パワーショック・ジェネレーション
言葉も、ふるまいも、それで精一杯だった。
光が満ちてなにも見えない。
真っ白だ。
喜び、安堵、そして苦悩の記憶……昂ぶる三つの原色が一つに重なりあっていた。
白んでいた視界が少しずつ晴れていく。
二人は唇を重ねた。
それがあまりに長かったせいか、騒ぎで目覚めたルウ子が野次を入れた。
「世界を二人だけのものにしないでくれる?」
そこでようやく、バクとミーヤは我に返った。
ルウ子は続けた。
「ほっといたら、そのままそこでベッドインしそうだったわ」
二人はそろって赤い顔を下に向けた。
バクはミーヤに訊いた。
「処刑されたって聞いた。いったいどんな魔法を使ったんだ?」
ミーヤが口を開きかけたとき、廊下のほうから男の声がした。
「私はそんなことを言った覚えはないぞ」
白ずくめの熊楠が車椅子を押しながら入ってきた。
「は?」
「私はミーヤの最期は見ていない(傍点)と言っただけだ」
熊楠は事情を語った。
彼がそう言うのも当然だった。ミーヤを窮地から救ったのが彼自身なのだから。
「知ってて……黙ってたのかよ」
バクは大粒の雫を床に落とすと、ミーヤを再び抱き寄せた。
熊楠はあたふたと両手の平を見せた。
「す、すまん。言えば二度と口をきいてやらんと、昭乃に脅されていたのだ。君を村に連れてくるなら、どうしても驚かせたいからと」
昭乃は激しくかぶりをふった。
「ち、ちがう! 私は百草先生に入れ知恵されたんだ」
そこへ百草が入ってきた。
「妙だな。私は熊楠君に相談を受けたんだが……」
むなしい責任のなすりあいだった。
なぜなら、そのときすでにバクとミーヤは……。
11月28日
バクとミーヤの再会から二ヶ月。
統京で情報収集を続けるタチから便りが届いた。
列強軍団は難なく本土上陸を果たした。孫と電気を失ったNEXA軍に戦う意思はなく、NEXA本部は無血開城となった。
『科学帝国日本』が世界支配の野心を抱いている、というのは軍拡のための建前で、彼らの真の目的はルウ子が読み切ったとおり、マスター・ブレイカーなるものをその手に、発電の利権を独占することにあった。
軍人たちは母国と変わらぬ停電の国に戸惑っていた。諜報員が命がけで送った報告書や写真はいったいなんだったのか。調査隊の結成が急務だったが、上陸した国々の間で牽制合戦がはじまると、互いに身動きが取れなくなっていった。
そんなとき、世界中の新聞に上陸作戦時の写真が載った。
見出しは『大義なき侵略』
非列強諸国はおろか、出遅れた列強国までもが態度をがらりと変え、この事件を痛烈に非難した。侵略者のレッテルを貼られた国々の立場は悪くなる一方だった。
そして当月25日、ついに全軍撤収命令が下った。日本に駐留していた軍隊は、マスター・ブレイカーを手にするどころか、その存在の真偽さえ確認できずに母国へ引き返していった。
列強が日本上陸を果たして間もない頃、世界各地で離島海軍の船が目撃された。欲に目が眩んでいたのか、列強首脳はその報告を「些事である」と歯牙にもかけなかったという。
11月29日
その日の晩。バクと蛍の全快を祝い、近所の住民を集めて宴会が催された。
その席でのこと。
酔いのまわった蛍は、仲むつまじいバクとミーヤを物欲しそうに眺めていた。
「いいな……」
蛍は人差し指をくわえた。
「あんたには、あたしがいるでしょ?」
ルウ子はその指を取り、「はむ」とくわえた。
蛍はバッと身を引いた。
「ええええええっ!? ル、ルウ子さんて実はそういう(傍点)趣味だったんですか?」
「バーカ! あたしにはまだやることが残ってんのよ。自動的にあんたも道連れ」
「は、はぁ……」
「それが一段落ついたら、オトコを探してあげるわ」
11月30日
ルウ子と蛍が忽然と姿を消した。
今朝、ミーヤが二人を起こしに宿舎の部屋を訪ねたとき、そこはすでにもぬけの殻だった。
ミーヤは宿舎前に人を集め、捜索にあたろうとした。
そこに、一枚の紙切れを持ってバクが駆けつけた。
バクが酔いつぶれて眠っている間に、ルウ子が懐に忍ばせたようだ。
それはたった三行の短いメッセージだった。
死に満ちた世界へ行ってきます。
あんたたちも、生きのびてね。
ルウ子(with蛍)
夕方、タチから便りがあった。
ふた月前の大停電以来、首都圏は混乱を極め、食料をめぐる争い事が絶えない。
人々はそろって同じことを口にしていた。
「第二次パワーショックがはじまった」と。
エピローグ
2057年5月6日
ルウ子と蛍が、バクたちのもとを去って六年と半年。
バクは二十九、ミーヤは二十七となった。
田之崎村の周囲にそびえる高い石垣。のどかな山村の風景はすっかり殺伐とした要塞に変わっていた。
孫と和藤の死後、大黒柱を失ったNEXAは一年もたたずに解体となった。NEXAとの癒着を深めていた新政府の権威も完全に失墜。中央政府に見切りをつけた地方はそれぞれ独自に政治を行うようになり、事実上、日本は四十七にも及ぶ小さな国々に分かれてしまった。
年を追うごとに偏りが増す天候。豊作凶作の年差や地域差は広がる一方だった。飢えが生じた地域の周辺には、必ずといっていいほど争いがあった。
国境に近い田之崎村は狙われるほうの立場だった。
その日もバクとミーヤは矢倉に立ち、石垣の周囲を監視していた。
山賊なのか隣国の斥候なのか、怪しい人影が森の木陰にちらほらと見える。
東北の龍虎将軍と恐れられている、熊楠夫妻の目の黒いうちはまだいい。だがこの先、田之崎がいつまで持ちこたえられるか、わかったものではない。
バクは双眼鏡から目を離すと、言った。
「まるで戦国時代だな」
半年に一度くらいは同じことを口にしている。わかりきったことなのだが、言わずにいられないのだ。
ミーヤは言った。
「それでも、ニコと契約しなかったのは正解だったと思う」
「そりゃあ、そうだけどさ……」
大きな力を扱うにはそれに釣りあう抑制が必要だが、人の心の進化は科学の発展ほど早くはない。ミーヤの言葉が道理なのはわかるが、それでもバクは浅はかな望みを捨てきれなかった。人々が努力を惜しまなければ、人が飢えず破壊もない社会だって作れないはずはないと、心の底では信じていた。
それはそうとルウ子だ。六年以上も音沙汰なしとは、彼女にしてはあまりに大人しすぎる。手紙にあった『死に満ちた世界』とはいったいどこを指しているのか。孫の最後のメッセージを解読してそこへ渡ったのだろうが……。
矢倉の下から昭乃の声がしたので、バクは地面を見下ろした。
昭乃はリハビリを半年前に終え、有事に備えて日々武芸に励んでいた。もう一つの大事なことにも励んだらどうかと、昭乃は村人によく冷やかされるのだが、「子供に武器を持たせたくはない」の一点張りだった。
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや