ひとりぼっちの魔術師 *紅の輝石*
1.僕の幸せの風景、その後で。
-ちょっとした昔話だよ。
誰も欠伸をしてつまらなそうな顔をする。
その程度のものなんだ。-
僕は昔、生れた経緯を知らなかった。
だけれどそれを不幸とは思うことなかった。
周囲には明るい声があって。
とても幸せだった。
おとうさんも、おかあさんも。
おじいさんも、おばあさんも。
おじさんたちも、おばさんたちも。
おにいさんたちも、おねえさんたちも。
皆優しかった。
暖かかった。
彼らは僕に、世界の話をしてくれた。
それは、伝説と呼ばれるもの。
御伽噺とされるもの。
仮説となっているもの。
真実と位置づけられているもの。
小さな箱庭で広がる空間の物語。
話をする彼らの声色は、何時も弾んでいて。
僕は大好きだった。
世界を愛し、万物全てを愛していた人たちに囲まれて、僕は。
「幸せ」だと言う感情を手に入れていた。
彼らの言葉は、スープのように滑らかで。
僕の心を満たす。
彼らの僕より大きな手や長い腕は。
僕の魂を満たしていた。
記憶の片隅にあるのは、光る風と緑萌ゆる木々。
出される香りの良い紅茶。
甘い砂糖菓子。
色鮮やかな果物。
そして…。
朱。
否、銅。
あの日の僕は、何をしていたんだろう。
振り返っても何も覚えていない。
覚えていない。
-…思い出せない。-
断片的に。
枕に頭をつけると思い出すものはある。
色褪せない瞳。
飛び散った主を待つもの。
そして、数え切れない足音たち。
半狂乱のような叫び声と、奪い合う物音。
-怖い。-
これが、僕が最初に覚えた、負の感情。
呆然と立ち尽くす僕を、受けから黒い影が覆った。
いやらしく曲がった口元が印象的だった。
その後、僕は少し記憶の本を閉じる事になった。
作品名:ひとりぼっちの魔術師 *紅の輝石* 作家名:くぼくろ