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パワーショック・ジェネレーション

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 あの晩の記憶が曖昧だ。最後の一人を倒したところから先が、どうしても思い出せない。
 バクは訊いた。
「シバは?」
「逃げたわ。部下を見捨てて」
「そうか……」
 バクは再び眠りに落ちた。
 ブーン! ブーン!
 ルウ子の懐で、アルがしゃべらせろと体をふるわせている。
 ルウ子は蛍を連れて小屋の外に出た。

 ルウ子はケータイを開いた。
「なによ」
 アルは上目遣いで言った。
「それがその……電話だよ」
「電話? 誰から?」
「出ればわかるよ」
 アルは自分の姿を消した。
 スーツ姿の男の半身(はんしん)が映った。細筆で引いた傍線のような目がさらに細まる。いつものメガネはない。
『お久しぶりですね。元気そうでなによりだ』
「孫」ルウ子はため息をついた。「あんたはもう少し利口な男だと思ってたわ」
『その物言い……どうやらこちらの情報がもれているようですね』
「!」
 ルウ子はしまったという顔で舌打ちした。
『フフ……そんなに気にしなくてもいいですよ。これからはむしろ知って頂きたいくらいだ』
「たいした自惚れっぷりね」
『それにしても、シバ君率いる精鋭がたった一人の青年にやられてしまうとは……。彼の能力を見落としていたことには、少しだけ後悔してますよ』
「そうまでしてアルを欲しがる理由はなんなの? 太陽光しか扱えないアルに、決死隊を送るほどの価値があるとは思えないわ」
『ところがあるんですよ。今日明日のことしか見えていないあなた方では、一生導き出せない発想でしょうけどね』
「で、お次はどうするわけ? 海兵隊を満載した艦隊でもよこす?」
『まさか。離島海軍(近海の王者)を敵にまわすつもりなど毛頭ありませんよ。彼らにはこれからも日本の海を守ってもらわねば』
 ルウ子は不敵な笑みを浮かべた。
「あたしに時間をあたえたら、後悔することになるわよ」
 孫も微笑んだ。
『それはお互い様でしょう?』
「フン!」
 ルウ子はそっぽを向いた。
『そんな顔しないでください。あなたがそこに閉じこもっている限り、私には短い栄光はあっても勝利はない。いや、地上の誰にとっても勝利はないのです』
「どういうこと?」
 孫はその理由(わけ)を語った。
『発電の大黒柱だった国内の石炭はいずれ尽きる。それにともない、科学頼みだった国力も先細っていくでしょう。再び飢餓の底に落ちた国民は、わが国の資源の少なさを改めて痛感し、私の首を差し出して世界に救いを求める。そうなればニコをめぐり、一介の島国を脅すつもりで整えていた各国の軍備が、別の目的で行使されることになる。今度こそ第三次大戦のはじまりです』
 ルウ子は不服そうに言った。
「ニコを分かちあうって発想にはならない?」
『あなたは人間というものをなにもわかっていない。私的な欲望を抑えられるのはほんの一握りの聖人だけです。パワーショックの襲来によって世界のつながりは希薄となり、国連は事実上消滅した。そんな今、発電の全権が集中したユニット……マスター・ブレイカーをいったいどこで誰が管理するというのです』
「だとすれば、人類の運命はもう決まったようなもんじゃない」
『まだですよ。あなたが私に従っていただけるのなら、最悪のケースは回避できます。わが国が圧倒的な科学力を維持できるうちは、誰も手出しはしない』
「アルには、それを長く叶え続けるだけの秘めた力があると?」
『あります』
「大陸でつながってる国々も、ある程度の資源や相互援助があるってだけで、決して豊かになったわけじゃない。仮にあんたの話が正しいとして、アルを手にした後、他の国の不便や貧困はどうするのよ」
『知りません』
「は?」
『かつて彼らもそう答えましたよ。痩せこけた我々使節に向かってね』
 ルウ子は激しくかぶりをふった。
「くだらないわ」
『私もそう思います』
 孫は笑顔で言い放った。
「……」
 ルウ子はなにか言い返そうと口を開きかけたが、出てきたのはため息だった。「ま、島に引きこもってても、ロクなことにならないのはたしかなようね」
『従って、いただけますね?』
「……」
 ルウ子は答えず、空を見上げた。
 まぶしげに浮き雲を見つめていたかと思うと、登頂に失敗したばかりの冒険家のような顔になり、成果がなかったわけではないと慰める友人の顔になり、表情を消すと、キッと眉を逆立てて微笑んだ。
「一つだけ作戦が浮かんだわ。結果の是非はわかんないけど、あんたのよりは全然マシよ」
『ほう、それは?』
「……」
 ルウ子は肩をすくめるだけだ。
『それを成就するためには、私を倒す必要があるのですね?』
「そのようね」
 孫は寂しげに微笑んだ。
『そうですか……。では、せめて良い舞台をご用意しましょう』
「信用の証しは?」
『この失った左腕に誓って』
 孫は右手でそこに触れた。
「いいわ。鼻クソでもほじりながら待ってなさい」
 ルウ子は孫の招待に応じた。
 孫は現代最強の武装を脇に置き、ルウ子と対等の勝負をしようというのだ。
 二人の打ちあいを見守っていた蛍は不安でならなかった。
 孫は本当に約束を守るだろうか?



 第八章 ルウ子の敗北宣言


 9月30日

 孫の電話から三週間余りたった。
 その日の早朝。宮根島。
 港の桟橋では、バクとルウ子が激しく揉めていた。
 ルウ子が孫の招待を受けたと知って以来、バクはこの無謀な対決に反対し続けてきたのだが、ルウ子はいっさい聞き分けようとしなかった。
「奴がなんの策もなしに、あんたを迎え入れるわけないだろ!」
「あいつは最愛の母親に誓った。それでもあたしを騙すというのなら、あいつは自分の人生を否定することになるわ!」
 いったいどこで薬を見つけ誰に依頼したのか、ルウ子の双竜頭はすっかり黄金の輝きを取りもどし、くたびれきっていたブレザーやスカートは真っさらも同然だった。そのせいか、表情や言葉の端々からは、かつてのみなぎる自信がうかがえる。
 ルウ子は立ちはだかるバクを避け、桟橋に控える〈シーメイド〉のほうへ歩みを進めた。
「待てよ!」
 バクはルウ子の腕をぐいとつかみ、力ずくで引きとめた。
「放しなさい! でないと……死ぬわよ」
 ルウ子は腰の短剣を抜くと、切っ先をバクの鼻先に突きつけた。
 バクは動じない。
「ああ、やってみろ。やれるもんならな!」
「まだわかってないのね。あたしのこと」
 ルウ子は低く言うと、バクの首めがけてびゅっと剣をふるった。
 そのとき、海のほうから男の声があがった。
「報告します! 太平洋上に大艦隊発見!」
 着岸を待ちきれない船長が、偵察船の甲板から叫んだのだ。
「俺のこともわかってないようだな」
 バクはわずかに削がれた黒髪を払い落とすと、白い歯を見せた。
「あの声がなければホントに死んでたわ」
 ルウ子もちらと歯を見せた。
「いいや死んでねえ」
「いいや死んだ」
「何度でもかわしてやるさ!」
「今度こそ真っ二つよ!」
 一方、蛍は虫歯を煩ったような顔で、二人の意地の張りあいを見守っていた。なにを思ったか、彼女はバケツに海水を汲むと、ぎゅっと目をつぶり……。
「報告です!」
 と叫ぶや二人にぶちまけた。
 きょとんと蛍を見つめるバクとルウ子。