小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

パワーショック・ジェネレーション

INDEX|55ページ/62ページ|

次のページ前のページ
 

「ごめんね。鈍くって。そういうの」
 ルウ子は最後の一歩を踏み出した。
 かすかに頬を染めるルウ子の胸に、孫の銃口がめりこんだ。
「知っていたら、世界はこんな事にはならなかったかもね」
「ル……ルウ子……」
 ルウ子は手のかかる子供を見るような目で微笑んだ。
「バカね……あんな嘘までついて。お母さん、雲の上で泣いてるわ」
「……」
 孫は銃を下ろすと、そのまますっと手放した。
 絨毯をたたく湿った音がした。
 バクと蛍は吐息をつき、和藤は固く目をつぶり、そしてルウ子は両手を差し出した。
 両手の行き先は黒縁メガネだった。
 素顔になった孫。
 ルウ子は改めて男の頬を包みこんだ。こわばる顔を引き寄せつつ、自らも唇を寄せていく。
 そのときだった。
 爆音とともに壁のガラスが激しく吹き飛んだ。
 大きな風穴の前に、ロープを携えた黒ずくめの男が立っていた。
 なにが起きたのかすぐには理解できず、呆然とする五人。
 真っ先に我に返ったバクは思わず声をあげた。
「熊楠!?」
 蛍が続いた。
「引退したはずでは?」
「私は黒船島に骨を埋めるつもりだった。だが、ペリー商会はこの男に追われた」ずぶぬれの熊楠は孫を指した。「私は逃亡先で、昭乃とともにこの国の未来を案じていた。電力網が復活すると、昭乃の予言通り、かつてのような汚染と破壊がはじまった。人はパワーショックからなにも学んではいない。ゆとりを手にした途端、目先の利益や快楽のことばかり考えるようになる。人間は少し飢えているくらいがちょうどいいのだ」
 熊楠は拳銃を抜くと、銃口を孫に向けた。
「孫よ! 電気は人の手に余るのだ! マスター・ブレイカーは永久に封印させてもらう!」
 ルウ子は両手を広げて孫をかばった。
「話はもうついたのよ。あたしたちはこれから大陸の中立国に逃れ、広く発電できるように働きかけるわ。これで世界のパワーショック問題もなかば解決よ」
「私の話を聞いてなかったのか? かえって死の闇が広がるだけだ!」
「電気がないせいで飢えている人が、世界にはまだ何十億もいる。あたしはそれを見すごすことはできない」
「地球は人間だけのものではない。人は人だけの力で生きているわけではない。人を救いたければ、草一本虫一匹さえ疎かにしてはならんのだ」
「!」
 ルウ子の瞳に光の筋がよぎった。これで二度目だ。
 ルウ子はこらえるように笑った。
「なるほど……昭乃が選んだだけのことはあるわ」
「大罪を犯した私がここまで生きながらえたのは、この日のためだと思っている。頼むからそこをどいてくれ!」
「マスター・ブレイカーはここにもう一組あるわ」ルウ子は胸に手をやった。「手間が省けてよかったじゃない」
「君は今、自分の誤りに気づいた。それをどう扱うべきか心得たはずだ。それがわかった以上、君の可能性を絶つなど私にはできない。そこをどくんだ!」
 銃声。
「クッ……」
 熊楠は拳銃を取り落とした。手の痺れに顔を歪めている。
 撃ったのは和藤だった。彼女は別の拳銃を隠し持っていたのだ。
「ぐずぐずしている暇はないのよ」
 和藤は銃口を熊楠からルウ子へ流した。
「最初(はな)からルウ子を殺すつもりだったな!」
 バクは怒鳴った。 
「万が一敗れたときはそのつもりだった。けれど、彼は勝った。なのに……それなのに……」
 女の頬に光の筋が走った。
 そっと撃鉄を起こし、和藤はトリガーを引いた。
 胸を押さえる手。指の間から赤いものが溢れ、ボタボタと床を濡らしていく。
 苦しそうな息づかいは……孫英次のものだった。とっさにルウ子をかばったのだ。
「そんな……」
 和藤は銃を手放すと、よろめく男に駆け寄った。
 孫は女にどうと身を預けた。
「すまない栄美……自分で自分をごまかすことはもう……できそうにない……」
「ひどい……ひどすぎます……」
「そう……だな。私は……ひどい男だった」
「英次さん……」
「……」
「英次!?」
 孫は白目を剥きかけたが、唇を噛んでこらえた。
「少し……風にあたりたい」
 和藤は孫を風穴のそばへ連れて行った。
 そこにいたはずの熊楠は、いつの間にかバクのそばに立っていた。
 孫は雨の統京を眺めていた。
 勢いを増す雨粒。地上の光たち。街は銀糸に包まれていた。
 やがて、孫はルウ子に笑顔を向けた。
「死に満ちた世界でこそ生は輝くものです」
「えっ?」
「ルウ子……君なら……できる」
 孫は息絶えた。
 和藤の腕の中、謎めいた言葉を残したまま。
「孫!」
 ルウ子は駆け寄ろうとしたが、すぐにためらった。
 和藤の執念から生じた見えない壁が、ルウ子の行く手を阻んでいるのだ。
「英次……」
 和藤は孫の唇にそっと唇を寄せると、勝ち誇ったようにルウ子を見た。そして、孫を抱いたまま風穴の向こうへ身を預けていった。
「和藤! ちょっと待……」
 ルウ子はだっと駆け寄り、手をのばした。
 あと一センチ……ルウ子の手は届かなかった。
 ルウ子が四つん這いにうなだれると、遅れて他の三人が駆けつけた。
 ルウ子を慰めようと、バクが口を開きかけたときだった。
 廊下の間接照明がふわりふわりと消えていった。タワーのライトアップは下に向かって失われ、NEXAの施設群は黒のスポットを浴びた。闇のさざ波は次第に荒れていき、ついには怒濤となって光の国を呑みこんでいった。それはまるで、膨張するブラックホールだった。絶望半径はあっという間に地平の彼方を越えた。
 なにもかも消えた。
 残ったのは窓を打つ雨音だけだった。
 バクはそっと手を差しのべた。
 ルウ子はその手を取って立ち上がると、言った。
「あの夜と、同じね」



 第九章 最後の戦い


 ルウ子と蛍は非常階段を降りていく。手すりを頼り、足もとをたしかめながら。しんがりに熊楠。バクの姿はない。
 エレベーターは使えなくなった。電灯もすべて消えてしまった。パートナーを失ったニコのスイッチが自動的に切れ、日本中に散っていた地属性のテスランたちが皆、青いケータイの中へ強制収容となったのだ。
 一方、バクは夜目を活かしていち早く地上にたどり着くと、傘の下ですくんでいる職員たちを横目に、人工池のほうへ走った。
 浅い池の底。孫と和藤の遺体。
 突風でも吹き上げたのだろうか、驚くほど傷みが少ない。密着して落ちたはずの二人は、少し離れて横たわっていた。
 バクは池に入ると、和藤の左手を持ち上げ、孫の右手に組ませてやった。
「俺にあんたほどの執念があれば、ミーヤは死なずにすんだかもな」
 バクはうなだれた……が、すぐにかぶりをふると、孫のスーツを探って胸ポケットからケータイを取り出した。試しに開いてみたがニコは姿を現さない。真っ暗のままだ。
 バクはケータイを懐にしまうと、タワーの非常階段口へ駆けもどった。
 そこでルウ子たちと落ちあうはずだったのだが……バクは我が目を疑った。
 NEXAの傭兵五人が出口を塞いでいたのだ。熊楠は女二人の盾となって防戦しているが、この闇と豪雨のせいで思うようには戦えず、圧されっぱなしだった。
 腑に落ちなかった。孫や和藤の手際とはどうしても思えなかった。が、今はそんなことを考えている場合ではない。