パワーショック・ジェネレーション
「本気かどうかは問題ではない。我々の機密を知った者が誰の許しもなく村を出ることは、人生の終わりを意味する」
「なら、許可をくれ」バクは短剣を抜くと、切っ先を昭乃に向けた。「恩を忘れたわけじゃない。ただ、俺は……やっぱり……家族同然の仲間を見捨てることはできない。ここで暮らすあんたなら、俺の気持ちがわかるはずだ」
「今すぐ私とともに帰るなら、今日のことは不問にしよう。だが、掟に背くというのなら、私はおまえを裁かねばならない」
昭乃は短剣を抜いた。
闘神の化身のような女と、まともにやりあうのはバカげている。
バクは剣を下ろすと、頭をたれた。
「わかったよ。俺はここに残ってもいい」
「バク!」
ミーヤの叫び。
「その代わり、ほんの少しだけでいい。アジトの仲間に食料を分けてやってくれないか」
昭乃は言った。
「私にそのような権限などない。仮に私が富谷の長だったとしても、賊になにかを施してやる理由など一つもない」
「助けてくれたっていいだろ? 同じ人間じゃないか!」
「都合のいいときだけ同族意識を持ち出すな。地上の市民を動物並に見なしていた、おまえの言えたことか!」
「クッ……」
悔しいが反論できない。そうなのだ。カラスが鷹を説得しようとしても無駄なのだ。これで腹は決まった。
バクは昭乃が目を離した隙に、そっと目配せした。
ミーヤは前髪の先にすっと手をやる。
バクは持っていた剣をしばらく見つめ、やがて昭乃の足もとへ放り投げた。
「それでいい」
昭乃が目もとの険を解き、刃を収めようとしたそのとき。
「む!?」
昭乃は剣を取り落とし、力無く片膝を地につけると、その体勢のまま動かなくなった。
「クスリ、効いたみたいだね」
ミーヤは結んでいた手を開いて種を明かした。
先端を折った小さな褐色アンプルの底。わずかに残った液体。
風下にいた昭乃は、揮発性の毒を気づかぬうちに吸ってしまったのだ。手の内を心得ているバクは息を止めていた。
もともとは医者の百草が開発した『薬』なのだが、濃度が高いと『毒』になる。彼には内緒で外部の者に作らせた、二人の切り札だった。
バクは剣を拾うと、苦悶する昭乃を見下ろした。
「もしもこの世界が、富谷だけだったらよかったのにな。世話になった」
バクとミーヤは川沿いの雑草道を駆けていった。
2月12日
「追っ手の気配がなくなった。諦めたか?」
バクはブルーシートのすき間を塞いだ。口にしていた干し肉を引きちぎり、切れ端をミーヤに差し出す。
「……」
床で膝を抱えるミーヤは、首を小さく横にふった。
バクたちは三日間の逃避行の末、ある捨てられた町の廃工場に忍びこむと、崩落した屋根の下にできたわずかな空間に身をすべらせて一夜を明かした。この食肉工場はずいぶん前に略奪に遭ったようだが、運よく二人の腹を数回満たすだけの干物が残っていた。
助かったという確信はあるにはあるのだが、バクにはどうしても腑に落ちないことがあった。逃げ切った、というより、逃がしてくれた、という気がしてならないのだ。掟や規律に厳格な連中にしては執念が足りない。
と、ここである一つの可能性を思い描いた。
「フフ……まさかな」
バクは尻の古傷をさすった。
それはともかく、ミーヤには感謝するしかない。
バクの右腕として常に傍らにいたミーヤ。彼女と離ればなれになったのは、知りあって以来、まったくはじめてのことだった。再会したばかりのときは必死でなにもわからなかったが、こうして落ち着きを取りもどしてみると、どういうわけか気恥ずかくてしかたがない。
「その……久々の割にはいい連携だったな」
「うん」
ミーヤはそう答えたものの、目は虚ろだ。
「あ、あの、なんていうか、その……」
バクは顔を赤らめ、口ごもった。
「うん?」
ミーヤはバクを見上げた。
「迷惑かけちまったな」
「ううん」ミーヤは微笑んだ。「生きててくれて……ほんとによかった」
生きててくれて……その物言いが妙に引っかかった。
「アジトでなんかあったのか?」
「……」
ミーヤは激しくかぶりをふるだけだ。
「ミーヤ……」
バクはミーヤの傍らにすわると、そっと肩を抱いた。
するとミーヤは堰を切ったようにわっと泣き出し、バクの胸に顔をうずめた。
バクはおさげ髪をなでながら、ひたすら待つだけだった。
言葉は要らない。ミーヤもそれをわかっている。仲間が死んだときはいつもこうしていた。
しばらくしてミーヤはふと顔を上げ、ときおり鼻汁をすすりながら、ショックで混乱した記憶を一つ一つ整理するように語っていった。
それは去年の暮れのことだった。
「新政府がね、治安対策として武警に地下賊掃討作戦を指示したの。武警は見せしめとして、まずあたしたちのアジトを選んだ。血に飢えた狂犬どもは、ここぞとばかりにアジトの入口に大挙してきた。あたしたちは明かりをぜんぶ消して地底に立て籠もった。武警は暗闇からの反撃に為す術なく、早々に撤退していった。あたしたちは勝利の美酒に酔いしれた。でも……」
ミーヤはうつむいた。
「でも?」
「それから数日もしないうちに、アジトの仲間は全滅してしまった」
「な……」
バクはそれしか言えなかった。
「武警が送りこんだスパイが地底で火をおこしたの。煙でいぶり出された仲間たちは一人また一人と矢の雨を浴びていった。せっかく元気になったニッキの背中にも……」
ミーヤは両手で顔を覆った。
バクはミーヤの昂ぶりが引くのを待ってから訊いた。
「ミーヤは……なんで助かった?」
ミーヤは顔を上げた。
「あたしはその日、武器と食料を交換するために、別のアジトに出かけていた。帰ってきたときはもう、武警の奴らがみんなの遺体をどこかへ運び出そうとしているところだった。それを見つけたあたしは逆上して、一番近くの男に斬りつけようとした」
「……」
バクは生唾を飲んだ。
相手はプロだ。叶うはずがない。
「それを、百草先生が引きとめてくれた」
「先生が?」
「先生は無医アジトへ往診に行ってて、あたしより一足早く帰ってきたところだったの。先生は興奮するあたしを粘り強く説得して、一緒にそこから逃げ出した。逃亡の途中、あたしがどうしてもって催促すると、先生は目撃した虐殺の一部始終を語ってくれた。なかでも黒ずくめの男の話は……」
ミーヤはそこで言葉を切り、牛の生き血をはじめて口にする人のような顔をした。
「……」
「たしか、先生はこう言ってた。あの男の行動は常軌を逸していた。武装した者には目もくれず、無抵抗の子供ばかりを狙っていた。子供をしとめたときの男の顔は狂喜に歪んでいた。冷酷非情な武警の連中もさすがにそれには引いていた。気に入った子供は生かして奴隷にすることも妾にすることもできたはずだ。なにも皆殺しにすることはないだろう、と」
人権のない賊は国民の頭数に入っていない。武警が賊を退治してくれるなら、市民は願ったり叶ったりなのだ。だが、武警も人の子。幼い子供を無差別に虐殺することには、さすがに抵抗があるようだった。
「その後は?」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや