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パワーショック・ジェネレーション

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 そこから少し行くと、潰れかかった物置の中に錆だらけのママチャリを一台見つけた。チューブに空気は入っているものの、古くなったゴムがいつ裂けるかわからない。
 バクはチャリにまたがると、雑草を避けながら慎重に走った。やがて目印となる川を見つけ、流れに沿って緩い上り坂を行った。道路は途中、崖崩れで寸断されていた。バクはその場にチャリを捨てると、河原へ降りて巨石や倒木の上を跳び伝っていった。
 再び道路にもどってしばらく歩くと、霧がちな峡谷の先にダムを見つけた。
「あれか?」
 バクは道の終点まで行き、ダムを見上げた。
 絶壁の高さはビル十階分、およそ三十メートルといったところか。壁の下のほうに大きな穴が開いており、ちょっとした滝になっている。このダムは水瓶としての機能はすっかり失っているようだ。
 手帳の地図が正しければ、この壁が富谷(ふたに)コミュニティー唯一の玄関、富谷関(ふこくかん)だ。角度にして六十度はあろうかというコンクリートの壁。並の装備ではよじ登れそうにないが、よく見ると堤上に向かって一筋のタラップがのびている。壁の頂は霧で隠れていて様子がわからない。
 バクは堤の底へ近寄り、タラップに手をかけた。三段上ってすぐにやめた。
 見張りらしき人の気配がした。見つかったら弓矢の的になるだけだ。
 バクは夜を待つことにした。

 日が沈むと、ダムの頂にかがり火がならんだ。その頃には霧はすっかり晴れ、提頂に控えている戦力が露わになった。
 欄干に張りついている弓兵が十人、その背後に同数の歩兵らしき気配。タラップの延長線を軸に布陣を敷いている。闇に乗じて正面から行くつもりでいたバクは、富谷関からの侵入を諦めざるを得なかった。
 ダムを避けるとすれば、あとは村を包んでいる険しい山々を行くしかない。バクは川下のほうへ歩きながら登れそうな場所を探したが、どこまで行っても河原の左右は富谷関より数段高い断崖が連なるばかりだった。
 ダムが見えなくなるほど離れたところで、ようやく崖は低く緩やかになってきた。だが、今度は密集した木々が行く手を阻んだ。山へ入ったのはいいが、アスファルトの平たく固い地面しか知らない筋肉は、すぐに悲鳴をあげてしまう。十歩進むごとに息を整える。夜行性の獣どもが不気味なうめき声をあげ、そのたびに手足が止まる。
 バクは小山を一つ登りきったところで頂上の大木にもたれかかり、改めて越えるべき山岳のスケールをたしかめた。
 本当だ。富谷関はやはり、あの村唯一の玄関だった。
 ダムにもどって一か八かの強行突破をするか、それとも尻尾を巻いてアジトへ帰るか。バクは悩みに悩んだ。なかなか決断できない。
 気分を変えようと、手前の高山の麓を見下ろしたときだった。
 杉林のすき間、斜面の途中にぽっかり口を開けた水道管の切れ端が目に入った。草木をかぶせてカムフラージュしてあるが、バクの目はごまかせない。それにしても大きな管だ。大人でも屈むことなく通れるだろう。
 水道管の直径よりは小さい、黒い影が三つ。富谷の警備兵とみた。あそこにはなにかある。
 バクは風が強まるのを待ちながら、音を立てぬよう小山を下っていった。
 水道管口まであと五十歩というとき。
 パキッ!
 不覚にも枯れ枝を踏んでしまった。バクはあわてて木陰に隠れた。
「うん? なんだ?」
 若者は短剣を片手に、音がしたほうへ足を進めた。
「猪かなんかだろう?」「ビビりすぎだぜ」
 中年の二人が冷やかす。
「どんな小さな異変も見逃すな。隊長の言葉を忘れたんスか?」
 若き兵は、サク……サク……と慎重な足どりで枯葉の道を行く。
「わかったわかった」「ったく、そんなに隊長に気に入られたいのかね」
 二人はランタン片手にのろのろと持ち場を離れた。
「あんたらだってそうでしょうが」
「バレてたか」「ま、富谷で隊長に惚れない男はいないからな」
「あ……」
「どうした?」「熊の腹でも踏んづけたか?」
 そのとき、バクと若き兵は木陰で向きあっていた。
 若者がすうっと息を吸いこんだ瞬間、バクは鳩尾に一発入れた。
 中年どもは何度か若者を呼んだ。応答はなかった。異変に気づいた二人は駆け出し、バクとうつ伏せの男を見つけると、ばっと半歩退いて叫んだ。
「き、貴様!」「山賊だな!」
「なあ、夜中にこんなところでなにやってんだ?」
 兵士たちは答えず、近くの小枝に明かりを引っかけると、短剣を抜き、血走った目でバクにつめ寄った。
 彼らは若者が殺されたものと勘ちがいしているようだ。
「ち、ちょっと待った……」
 二人はかまわずバクに斬りかかった。
「おっと」
 二つの刃は、半身で避けたバクをサンドイッチにした。
 二人が次撃のために剣を引くと、バクはダンと地を蹴って彼らの頭に両手を突き、宙を舞い、一瞬で背後にまわった。
 普段ならこんな芝居じみた戦い方はしない。無駄に余裕が湧き出すのは夜のせいだ。この心と体の昂ぶりは、長く地下で暮らす者には自然と備わるらしい。なかでもバクはそのピークが飛び抜けていた。
 兵士たちは身を翻すと、しゃにむに剣をふるった。
 バクはそれらを巧みに避けながら後退していった。
 水道管の口が真横に来ると、バクはぴたりと足を止めた。
 二人は気合いもろとも剣を突き出す。
 バクは両手の指先だけでこれをはっしと受け止めた。
「なあ、この穴はいったいなんだ? 奥になんかあるのか?」
 男どもは必死に剣を引き抜こうとするが、万力で押さえた鉄板のようにびくともしない。
「は、放せ!」「貴様には関係ないことだ!」
「そうか。なら、しかたがない」
 バクが持ち手をぐいと手前に引くと、二人の手からするりと剣が抜けた。
 二刀流となったバクは、空をX字に切って威嚇した。
 男どもはひきつった顔で見あうと、水道管の中へ駆けこんでいった。
 バクは管を伝って反響する足音を聞きながら後を追った。地下水道管のトンネルは川のように蛇行をくり返しながら、少しずつ勾配を登っていた。ずっとこの調子なら楽に追いつけると思っていたら、途中でいきなりすべり台のように急になった。しかも傾斜の部分に限って管の内面が氷のようになめらかになっており、バクは一歩踏み出しては、べしゃっとうつ伏してすべり落ちるのだった。
 バクはIの字に伏しながら考えた。逃げた連中はロープを持っていなかったし、特別な靴を履いているようにも見えなかった。とすれば……。
 立ち上がって管の表面をよく調べてみると、坂の起点から二メートルほど上ったところから先に、小さな穴が点々と掘ってあるのが目に入った。なるほど、それをガイドに登っていけばいいようだ。ガイドの穴は上下や左右の間隔をランダムに散らしてあった。常人ならば視界はまったくないはずだから、先を行く二人はきっと体で覚えたのだろう。
 坂を登りきると、トンネルはまた緩やかになった。二人の足音は小さくなってしまったが、バクはあわてなかった。『夜の脚』ならいつでも追いつける自信があった。
 勾配の緩急を何度か越えると通路は平らになり、先のほうにかすかな星明かりを認めるようになった。縦穴がある。あそこが出口のようだ。