パワーショック・ジェネレーション
「……」
「……」
「……ク」
切っ先はシバの脇腹を貫いていた。
バクは剣を引き抜く。
シバは剣とナイフを手放すと、片膝を落とし、ゴロと横たわった。
バクはシバの武器を拾うと、崖下の海へ投げ捨てた。
シバは赤黒くなった腹を押さえ、かすれた声で言った。
「き、汚ねえぞ……いきなり助っ人……アリかよ」
「暗器使いのあんたに言われる筋合いはないわ」
ルウ子は赤茶けた手の埃を払った。
宮根島でシバを取り逃がしたバクは再戦に備え、先の連携撃をルウ子と打ちあわせておいたのだった。
それにしても、恐るべきはルウ子の集中力だ。ぶっつけ本番。風に暴れる小旗のごとく不安定なターゲット。一度きりしか通用しない戦法。その道のプロでも外しかねない場面だった。
バクは深く深く息を吸い、そして吐いた。
ともかく、決着はついたのだ。
「蛍」
バクは赤く染まった短剣を蛍に差し出した。
「……」
片足引きずる蛍はルウ子にもたれかかると、力無くかぶりをふった。
「仇はいいのか?」
「そんなことをしても、私の両親は喜びません。それにルウ子さんも」
蛍の言葉に、ルウ子はうなずいた。
「カラスの餌なんかほっといて、さっさと行くわよ」
バクは剣の汚れを太腿の間で拭うと鞘に収めた。
負傷の蛍をルウ子から引き受け、背負ったときだった。
地面が低く笑った。
「ヘヘ」
「!」
バクたちは固まった。
シバは腹から赤いものを滴らせながら、ゆらりと立ち上がった。そしてなにを思ったか、右手で左手首をぐいと引っ張ると、肘から下が根こそぎちぎれて、刀の先端のようなものが露わになった。
シバの左腕は義手だったのだ!
「左腕(コイツ)さえ失ってなけりゃ……あの細目野郎にこき使われることはなかった。奴は海でしくじった俺を拾い……戦車の試作にまわすはずだった大金を……この世界一精巧な義手につぎこんだのサ」
シバの息は荒いものの、まだ数太刀報いるだけの気力も血液も残っているようだ。
バクは蛍を下ろしてルウ子に預け、さっと剣を抜いた。
「逃がさねえ……てめえら道連れだ!」
シバは叫ぶや、バクに襲いかかった。
バクは冷静だった。
腕では劣る。とにかく時間を稼ぐんだ。
シバの一閃。
バクはそこに刃をあわせた……。
「?」
……が、そこに光るものはなかった。
代わりに、バクの腹から赤いしぶきが飛び散った。
幻惑された!? 牽制(フェイント)に引っかかってしまった!
激痛に目が眩む。体中の全感覚が裂けた一点に集まり、手足に力が入らない。
シバが立ち上がれたのは、拷問に耐える訓練を受けたプロの戦士だからだ。その差が命取りとなった。
「死ねやぁ!」
シバはバクの心臓めがけて刃を突き出した。
バクは動けない。
「バクゥゥゥ!」
ルウ子と蛍の絶叫。
……ひどいもんだ。
……残りの人生と引き替えに稼いだのが、たったの数秒とはな。
……こんなんじゃ、あの世であいつ(傍点)にあわせる顔がない。
……そんなことないよ。
……えっ?
バクはそこで我に返った。
シバの全霊を賭けた突き……が寸止めのまま固まっている。
赤髪の男は尖った左腕を突き出したまま、おそるおそる下を向いた。
鋭く隆起した左胸。その突端から赤水が噴き上げた。
「逃げ切れなかったのは……俺か」
シバはどうと地に臥し、そのまま果てた。
遮るものがなくなったその先には、弓を携えるタチがいた。
雑草のごとき蓬髪や髭はさっぱりして、今や別人だ。
タチは低く言った。
「裏切り者は生かさねえ。それが海の掟だ」
タチの背後に、二頭の馬を連れた大男が近づいた。
「そのセリフはこれで最後になるんだろうな?」
タチの肩がびくっと跳ねた。
「も、もちろんスよ師匠!」
「それより手当だ」
熊楠はバクと蛍の応急処置をすませると、三人をタチに預け、線路に咲いた一輪の矢羽のほうへ歩んでいった。
タチは意識なかばのバクを一人馬に乗せ、自身は女二人ともう一頭にまたがり、熊楠を待った。
熊楠はうつ伏せの男を見下ろした。
「孫を殺し、ニコをわが物にする機会は何度もあったはずだ。我欲の塊のような貴様が、義手一つの恩にこだわっていたとはな」
熊楠はシバを抱え上げた。
「海に還って出直してくるがいい」
亡骸は崖下の海に消えた。
二頭の馬は村へ急いだ。
10月4日
バクは病室で目覚めた。
秋の優しい西日が足もとを温めていた。
四人部屋。ベッドは一つ空いている。
正面に蛍の顔があった。先に起きていたようだが、まだ目が一本線だ。隣のルウ子は無傷のくせにまだ泥眠している。
深手を負ってからのことは、なにもかもうろ覚えだった。坂道を登り切り、森を抜けると、小麦色の絨毯が広がった。はじめて見るのにどこか懐かしい感じがした。白衣の男となにか一言二言交わした。先生の顔は絞りたての真夏のTシャツみたいだった。
思っていたより傷は浅かったのか、それとも先生の腕の賜物か、トイレくらいなら一人でも行けそうな気がした。
バクは布団をめくると、もぞもぞと起き上がり、スリッパをはいた。
病室は空気を入れ替えるためか、ドアを開け放してある。
廊下から女たちの声が近づいてきた。
「クッ、まだまだ……」
これは昭乃の声だ。すぐにでも駆けて行きたかったが、急には動けない。
棒が倒れたような音。
「だめですよ、無理しちゃ。練習は三十分までって言われたでしょ?」
これは熊楠が育てたという新米看護師か? それにしてもどこかで……。
「ダメ?」
「少女の目をしたって無駄です」
「!」バクはバッと立ち上がった。「イッツツ……」
あまりの痛みに腹を押さえるしかなかった。
「一摩さんより厳しいな」
昭乃のため息。
イスがきしむ音。
車輪が床をする音。
病室の出入口に昭乃の姿が見えた。
昭乃はバクを見つけると微笑んだ。
「起きたか」
そこでぴたりと車椅子が止まる。
昭乃は続けた。
「あれからずいぶん苦労したそうだな」
「ま、まあな。っていうか昭乃」
「うん?」
「まさか……歩けるようになったのか?」
「夫と手を繋いで歩きたい。私はひたすらそれだけを願った。先生はよく言っていた。奇跡の決め手は医師の力ではなく」昭乃はぎこちない手つきで胸に手をやった。「意志(傍点)の力にあったのだと」
「それを言うなら」バクは頭突きの真似をした。「石(傍点)みたいなガンコさじゃないのか?」
昭乃はしらっと目を細めた。
「おまえもそんなくだらんことを言うような歳になったか」
「ちょっと乗っかってみただけだって」
二人は笑った。
車椅子はなぜか止まったまま、それ以上進もうとしない。
昭乃はじれったそうにふり返った。
「なにをしている。恥ずかしいのか?」
「だ、大丈夫です」
車椅子の脇から白衣の女が現れ……。
ナースキャップを外し……。
おさげ頭を露わにした。
「おかえりなさい、バク」
「ミーヤ! ゆ、幽霊じゃないよな?」
「さわってみる?」
ミーヤは歩み寄ると、潤んだ瞳でバクを見上げた。
バクは抱きしめた。
「ミーヤ……」
「バク……」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや