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パワーショック・ジェネレーション

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 蛍はひたすら頭を下げる。
「す、すみません! 私にできることは、これくらいしか……」
 ルウ子は空になったバケツを奪うと、蛍の頭にすっぽりかぶせた。
「フフ……さすがあたしが見こんだだけのことはあるわ。で、なに?」
「で、ですから外国の大艦隊が迫って……」
「それを早く言いなさい!」
 ルウ子は短剣の腹でブリキのバケツをガァンとたたいた。
「*!@☆@*%?」
 蛍は意味不明の声を発しながら、桟橋の上をふらつきまわった。
 と、そこに大村が現れ、「こんなときになに遊んでやがる」とあきれ顔で蛍を抱きとめた。
 離島海軍の全面協力の裏には、大村猛の存在があった。伊舞諸島の民衆は独立派に傾きつつあったが、海軍は方針を一転、討伐派に与した。その気になれば地球の裏側まで足をのばせる彼らは、各国の不穏な動きに危機感を募らせていたのだ。
 そしてついに、終末への歯車は動き出した。
 離島海軍は数日前、太平洋上で第二次大戦以来の大艦隊を見つけた。一番乗りを狙っているのか、列強諸国の船は競うように集まってきている。幸い、その針路を塞ぐように二つの台風が暴れまわっており、艦隊は足止めを食らっていた。まさに神風だ。
 ルウ子は剣を収め、鼻をならした。
「フン、やっぱ来たわね」
 欲にかられた列強は世論を無視し、いつか必ずしかけてくる。制裁を口にしてはいるが、その実はマスター・ブレイカーを手中にしたいだけなのだ(彼らはその存在を知っているはずなのだが、ライバルを出し抜きたいがために、あえてそのことを極秘にしているのだろう)。ルウ子の読みはあたった。ルウ子は孫の招待を受け〈シーメイド〉での上京を計画していたが、その一方、大村を通じて海軍にも出撃準備させておいたのだった。
 こうなると日本の命運の如何は、孫だけでなく時間との闘いでもある。民の血判がどうのなどと言っている場合ではない。まずは一刻も早く孫を打倒し、戦争を回避する。その先のことはそのときだ。
 ルウ子は足の速い海軍の船で上京することにした。
「作戦は『プランZZ(ダブルゼータ)』に変更。いいわね?」
 大村は舶刀を華麗にふるってみせた。
「どうやらもう、あんたらに賭けるしかなさそうだな。護衛はまかしときな」 
「あんたたちは船を出してくれればいいの」
「だがなあ……」
「こっちが約束守らないでどうすんのよ」
 実際は、ルウ子と孫は言葉で約束を交わしたわけではない。だが、当事者以外の武装解除は二人の暗黙の了解だった。
 大村は剣を収めると、笑った。
「あんたの肝っ玉は狂気そのもんだ」 
「百回も死を覚悟したら、狂気だってもうお友達よ!」
 ルウ子は両肩にかかる竜巻毛をパァンと払うと、大村の帆船が控える隣の桟橋へさっそうと歩いていった。


 10月1日

 離島船団は追い風に乗って北上し、その日の昼すぎ、統京湾に突入した。
 ルウ子は護衛の船などいらないと言い張ったが、足を提供するのは海軍である。不満はあっても彼らの方針に従うしかなかった。船団は南北に散らばる島々を通過するたびに一隻また一隻と増え、結局、十隻という大所帯となった。彼らはその船倉に武器ではない『なにか』を隠し持っているようなのだが、軍の機密だと言って、バクたちには明かそうとしなかった。

 バクは帆船〈臣蔵(おみくら)〉の甲板に立ち、薄暗い空の下に広がる左右の半島を見渡していた。
 しばらくの間そうしていたのだが、物々しい雰囲気はほとんど感じられなかった。軍用の艦艇は港で大人しくしている。戦車の姿も兵員輸送車が走る様子もない。NEXAは約束を守っている、といえばそうなのだが……。
 バクは首をかしげずにはいられなかった。
 本土の姿が見えた頃からぽつぽつと降り出した雨は、列強艦隊との差を伝える警鐘のごとく、徐々に強まってきている。

 日没まであと少し。
 離島船団はいよいよ統京港に近づいた。
 船室で控えるバクとルウ子は、丸窓をはさんで向きあい、雨のカーテン越しに湾岸地帯を見つめていた。
 今からちょうど五年前、バクが蒸気船から見た景色とはまるでちがっていた。壊れた工場や倉庫などどこにもなく、ゴミ捨て場で泣いているオモチャのようだった遊園地は見事に復元され、湾岸道路では自動車が行き交い、高層ビルの窓のあちこちに白い光の粒が点り出す。
 ルウ子は感慨深げにそれらを見つめていた。
「元通りになってる。なにも……かも」
 そこには、ルウ子が地獄の底で思い描いた『2016年の統京』があった。孫はルウ子の夢をルウ子の代わりに完璧にやってのけたのだ。
「あたしがずっとNEXAの玉座に居すわっていたら、これほどの復興はなかったかもね」 
「才能があるからって、なにをやってもいいってわけじゃないさ」
 バクは埠頭で待ちかまえる戦闘服姿の男たちに目をやった。
 ルウ子は窓に背を向けた。
 今にも泣き出しそうな項(うなじ)がのぞいた。
「ルウ子……」
 バクはルウ子の背中に寄ると、両肩に手をやった。
「そこじゃない」
 ルウ子は腕を交わしてバクの両手をつかむと、ぐいと前に引き寄せた。
 ルウ子の手はひどく冷たかった。

〈臣蔵〉が接岸した。
 バクとルウ子と蛍、招待を受けた三人だけが船を降りた。
甲板に立つ大村は、喉に魚の小骨が刺さったような顔で三人を見下ろしている。
 埠頭ではNEXAの兵隊たちが二列に整列して道を作っていた。武装はしていないが、そこしか通るなと脅しているようなものだ。
 バクたちは雨に打たれながら列の間を行った。
 その先には黒い高級車が待ちかまえていた。運転席のドアが開き、ピンクの傘がぱっと咲く。
 スーツ姿の和藤は微笑んだ。
「孫がタワーの上でお待ちしています」
 ルウ子はためらうことなく後部座席に乗った。
 バクと蛍はしばし顔を見あわせ、ルウ子に続いた。
 助手席は空いている。和藤にボディガードはない。
「少し、遠まわりしますよ」
 和藤は車を走らせた。
 ルウ子と乗った蒸気自動車が野牛の大移動なら、こちらは池の上の鴨。ワイパーのこすれから隣席の息づかいまで、なんでも聞こえる。
 バクが車の性能に感心していると、和藤が口を開いた。
「橋本ルウ子。あなたをここで捕らえ、薬でアルの番号を吐かせようと思えばいつでもできる。わかっていながら、なぜ島を出たのです?」
「……」
 ルウ子は窓の外を見つめたまま黙っている。
「私には理解できない。自分からすべてを奪った者の言葉を信じるなんて」
「……」
「どんなに忠実な部下でも、上司の命令を必ず守るとは限りませんよ?」
 和藤はちらとルームミラーに目をやった。ルウ子と目があう。
「フ」
 和藤はアクセルを踏みしめた。
 雨夜の街道をしばらく走り、坂を下っていくと、広々としたスクランブル交差点に出た。そこで信号待ちとなった。
「!」
 バクは思わず窓にへばりついた。
 和藤はその様子をミラーで見ていた。
「懐かしいでしょう? バク君」
 バクは『夜目』を細めながら、眩しすぎる街の様子を眺めた。
 そこはバクのアジトがあった街だった。だが、懐かしさなど微塵も感じなかった。瓦礫がない、ひび割れもない、屍もない、そもそも闇がない。