パワーショック・ジェネレーション
「ルウ子!」
バクが叫ぶと、ルウ子は声がしたほうに抜き身の短剣を放った。
剣は弧を描いてアスファルトに突き刺さった。
バクは剣を引き抜くと、雄叫びを上げながら戦いの中へ突っこんでいった。
「オラアアアア!」
バクは一閃で五人すべて斬った。
闘神熊楠でさえ一瞬目を奪われるほどの早業かつ力業だった。
もう誰も失いたくない。その一心が闇の力を増幅(ブースト)させたのだろう。
叫声を聞きつけたのか、周りにいた影がこちらへ近づいてくる。
「ニコは確保した。はぐれるなよ!」
バクの声にルウ子たちはうなずく。
四人はゲートめざして突っ走った。
タワーの周囲に比べ、ゲートの警備は手薄だった。
バクは詰所に押し入るや三人を気絶させ、残る一人をロープで縛り上げた。
一味の中に熊楠がいるとわかると、その男はひどく怯え、すぐに口を割った。
停電のせいで開閉システムは機能しない。すべて手動でやるしかなかった。
バクは詰所を出て地面の鉄蓋を開けると、門番の言っていたハンドルを見つけた。
熊楠が駆け寄ってバクと代わると、男は機関車のごとく鉄輪をまわした。
巨大な格子門扉が横にスライドしていく。
そこを抜けて少し走ると、また同じ構造があった。
バクが外門の詰所に押し入っている間、熊楠が蓋下のハンドルをまわす。
犬の声が近づいてくる。
今度の門扉は一秒に一センチずつしか開いてくれない。待つ時間がもどかしい。
先頭の犬が内門のすき間に鼻をのぞかせた。
外門が小さく開いた。二十センチあるかないか。
四人はそれぞれ、横に向けた体をそのすき間へ強引にねじこんだ。
犬が吠える。兵隊も吠える。
バクたちはゲートを抜け、雨と風と暗闇の街へ駆け出した。
皮肉なことに、NEXAが発したはずの避難命令は、お膝元の街にはうまく伝わっていなかった。
オフィスビルの玄関や軒下はラッシュアワーと化していた。一寸先を怖れてとりあえず避難したのだろう。エンストした車を降りてボンネットを調べるのは若者ばかりだ。年長のドライバーは前か後ろにもたれかかり、なにを思い出したのか悲嘆に暮れている。
誰もいなくなった水浸しの歩道を、バクたちは走る。
「あっちだ」
バクは地下鉄口の一つを指した。
バクにとって地下は庭だった。訪れた地域の地下鉄口はすべて頭に入っているし、構内図と路線図を一度見れば、たいていの場所は迷わず行ける。
一行はバクを先頭に列車のように縦列して、階段を降り、改札を抜け、プラットホームから線路へ飛び降りた。
地上の人々は、不安や不満を口にしながらも行動は冷静だった。それに対し、地下の人々は早くも理性の留め針(ピン)が外れていた。闇雲に出口を探して人や壁に激突する者。メガネをなくした近眼者のごとく地べたを這いまわる者。暗所恐怖に悲鳴を上げる者。
凄惨な恐慌を背に、『責』と刻まれた巨石に押し潰されそうになりながらも、バクは心の中で人々に呼びかけた。
すまない……。朝までの辛抱だ。
バクたちは、大村と〈臣蔵〉が待つ港の最寄り駅をめざした。
線路を歩きはじめてすぐ、電車がトンネル内で立ち往生している場所にぶちあたった。一行は六両編成の脇、幅一メートルもない退避空間を行く。車内で怯える人々。暗闇、密室、孤独……。重いトラウマを抱えてしまうかもしれない、と蛍が心配している。
それからしばらく、なにもない直線が続いた。
昂ぶりが引いてきたバクは、そこでやっと口をきく気になった。
「熊楠。孫との決闘のこと、なんで知ってた」
「うむ。実はな……」
熊楠は廃港でバクと別れた後のことを語った。
「私は昭乃の介護をしつつ、看護師見習いとしての日々を送っていた。といっても、患者は海賊ばかりだがな。そんなある日、昭乃が夢の中で富谷の異変を察知した。私はそばを離れたくなかったが、昭乃がどうしてもと言うので様子を見に行った。昭乃のそれは正夢だった。富谷はすでに滅んでいた」
バクはあえて訊いた。
「ミーヤの最期はどうだった?」
熊楠は一度ためらってから、口を開いた。
「私は見ていない」
「そうか」
バクはうつむいた。
熊楠は続けた。
「私が富谷からもどると、黒船島に大きな変化があった。ヌシが亡くなり、タチが拾った富谷難民が新たなヌシとなっていた。百草先生だ」
「先生は無事だったか……」
バクはほっと息をついた。
「それからしばらくは安泰な日々が続いた。ペリー商会が重症患者を出さないでくれたおかげで、私と昭乃は二人きりの時間を満喫できた。やがて私たちは夫婦の契りを結んだ。だが……幸せは長くは続かなかった」
「NEXAか?」
「うむ。電力網の復活で人々の生活環境は向上した。そのせいで、今までは空気のように思えていたものが、黒煙のように目立ちはじめた。治安問題だ。孫は湾岸住民の不安や不満に応えるべく、海賊討伐を宣言した。有力海賊のペリー商会は真っ先に攻撃目標となった。
NEXA軍は苦手な海戦を避け、湾岸からの執拗な砲撃で黒船島を痛めつけていった。我々は一戦も交えることなく、残った船で逃亡するしかなかった。一隻、また一隻と沈められ、私と昭乃と百草先生が乗る帆船が最後に残った。砲台の射程からは逃れたが、今度は蒸気船団が待ちかまえていた。私は一緒に乗りあわせていたタチとともに矢で応戦した。四隻対一隻……数では圧倒的に不利だった。そこで私は望楼に上がり、敵の士官ばかりを狙い撃った。指揮官をすべて失った連中は、混乱を極めた末に追撃を諦めてくれた」
「昭乃が言ってたよ。あんたの矢は、まるで的のほうからあたりにいくようで怖いってな」
熊楠は苦笑いして続けた。
「どうにか統京湾を抜けた我々は、これというあてもなく北へ逃げた。積んでいた清水(みず)が尽きようとしていたとき、連なる断崖のすき間に小さな港を見つけた。我々は商船を装って寄港すると、とりあえず港町にくり出した。
このまま逃避行を続けるべきかと悩んでいたところ、街角である男が私に声をかけてきた。私は驚かずにいられなかった。その男は富谷の生き残り、しかもお互いよく知る旧友だったのだ。彼はなにも訊かず、自分が暮らす山村に来ないかと誘ってくれた。私と昭乃は決断した。船には乗らず、その男についていくと。百草先生も同行を決めた。それともう一人、タチもだ」
「タチは根っからの海賊じゃなかったのか?」
「そのようだが、私の戦いぶりに惚れたから弟子にして欲しいと言ってきた。海賊からはいっさい足を洗うと」
「弓使いからすれば、あんたは神様みたいなものか……」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや