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パワーショック・ジェネレーション

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 バクはぐんと加速した。追尾するミサイルのごとく一気に間をつめ、短剣の柄で兵士たちの背中を強打。二人は出口まであと一歩というところで倒れ伏した。
「相手が悪かったな」
 縦穴の中心にすわる丸太をよじ登っていくと外に出た。コンクリートの壁や錆びた鉄橋の断片が、出口を取り囲むように散乱している。間道の終点は取水塔の跡地だった。
 どこからともなく、薄甘い香りがしてきた。
 なんだろうと、バクは遠くを見た。
 取水塔跡地をぐるりと囲む木々のすきまから、山あいの湖のような広がりがのぞいていた。風が吹くとそこはゆらゆら波立つのだが、なぜか水面は澄んだ星空を映していない。
 バクは目をこらした。夜のせいで色がよくわからない。
 ぐるるる!
 腹の虫がなった。なるほどそういうことか。
 あぜ道をしばらく歩いていくと、石造りの建物の一群を見つけた。どの建物も窓がほとんどなく、住居にしてはあまりに無骨な造りだ。きっと倉庫かなにかだろう。辺りに人の気配はない。
 近づいて鉄扉を引いてみるとあっさり開いた。中は真っ暗だが、地下人バクには関係ない。
 農具でもしまってあるのかと思いきや、所狭しと積んであるのは米俵だった。この飢餓の時代、黄金に値するほど大事なものを、こんな鍵も見張りもない場所で無造作に保管してあるとは。そういえば田畑も無人だった。村の防衛には絶対の自信を持っている、ということなのか。
 バクは俵の一つに短剣を突き刺すと、すき間からこぼれだした籾米を両手ですくってバックパックにつめていった。
 ひとまず今回の目的は達成した。これを証拠に保守派を説得し、食料を奪う計画を立てるのはアジトに帰ってからだ。
 袋が一杯になり、バクは喜々としてその肩ベルトに手をかけた。
 空気の爆ぜる音。
「!」
 バクはさっと身を翻した。
「あの間道を一晩かからず突破する者がいたとはな」
 倉庫の戸口。上背のある若い女が松明をかざした。
 バクは反射的に目を細めながらも、女の美しさに時を奪われた。
 眉の上で切りそろえた長めのおかっぱ頭。日本人離れした長い手足と整った顔立ち。ドレスを着せて舞台や銀幕の中心に立たせたら、さぞかし見映えがするだろうに……。なんの因果か彼女の身を包んでいるのは、上下で柄のちがうつぎはぎだらけの迷彩服だった。
 バクは袋から手を離し短剣を拾うと、切っ先を女へ向けた。
「死にたくなければ、俺に関わらないほうがいい。特に月のない夜はな」
「夜がどうかしたのか?」
 女は身じろぎ一つせずに言った。
 腰の左には鞘に収まった短剣。右手に松明。どう見ても利き腕が塞がっている。 
「百姓の女と遊んでいる暇はない。失せろ」
「いいだろう。だが、その米を一粒残らず俵にもどしてからだ」
 バクは身の程を知らない女にイラついていた。あの松明のせいで、村人がなにごとかと集まってきたら厄介だ。
「そんなに死にたいか!」
 バクは一歩踏みこむと、女の鼻先へ剣を突き出した。
 女はそれを目で追うだけだ。
「どうした? それでおしまいか?」
 バクは舌打ちすると短剣を脇に放り、女めがけて突進した。
 拳はたしかに女の鳩尾をとらえた……はずだった。感触がまるでない。
 女はバクを見据えている。
「!」
 バクはハッとして飛び退き、短剣を拾った。
 地面の土に残ったわずかな足跡……利き腕がどうとかいう問題ではなかった。遊ばれているのはこちらのほうなのだ。だが、あの松明さえなければ……。
 バクは女の右手を狙って短剣をふり上げた。
 炎は左へ右へ、上へ下へとたなびく。
 何度やっても、動いたのは女の肩から下だけだった。
 バクはついに息を切らし、膝に手を置いた。
「ハァハァ……」
「筋は悪くないが……私と出遭うのが早すぎたようだな」
「クッ!」
 バクは女を睨め上げた。
「その目……ただの山賊ではないな」女はバクを見下ろした。「だが、おまえがたとえ一国の王だろうと掟は厳守せねばならない。おまえの犯した罪はここでは死に値するのだ。覚悟してもらおう」
 女は松明を左手に持ちかえ、右拳を固く握った。
 バクはこみ上げる幾多の衝動を抑えつつ、固い笑みを作った。
「まさか、腕一本で殺(や)れるとでも?」
「心配無用だ。せめて苦痛のないよう、一撃で葬ってやろう」
 女はすっと一歩踏み出した。
 バクはわが目を疑った。女の拳がクレーンにつないだ鉄球に見えてならない。
 こんなところで人生を諦めたくはなかった。たとえ頭蓋を割られようとも、見届けなければならないことが一つ、あるのだ。
 ふと松明に目が行った。ひらめいた。持っていた短剣を女に投げつけた。
 女は苦もなくそれをかわす。
 その隙にバクは俵山の裏へ駆けこんだ。
 女は言った。
「なんの真似だ」
「どうせ肥やしにするんなら、臭わないほうがいいだろ?」
「む……」
 女は倉庫の隅の用水バケツに松明を放り投げた。
 倉は闇に包まれ、バクを探す女の視線が曖昧になった。
「これで満足か?」
「ヘヘ。火の用心火の用心、と」
 バクは俵をガサガサ引っかいて喜びを表した。
「自分の土俵で力を出し切れば、悔いもあるまい」
 女は戸口で待ちかまえている。
 バクは女の手の内が読めた。足音が近づいてきたところを、その長い脚でなぎ払うつもりなのだ。
ならばと、バクは『夜の脚』で俵山の傾斜を駆け上がり、頂の俵を蹴ると、突き出した右脚に全霊をこめた。
「!」
 女はバクの飛び蹴りを肩に食らい、仰向けに吹っ飛んだ。
 着地したバクは驚かずにいられなかった。狙ったのは首の骨なのだ。
「こいつ! 気配だけでかわしやがった!」
 女は星空の下に横たわったまま低く言った。
「邪念のない、いい蹴りだった。殺すには惜しい……」
 バクの心と体は一瞬にして樹氷と化した。
 身がまえたときにはすでに遅く……鳩尾に女の拳がめりこんでいた。いつ跳ね起きたのかさえわからなかった。
 薄れゆく意識の中、女のつぶやきが聞こえた。
「受け損なったのは、わが師を除けばおまえがはじめて。その生への執着……おまえ一人のものではあるまい」


 10月10日

 雲上へつながる階段を上りつめると、そこは針の筵だった……。童(わらべ)という名の凶悪な毒針だ。
「み、見るな! あっちいけ!」
 バクは好奇の目で見上げる子供たちに唾を吐きかけた。
 目覚めたとき、バクは全裸で磔にされていた。広場の中心にある小さな丘の頂で。
 すぐ横の立て札を、幼い少女が読んでいる。
「このみにくいいきものは『ちかぞく』といいます。ひとのものをうばったりころしたりするわるいけだものです」
「ションベン引っかけるぞコラァ!」
 バクが吠えると、子供たちは奇声を発しながら散っていった。
 まったく、なんて恐ろしい刑を考えつく連中だ。どっちがケダモノだかな。
「ばあいによっては、このままひあぶりになります」
 さっきよりは大人びた声が背中に聞こえた。
「な、なに!?」
 バクはかんじがらめでふり返ることさえできない。
 女は地声にもどして続けた。
「フフ、冗談だ」
「クッ、昨日の迷彩女……俺が地下の者だと、どうしてわかった?」