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竹殺物語《タケトリモノガタリ》

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1.ある“物”の記憶《データ》


初めて見た世界は一面、黄金に輝いていました。その視界の中で無数の気泡が、下から上へと昇っていくのが見えたのです。私は身体を動かしましたが手は何もつかめず、足は何も触れられませんでした。声を出してみようとも思ったけど、それすら叶いませんでした。
それからすぐに声が聞こえました。
「バイタルサイン、オールグリーンです」
「精神グラフも非常に安定しています」

私の前で会話をしている人がいました。姿は見えなかったけど、近くに居ることだけは分かりました。話している内容は知らない事ばかりで、理解が出来ません。しかし、不思議とその会話を聞くのが私は好きでした。その中でも一番、好きな声がありました。
「君は……一体、何を考えているんだい?」

彼の声だ、私はそう思いました。返事する事の出来ない私に言葉を投げかけてくれる人はほとんどいませんでしたが、彼はいつも話しかけてきてくれたのです。
しわがれていて柔らかい物腰で話す彼の口調には、優しさと信念の強さを感じました。彼の強い気持ちを感じ、私は彼の事が好きになりました。もし彼が許してくれるのであれば、彼に一日中話しかけていてほしいとさえ思いました。
「さぁ、案外何も考えてないかもしれませんよ?」

すぐ近くで別の声、こちらのは彼と違って若々しさを感じる声でした。
「そんな事はないと思うぞ。彼女にも、夢を見る権利は与えられているのだからな」

内容を理解する事は出来ませんでしたが、彼は庇ってくれたのだと思うのです。私はそれがたまらなく嬉しかった。一言でいい、お礼が言いたいと願いましたが、やはりそれは不可能な事でした。
「そんなまさか。だってコレはバイ――――」

私の意識はここで途切れ、意識は深く深くへと落ちていきました。


★☆★☆★


「――――のむ――――だ」
「――をあけ――――くれ」
声が聞こえた気がしました。多分、彼の声。だけど、その声は酷く不鮮明でした。
「おね――だ。うご――――――れ」

段々と鮮明になってくる彼の声に答えたくて、私は意識を引き上げて目を開けました。瞬間、視界に映る全てが赤黒くなっていました。
壁は剥がれ落ちて天井は崩れかけ、あちこちに真っ赤な何かがユラユラと揺れ動いているのが見えました。それは轟々と音を立てながら、熱を放っていたのです。そして、けたたましい警報音と赤い光が部屋を一色に染め上げていました。
私はいつも目覚める場所とは違う所にいて、誰かに抱きかかえられていました。手足が自由に動いて物に触る事が出来る、ここが外なのだと少しして理解しました。ゆっくり見上げると、そこには白い服を所々黒く汚し、服と同じ色の髪と髭を生やした人が息を切らしているのが分かりました。その人が私を見てニッコリと微笑むのです。
「よかった! 起きてくれたんだな」

彼だ、声を聞いて私はそう確信しました。ずっとお話したかった人、一度でいいから感謝したかった人。触れる事の出来る今しかない、そう思って手を伸ばし、言葉を紡ごうとしましたが、やっぱり声は出ませんでした。
「博士、早くしてください!」

部屋の出入り口付近にもう一人、若い声の人が急かすように言っているのが聞こえました。ハカセ……そうか、貴方の名前はハカセっていうのですね。ハカセは私の意識を確認すると床へと降ろし、その両腕で私を抱きしめてくれました。精一杯の力で、強く。
「いいかい? よく聞くんだ」

ハカセは私を抱きしめたまま耳元で囁きました。その声は優しくも張りつめていました。
近くでまた天井が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。ユラユラと蠢いている赤い何かも、さっきよりこちら側に迫って来ているように思えました。
「ここはもうダメなんだ」

――――え?
ハカセは抱きしめるのを止め、私の両肩に手を置いて話し始めました。
「この場所は奴らに知られてしまった。だからもうここにはいられない、君は逃げるんだ」

それじゃあ、ハカセも一緒に。
言葉にする事は出来ませんでしたが、動く事なら出来る。立ち上がろうとする彼の白い服の裾を私は掴み、首を横に振ることによって一人で逃げるのを拒む意志を示しました。
彼は驚いた様子で私の顔を見て、またしゃがみ込みました。言いたい事を悟ってくれたのか、彼は微笑みかけるのですが、その目はどこか悲しい物をしていました。
「残念だけど、私は君と一緒には行けない。行け、ないんだ」

そう言っている最中、ハカセの額から赤い色をした液体が流れてきていました。私はそれをぬぐってあげるのですが、次々に溢れてくるのです。液体に触る姿を見て、彼がふっと笑ったように思えました。
「!」

突然、大きな音が響きました。何かが弾けたような音が、部屋の出入り口の方から聞こえました。ハカセが急いで振り返り、私もその横から顔を出して何が起きたのかを確認しようとしました。
しかし、そこには何もありませんでした。文字通り、何も無く、誰もいませんでした。ついさっきまで出入り口の所にいた若い声の人の姿が消えていて、その代わりに部屋の外には横たわった足が見え――
「駄目だ!」

私の視界が突然暗くなる。ハカセがその大きな腕で私の両目を覆っていました。あまりにも力が強かったので、放してもらうよう腕に触りました。そして気がついたんです、彼は震えていました。何故、そんなにも震えているのか分かりませんでした。私にはまだ理解出来ない事ばかりある。その全てをこの人に教えてもらいたいと思っていました。


だけど、最期は唐突にやってきたのです。


「いたぞ! こっちだッ!」
「!!」
多くの足音、聞きなれない声、私を引き寄せて強く抱きしめるハカセ、さっきと同じ何かが弾ける音、一つ、二つ、三つ、四つ――――
いくつかの音が弾けた後、腕の力を緩めた彼は両手を地面につけました。私の右目の下にポタッと何かが一滴、落ちるのを感じました。手で触れてみると、それはあの赤い液体でした。
「近くにいるはずだッ、探せ!!」

それからすぐ足音は遠くなっていきました。ハカセは両腕で身体を支えていましたが、その姿には力が無くユラユラと揺れてました。
「こ、こまで……か」

ハカセのしわがれた声がさらに弱々しくなっていくのが分かりました。
「君に、ひと……一つだけ伝えなけ、ればならない事が、ごふっ……あ、る」

口から赤い液体を吐き出しながらも、彼は言葉を繋げていく。すると今度は左目の下に何かが落ちてきました。彼の目からこぼれたソレは色がなく、透き通っていました。
もう喋るのを止めてほしかった。そんな悲しい顔を私は見たくなかった。
あれほどずっと話したいと思っていたのに、今止めなければ何か、いけないような気がして仕方がなかったのです。だけど、私には彼を止める術が無い。
「君、は一人、じゃ……ない。ぐぅッ! 世界には…………君と同じッ、仲間がいる。生き……ろ、その人とと、も……に」

私のすぐ横に頭が落ちる。ハカセはそのまま動かなくなりました。私は腕をどかし、すぐそばに座り込みました。
どうしたのかと考えを巡らせ、彼の身体に触ると耳から警報音が遠くなっていくのが分かりました。私は出ない声で語りかけました。


ハカセ――――ハカセ――――