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パワーショック・ジェネレーション

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「あれほど夜目の効く人種は他にはあるまい。だが、私が不覚を取ったのは闇に目が眩んだせいではない」
「なんだと?」
「死地に立ったときのあの気迫……本能以外のものを感じた。おまえは己以外のなにかのために、どうしても生き続けなければならない。そうだな?」
「……」
「フン、まあいい。ともかく、おまえごときがこんな危険を冒すほど、地下賊の生活は追いこまれているということだ。その理由がわかるか?」
「地上の連中が受ける配給が減ってるからだろ? まったく迷惑な話さ」
「そうか……」
 女は悲しげに目を細め、空を見上げた。
 長い沈黙があった。
 女は続けた。
「人間を狩るのは楽しいか?」
「……」
「どうした? なぜ答えない?」
「心から望んでやってるわけじゃない。食い物がもっと楽に手に入るなら、それにこしたことはないさ」
「楽、とは言い難いが……もっと人間らしいやり方はある」
「どういうのが人間らしいんだよ」
「ここでしばらく暮らせばわかる」
「冗談じゃない。アジトじゃ飢えたガキどもが待ってるんだ」
「ま、気が変わったらいつでも呼んでくれ。じゃあな」
「お、おい! 待てよ!」

 女が広場を去った後、バクは連日、村民の注目を浴び続けた。
 威嚇や唾攻撃にすっかり慣れ、朝から晩まで広場を離れようとしない子供たち。ある一点ばかりを指し、それを表す単語を飽きもせずに連発する。
 遠くの木陰で談笑する若い女ども。会話が止んだときは、必ず直後に失笑の嵐が待っている。
 冷やかし半分に近くを通る中年の農夫たち。女はからから笑い、男はちらちら下を向く。
 催したときはその場にたれ流しだった。秋雨が心の傷にしみた。
 寒さと飢えと極度の羞恥に耐えかね、バクは三日目に観念した。
「従う! 従うから……人並みの扱いをしてくれ!」
 すると例の迷彩女が現れ、憔悴しきったバクを毛布でくるむと、診療所へかついでいった。



 第二章 富谷コミュニティー


 11月3日

「……ハッ!?」
 バクは三秒だけ記憶が飛んだ。
 富谷関の警備は睡魔ばかりが襲ってくる。動かない景色と睨めっこしてなにがおもしろいというのか。
 提頂にはバクの他に兵士が九人いる。その誰もがあくび一つせず、頬を紅潮させつつ下界を見張っている。なぜなら、そこに例の迷彩女……高森昭乃(たかもりあきの)が見まわりに来ているからだ。彼女が隊長だからということもあるが、もう一つの理由(傍点)のほうが彼らにとって重要らしい。
 バクが磔にされている間、村の有力者たちによる裁きがあった。本来、富谷において食料窃盗犯は極刑なのだが、唯一の目撃者である昭乃の計らいでバクは死を免れ、彼女の下に就くことになった。
 昭乃は二十五歳。富谷コミュニティー防衛の全権を握る、若き警備隊長だ。自給自足社会である富谷では、なにをおいても農畜業に人手を割かねばならず、警備隊は慢性的に人員不足だった。賊の者を村に入れるなど前代未聞のことだったが、昭乃はバクの才を惜しんで長老たちに嘆願したのだった。
 バクは命を助けられた恩と、仲間の貧窮との板ばさみとなった。しばらくは従ったフリをして、富谷の食料をこっそり流すことはできないか。そんな虫のいいことを考えていた。 
 バクは双眼鏡から目を離すと、おかまいなしに大あくびした。
「こんな高い絶壁、誰が上ってくるっていうんだよ。見張りなら二人も置けば充分だろ?」
 昭乃は言った。
「おまえは上ろうとした。ちがうか?」
「すぐに諦めたよ」
「そう判断させた理由はなんだ?」
「数、だけどさ……」
「弓や刀をふるうだけが兵士の役目ではない。血を流さずにすめばそれでいいのだ」
「……」
 バクは不満げに口を尖らせた。
「わかったのなら、もっと仕事に集中しろ」
 昭乃はその長い脚で、バクの尻を蹴り上げた。
「!」
 バクはあまりの痛さに跳び上がった。
 先日、格闘術の訓練でバクは昭乃と正式に手合わせした。結果は惨憺たるもの。プロレス流の力比べでは指を折られそうになり、柔術では絞め落とされて失禁、ムエタイではキック用のサンドバックにされた(尻の負傷はそのときのものだ)。ついでに習った弓術の模範演技では、百メートル先の的に連続ピンホールショット。まるで戦うために生まれてきたような女だ。
 昭乃はここ富谷で生まれ育った。小さな頃はひ弱な少女だったが、道場で体を鍛えるようになると、兄弟子たちをごぼう抜きにして、十代のうちに師範代まで上りつめた。現在、道場の師範は昭乃である。道場を開いた彼女の師は、ある事件がきっかけで失踪したらしいのだが、村人は詳しく語ろうとはしなかった。彼らにとってバクはまだ昭乃の弟子ではなく、賊上がりの少年でしかなかった。
 午後三時の鐘(廃寺の鐘を拝借している)がなった。
 交代の時間。これで今日の仕事は終わりだ。
「やーれやれ」
 バクが大きくのびをしながらその場を離れようとすると、昭乃の手がバクの襟首をつかんだ。
「おまえはここで特別授業だ」
 昭乃は見張るべき峡谷とは反対側、富谷の慎ましくも豊かな田畑や、その先に広がる薄黄葉色の山海を指した。
 バクはそばにあった木箱に腰かけた。
「またその話かよ」
「なにを言ってる。初等の子供らと一緒に受けるのが嫌だというから、こうして貴重な時間を割いてやっているんだぞ」
 バクの富谷における教養レベルは七歳児以下だった。自然と共生することが人間にとっていかに大切か、などと言われてもさっぱりわからない。
「俗っぽい話の一つくらい、ないのかよ」
「なら、今日は趣向を変えて、現代史にしよう」昭乃は小さくせき払いした。「さて、今から二十八年前、原因不明の電気消失事件が起こった。いわゆるパワーショックのことだ。それまで人々の生活を支えてきた電化文明や自動車文明は一夜にして崩壊した。その後の過酷な食糧難の末に起こった秩序なき暴動……俗に言う『飢餓闘争』のことだが、それによって旧政府が倒れると、日本人は四つの種族に分かれた。一つは我々のようなコミュニティー、一つは離島連盟、一つは賊、そして人口の九割以上を占める一般市民だ。電気を失った人々は、それまでの消費社会を反省し、かつてのように自然とともに生きる道へ還っていくと思われた。
 ところがだ。正しい道を選んだのはコミュニティーと離島連盟だけだった。大多数の国民は、豊かだった時代をいつまでも懐かしみ、光に満ちあふれていた当時の物語を語り継いで、親子ともども電気の復活を信じてやまない。彼らは新政府による欠陥だらけの配給制度にすがりつき、どうにか今日まで生きのびてきたというが、地域によっては配給が滞り、餓死者は十万とも百万とも言われている」
「ふーん」
 バクは一応は話を聞いている、という返事をした。
「それでも、私はこのまま電気のない世界であってくれればいいと思う。少々不便かもしれないが、長い目で見れば、より多くの人々に平和をもたらすはずなのだ」
「じゃあ、今まさに飢餓の淵で苦しんでる多くの市民は放っといていいのかよ。できることなら電気が復活してくれたほうがいいんじゃないのか?」