パワーショック・ジェネレーション
「人類は自らを育んでくれた自然を破壊していった。パワーショックはその報いだと我々は考えている。その大罪を償おうともせず、電気を復活させようというのなら、私が身をもってそれを阻止する!」
「何万人が餓死しようが疫病にかかろうが、あんたらには関係ないわけだ」
「自業自得だ」
「それってさ、あんたらの嫌いな賊となにも変わらないぜ?」
「なんだと?」
「結局、自分のことしか考えてないのさ。賊は仲間が食っていければそれでいい。市民が腹ぺこでのたうちまわろうと知ったこっちゃない。あんたらだって同じだろう。富谷を残してこの国が滅んでもなんとも思わない。俺たちと同じ、獣だよ。クッ!?」
昭乃はバクの胸ぐらをつかみ上げた。
「それ以上言ったら……」
「殺すかい?」バクは息苦しさに顔を歪めつつも笑ってみせた。「なら、あんたは獣以下だ」
「……」
「そんなに怒るなよ。もしパワーショックが本当に人類への罰なら、あんたの望み通り、要らない人間の屍がいい肥やしになる世界になっていくさ」
昭乃は手を放し、低く言った。
「宿舎に帰れ」
翌日、バクは警備隊から外され、しばらく田畑で働くことになった。
11月11日
「どうだい坊主。百姓も悪かぁないだろう?」
真っ黒に日焼けした老農夫が大根の収穫に取りかかっている。
バクは大根の茎に手をかけた。要領が悪いのか、なかなか抜けない。
「強制労働じゃなければな」
バクは苦笑いを返した。
バクは昭乃の命令でこの老人の助手となった。農作業というのは無駄な動きを極力減らさないと、思いのほか体力を消耗する。長期の栄養不足でスタミナのなかったバクは早々に根を上げた。宿舎に帰って夕食をすませると、あとはもう寝ることしかできなかった。だが、食欲が満たされる喜びを考えたら、どんなに疲れていても翌日は自然と体が動いた。アジトの仲間にはとても見せられない恥ずかしい野良着も、三食がそろっていることに比べたらなんとも思わなくなってきた。人間、飢えたときにはどんな誇りも捨ててしまうらしい。食うためなら盗賊もやるが、百姓にだってなれる。配給をもらうだけなんて半端な態度だ。今は誰もが飢えている時代なのだから、皆が畑や海に出るようになれば少しは満たされるのではないか、そんな発想が浮かんだ。
「なあ、爺さん」
「ん?」
「この国をぜんぶ富谷のようにできたとしたら、飢えも争いもなくなるかな?」
老人はカカと笑った。
「それができりゃおめえ、人間はこんなに苦労しねえって。協力しなけりゃ死ぬしかねえ。そこまで追いつめられてやっと、すべての『一人』が全員のために動く……それが人間ってやつよ」
「……」
バクの脳裏に、アジトの老司書が語った小説のイメージが浮かんだ。
イジメ軍団に抗う少女たちの話。大国に屈しなかった小国の話。宇宙人に侵略された地球人の話。実話もあればSFもあるが共通しているのは、一つまちがえば死、というところまで追いつめられて、ようやく皆が己を捨てて手を結びあうところだった。
「それにな、オイラたちのような生活を実践するにゃ、この国は土地が全然足りねえんだ。富谷の人口、知ってっか?」
バクはうなずいた。
「二千……たった二千でこんなに広い土地が必要だってのか?」
土地の名前こそ富谷(傍点)だが、小さな盆地といってもいいほど利用できそうな平地は多い。住むだけなら今の十倍の人数は収容できるはずだ。
「自然に負担をかけず、ともに生きる。ってのがここでの流儀だからよ。そうなると、そこに平地があるからって、むやみに耕すわけにはいかねえのよ」
「そっか……」
富谷のやり方では、この国の人口を支えることなど到底できそうにない。
バクは大根の茎に手をかけた。要領が悪いのか、なかなか抜けない。
2045年2月9日
バクが富谷にやってきてから、五ヶ月がすぎた。
バクは富谷関の堤上でふるえていた。真冬の地下もそれなりに寒かったが、そこが常春の楽園に思えるほど、乾いた北風が吹きさらすコンクリートの上は冷える。
ここのところインフルエンザが流行っており、警備兵に欠員が多く出た。そこで、バクが臨時で駆り出されることになったというわけだ。
昭乃は白い息を吐くだけで、身じろぎ一つせず監視を続けている。
バクは人影一つない峡谷を見つめながらつぶやいた。
「女はいいよな。コートを余分に一枚着てるようなもんだ」
「なにが言いたい」
昭乃は下界を見つめたまま言った。
「その体脂肪、俺によこせよ」
バクは昭乃のわずかな腹の肉をつまんでやろうと、片手を差し出した。
すかさず昭乃は手刀をふり下ろす。
バクはさっと手を返してそれを受け止める。思わず笑みがこぼれた。
昭乃は鼻をならした。
「フン、少しはやるようになったな」
バクは農夫となってからも昭乃の道場には通っていた。この間の暴言を根に持っているのか、昭乃はバクを直接指導することはなかったが、道場をうろついていても追い出すことはしなかった。バクは昭乃の技を盗むべく目を凝らすのと同時に、耳も凝らしていた。
昭乃はときどき、歯がゆい胸の内を友人たちに明かしていた。殻に閉じこもらなければ維持できない、ひ弱な社会の発想では、この腐りかけた世の中は変わらない。なんとかしたい気持ちはあるのだが、自分の立場ではこれ以上どうすることもできない、と。
「なんだ、またおまえか!」
そばにいた兵士の大声に耳を打たれ、バクは記憶の海底から浮上した。
左右の兵たちの矢尻がそろって下界を向いている。
何事かと欄干から身を乗り出すと、バクは堤下の川辺に痩せこけた少女を認めた。
それまで死人のようだった少女の瞳に光がもどっていく。
「バク!」
「ミーヤ!? ミーヤなのか?」
ミーヤは胸に両手を重ねて吐息をついた。
「よかった……元気そうで……」
バクはミーヤの哀れな姿から目が離せなかった。
糠床で暮らしていたのかと見紛うほど汚れきったコート。フードの下からのぞいたかつての幼顔は今や、棺の中で千年の時をすごした生け贄のようだ。いったいアジトでなにがあったというのか。
バクは富谷で暮らすようになって以来、小さな無理を積み重ねてきていた。昭乃の監視からは逃れられないと知り、残してきた仲間への憂いを意識の地底に溜めこんでいたのだ。
煮えたぎった地底の湖水は洞穴を埋め尽くし、ついに地上へ噴き上げた。
バクは無断で壁のタラップを降りていった。
「待て!」
弓兵たちは狙いをバクに変えた。
昭乃はそれを片手で制す。
「私が行く」
谷底に降り立ったバクがミーヤと互いに駆け寄ろうとしたとき、二人の間に昭乃が立ちはだかった。
バクは今降りてきたばかりの壁を呆然と見上げた。
わずかな取っかかりしかない三十メートルの絶壁を、あいつは足一つで駆け下りたっていうのか?
バクは気を取り直し、短剣の柄に手をかけた。
「また、と言ったな。どういうことだ」
昭乃はそれに答えず、ミーヤに言った。
「何度来ても無駄と言ったはずだ。バクはもう富谷の人間なのだからな」
ミーヤは昭乃を睨め上げた。
「本気でそう思ってるの?」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや