パワーショック・ジェネレーション
一行はそれを横目に、熊楠の案内で田之崎村へ向かった。最も近道なのは、廃線跡の半自然歩道を利用する三十キロの道程。バクたちは市街地を離れると、リアス式のうねった海岸沿いに走る線路の上をひたすら歩いた。
かつてはここを地元経営の短い列車が走っていたという。軌道、踏切、信号機、鉄橋、駅舎、プラットホーム……人の手が入らなくなった鉄道設備は潮風のなすがまま、あるものは赤茶けた砂に、あるものは雑草の肥やしに還ろうとしていた。
一行は五キロほど歩いたところで、早くも顔に疲れの色を浮かべていた。海沿いとはいえ数百メートル級の山脈の片側をばっさり切り落としたような地形だ。山がちな路線の勾配は、激動の二日間をすごしてきた三人にとってはきついものがあった。
それを見かねたように、熊楠は「馬を連れてくる」と言って線路から逸れ、山手の崖を野鹿のごとく駆け上っていった。
バクはそれを呆然と見送った。とうに四十をすぎた男の脚力とはとても思えなかった。
トンネルをいくつかくぐると、断崖のすぐそばに出た。左を見下ろせば絶壁と海。右を見上げれば急斜面と密林。崖崩れでもあったのか、線路の左半分は地面がなく、剥き出しで、道幅は大人の身長分もなかった。カーブのせいで視界が悪い。ここが最大の難所だ。
一行はバク、蛍、ルウ子の順で縦列し、線路の右側の砂利を慎重に歩いた。
列はすぐにちぎれた。バクが一人先を行き、蛍とルウ子が団子になっている。
断崖の高さに蛍の足がすくんでいるのだ。単独で敵地に紛れる度胸はあっても、こういうことはまったく別の次元にあるらしい。
「ったく!」
ルウ子は蛍の尻を足蹴にした。
「ひゃあ!」蛍はあわてふためき、その場に縮んで石になった。「す、すみません……」
蛍が慣れるのを待つしかなさそうだ。
バクは立ち止まり、水平線に目をやった。
曇り空。海は凪。鏡と化した海面は、どこまでも続く雪原のようだ。
これまでいろんなことがあった。想い出を白いスクリーンに投影する。
上映が終わると、これからのことに思いを馳せた。
ルウ子は中立国に逃れるなどと言っておきながら、結局ここまでついてきてしまった。ニコを誰かに託す気配もない(蛍は単に持たされているだけだ)。あの大艦隊を実際に見て気が変わったのだろうか。
孫がルウ子に言ったという、厳しいひと言が脳裏をよぎる。
……国連は事実上消滅した。そんな今、発電の全権が集中したユニット……マスター・ブレイカーをいったいどこで誰が管理するというのです……
孫が倒れ、ルウ子は黙し、欲望と破壊の時代は去りつつあるのかもしれない。人間という爆弾を抱えてしまった自然界にとっては、望むところなのだろうが……。では、これから飢えようとする国民や、すでに飢えている世界の人々はどうなるのか。人と自然……立体交差をくりかえす二つの道はいつどこで交わるべきなのか。悩みは尽きることがない。
顔にほのかな熱を感じ、バクはふと空を見上げる。
雲が薄まったのか、日輪のかたちを認めた。
視線を下げていくと、秋色に染まりかけた斜面の林が目に入った。
枝葉のすき間に煌めく、銀の柳葉(やないば)一つ。
「しまった!」
バクはルウ子たちのもとへ駆けもどった。
間にあわない!
「アアアアアッ!」
矢は蛍の太腿に突き刺さった。とっさにルウ子をかばったのだ。
「蛍!」
ルウ子はふらつく蛍を背中から抱きとめた。
「だ、大丈夫です……」
蛍は笑顔を見せるも、唇がひどくふるえている。
上から舌打ちが聞こえた。
バクはそれで正体がわかった。
「出てこい! シバ!」
「油断したなァ、ボウズ!」
赤髪の男が姿を現した。斜面の中腹、密林から突き出た太枝に立っている。
「今さらなんの用だ! 孫は死んだ。NEXAはもう終わりだ!」
シバは尖った鼻先を斜めに上げた。
「知ってるぜェ! 流浪の魔女一味が、お宝を持ち逃げしたことをなァ」
ルウ子は言った。
「なるほど……タワーの周りで兵を指揮してたのは、あんたね?」
「フッ」シバは鼻で笑った。「さァて、今持ってんのは誰だ? ンン?」
シバは眼下の三人を見比べた。
バクは言った。
「ニコをどうする気だ!」
「知れたことよ」
蛍は痛みに顔を歪めつつ、シバに怒りをぶつけた。
「電気があろうがなかろうが、他人が苦しもうが関係ない。永遠の若さを手にして、永遠に享楽の人生を続けたいだけ。あなたの頭の中身なんて、その程度よ!」
「ヘッ」
シバはまともに答えようとしない。
ルウ子は意地悪そうに言った。
「残念だったわね。孫が死んだ今、ニコの電話番号知ってんのはあたしらだけよ」
「湾岸の発電所を漁っていたら、こんなものが出てきたんだがなァ」
シバは十一桁の番号が書かれた紙切れを見せ、それを読み上げた。
「あ!」
バクとルウ子は同時に叫んだ。
ニコの前のパートナー、平賀源蔵は番号を覚えるため何度も紙に書いていた。その処分が不完全だったのだ。
シバは高く笑った。
「そういうことだ。なに考えてんのか知らねえが、契約を渋ったのは正解だったなァ。素直によこしゃあ、助けてやってもいいンだぜ?」
もし誰かがニコと契約を交わしていたら、今頃三人はシバの銃(傍点)で皆殺しだったろう。いや、どのみち奴はそうするつもりなのだ。シバとはそういう男だ。
「従うことないぞ」
バクは女二人をかばうように立った。
「やめとけよ。そんなヤワな盾じゃ突き抜けちまう」
「俺はただの盾じゃないぜ」
バクはゴールキーパーのごとく大きくかまえた。
「なら、試してやろう」
シバは矢を放った。
バクはそれを片手で払いのけた。
二の矢。
バクはそれも払った。
「ずっとそこでそうしてろ。そのうち熊楠がもどってくる」
シバから笑みが消えた。
「ボウズ、逃げんじゃねえぞ!」
シバは矢を捨て、猛然と斜面を駆け下りた。
バクたちとシバは十メートルほどの間をおいて相対した。
「あンときはてめえに運(ツキ)があった。だが……」シバは天を指した。「今度は俺様だ!」
厚い雲の彼方、日はまだ高いところにある。
「それはどうかな!」
バクとシバは同時に短剣を抜いた。
戦いの場は平均台のように狭い。進むか退くかだ。
シバは一歩また一歩と砂利の上を行く。
バクは動かない。
シバは歯を見せた。
「今度こそ噴水ショーにしてやるぜ!」
シバは獲物を定めた豹のごとく駆け、ヒュッと剣を突き出した。
バクはかろうじてこれを払う。
シバは打ちこむ。
バクは払う。
一方的な攻防がしばらく続いた。
シバは打ちこむ。
「諦めろ!」
バクは払う。
「まだだ!」
シバの顔に焦りの色がにじんでいく。熊楠との接触を怖れているのだ。
「そうかい!」
シバの左腕。手中に光るものがった。
シバは右で剣を打ちこむ。
バクはそこに剣をあわせる。
その隙、ナイフを放たんとシバは左腕を引いた。
来た!
バクはさっと頭を下げた。
その背後。
石を手にしたルウ子のジャンピングショット!
「ウッ!?」
石はシバの左手を直撃。一瞬動きが止まった。
「シバアアアアア!」
バク、渾身の突き。
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや