんだ。-


日常が壊れたあの日から、僕の次の記憶に繋がるまでどれだけの時間が過ぎたのか。
僕は細い光が漏れる天井がある空間でぼんやり考えていた。
記憶の本が開いた時には、僕はここに居た。
周囲の人に聞いたらそれは「牢獄」と呼ばれるところだった。
 
-牢獄…。-

それはどんな場所か知っている。
悪い事をした影たちが収容される所。
僕の知識の中にはそう書かれている。
 
薄暗い中だとどうも感覚と言うものが薄れる。
時間、空間。
時々僕が誰なのかも、分からなくなる。

-怖い…。-

恐怖。
あの日感じたものとは違う感覚。
膝を抱える腕の力が強くなる。
-このまま僕は、光を感じることなく、闇に溶けていくのかな…-
 
「ねぇ…、ご飯の時間だよ…」

声がして、ふと顔を上げる。
そこには、君の遠慮しがちな微笑があった。
差し伸べられた手。
僕にとっての、ここでの小さな太陽。
細い体に似合わない程の強くも暖かい光。

心が闇に食われかけた時に君が、柔らかい声を掛けてくれた。
君の声でなければ、多分僕はここで呼吸できていない。
真っ黒い世界で独り、膝を抱えて命が尽きるのをじっと待っていただろう。

-僕にとって初めに出逢った大切な人。-
 
君の後ろについていくと何時も通りの粗末な食べ物が僕らに回ってくる。
どんな状況であっても、上下関係が存在し、意地悪な人もいる。
きっと影というのは、自分以外が怖いのだろう、そう思う。
何かをする時に確かにリーダーは必要だと思う。
だけれどそれを後ろ盾にして何かをするのは間違いだ。
気に入らない人が居るのは、多分当たり前。
だけれどそれを寄ってたかってのけ者にしたり、陥れたりするのは可笑しい。
当たり前の感覚。
僕を支える信念、思考。

君はいじめられっ子だった。
体が弱く見える為か、よく小突かれたり、蹴られたり。
生傷が絶えなかった。
-僕の中にある力でそれを癒してあげられれば、どんなに良いだろう。-

胸をよぎる思い。
以前居た空間で、僕の中にある力について、彼らはこう言ってていた。

-決して外に出してはいけない。
影たちは君の力を恐れ、そして君を大切になくなるから。-

僕が、誰かを不幸にする力なのか、と尋ねと彼らは首を振る。
とても大切なものではあるけれど「理解されないもの」だと表現
した。
言葉を聴いた時、一応納得したように首を縦に振ったが、今も理解できていない。

-壊す事しか思いつかない力でも、きっと誰かの役に立つはず。-

そんな事を考えながら、僕は焔を手から生み出していた。
暗がりの中で、小さく周囲を照らしてくれる、作り出された光。
君のその声と、この焔が僕の正気を保たせてくれる鍵だった。

ある日の、何時もよりも騒がしかった夜。
がしゃん、と何かが冷たい石の床に落ちる音で目が覚めた。
押し殺したような声と、ひそひそ話をする声が耳に届く。
その方向へそっと忍び足で近づくと、何時ものいじめっ子の姿を目にした。

-またか…。-

と呆れていると、そのいじめっ子の下には君の姿があった。
何本もの手で押さえつけられている君の姿だった。
頭の中が真っ白になる。
ぐらりと倒れそうになる自分の体を必死で支えて、僕は怒鳴った。

「何してるんだっ」

僕の声に驚いた影たち。
舌打ちがしたと同時に、多くの手が僕に向けられた。
多勢に無勢とはこのことで、あっさりと僕も床に押さえつけられた。
必死の抵抗もただ体力を消耗するだけで、何だか哀しくなった。

-もう、どうなってもいいや…。-

ふと目線をあげると、君の綺麗な頬から何かが落ちようとしていた。
隙間からもれて入ってくる月明かりに照らされて、それが涙だと気が付いた時。
僕の中で、何かがはじける音が聞こえた。
何の音だったのかは分からない。
その時の記憶も無い。
ただあるのは、僕を押さえつけていた影たちの手が焔に包まれて。
悶える声。
叫び声。
その記憶だけ。
殆ど淡い光の中で、熱い光は他の影たちの表情も君の表情も映し出す。
何か、見てはいけないものを見てしまったような色。
自分たちの中の想像を絶するものを目にした驚きや恐怖の色。
多分、僕の記憶の中にあるのはそれらだったと思う。

苦しがる影たちを他の影たちが救おうとしている時。
君がふと今迄にないくらいに俊敏な動きを見せた。
手に持った大き目の石。
どうしてそんなものがそこにあったのかは知らない。
誰かの悪戯だったのかもしれない。
君の瞳に鈍い光を、僕は見た。
聞いた事のない音が、耳の奥底で響く。
何度も、何度も。

明けて朝。
その日は何故か、鳥の声が聞こえなかった。
聴こえたのは、僕や君より大きな影の声。
月明かりよりも強い光…例え断片であったとしても。
やはり強いのだと、僕は改めて思った。
夢だと信じたい夜の光景の最期を、そこに居る全員に表示していた。
 
君は、大きな影たちに囲まれている。
ぼんやりと立ち尽くし、心ここにあらず、と言う感じだった。
僕が体を起こしたのに気が付き、引き攣りながら僕を指差した。
「見たんだ。アイツが彼らを笑いながら…笑いながら、何度も何度もっ」
演技にしては上出来。
青ざめながら、君は僕に全てをなすりつけた。

僕の記憶が正しければ。
焔は、僕を押さえつけていた影たちの一部だけで。
君の方に居た影たちには危害は加えていない。

-加えたのは君…。-

分かっていたから、胸が痛んだ。
夜に見た忘れたい鈍い光は、君の瞳からは消えていなかった。

更に続く僕を呪う言葉。
「アイツは化け物だ。生きてちゃいけない。貴方達も殺される、だからっ」

耳から離れない君の狂った声。
響き続けて、僕を縛り付ける。
呼吸が出来なくなって、僕は膝を落とす。
力が、体から全て抜けてしまったような感覚に陥っていた。
影が近づいてくる。

-記憶が、遠ざかる…。-

頭の中が真っ白になった瞬間。
夜に聞いた叫び声が、又広がった。
僕の中の力が、意思を持ったように、僕以外の君を含めた影に纏わり付いた。

-アイツを殺せ。-

初め信じなかった大きな影たちも、ぽつりぽつり口に仕出した。
怒号、奇声。
直接感じない太陽の下の狂想曲が、展開していた。

-化け物っ-
-早く息の根を止めるんだっ-

様々な種類の、でも本質は変わらない。
単純で、直接的で。
僕を、この世から消そうとする、音の数々が心に刺さってくる。

-助けてっ-

そんな中で、別の種類のものが聞こえた。
それは君の声だった。
焔は、その白い肌に痛々しく纏わり付いて全てを奪おうとしていた。
君の瞳が鈍い光の中で、僕に許しを請うような。
 
-僕は君を信じていいの?僕は君に手を伸ばしていいの?-

闇の中から救い出してくれた君を、僕は見捨てる事が出来なかった。
疑問が消えないまま、君を覆っている焔を消す。
後ろから影が僕を覆い被す事を知らずに。

記憶の本を改めて開いた時。
そこは太陽の下だった。
多くの聞きなれない音を耳にしながら、僕は焦がれた太陽の光を体に浴びていた。
隣では君の嘆く声が続いている。