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パワーショック・ジェネレーション

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 神木の枝から人影が一つ舞い降りると、西日がその半顔を照らした。
 傲りと嗜虐に満ちた目。火柱のように尖った赤髪。
「シバ!」
「調査団をくり出したのはマズかったなァ、ボウズ」
 シバの唇が左上がりに歪んだ。
「ク……尾行(つけ)られてたのか……」
「ところで、橋本ルウ子は殺し屋でも雇ったか?」
「いきなりなんだ」
「あの殺気……一瞬熊楠(奴)かと思ったぜ」シバは真顔で言った。「てっきりそいつがかかると思って退いてみたんだが……。まあいい。ウォーミングアップぐらいにはなってくれよ」
 シバは左右の五指をならした。
「ルウ子が目的か?」
 シバはちらと歯を見せた。
「バカを治すイイ薬がそろったンだとよ」
「!」
 それがなにを意味するか、バクにはすぐわかった。孫はルウ子を薬漬けにして忠実な操り人形とするか、あるいは電話番号を吐かせてから殺してしまうか、いずれにしてもアルをNEXAのものにするつもりなのだ。孫はあれほどの権力を手にしていながら、なぜ役立たずのアルにこだわるのか。訊きたいことは山ほどある。だがその前に……。
「一つ、あんたにたしかめたいことがある」
「ほう? 生意気だな」
 シバの頬に走る爪でかいたような傷痕。海で遭ったときはなかった。
「富谷を攻め落としたとき、警備隊長を処刑したのはあんたか?」
「あァ!?」シバは片目を細めた。「なんで島に籠もってる奴が、んなこと知ってんだ?」
「いいから答えろ。あんたなのか?」
シバは頬の傷痕を淫らな手つきでなぞると、笑った。
「イイ声で哭いてたぜェ」
「てめえ!」 
バクは手斧をかまえた。
「そうこなくっちゃな!」
 シバも短剣を抜いた。
 怒りにまかせてバクが突進すると、シバはそれを軽くいなした。
 バクはキッと向き直り、なおもがむしゃらに斧をふるった。
 シバは上体を左右や後ろに揺すってこれをかわす。
 勢いあまってバクの体が横に流れた。
 シバはすかさずバクの小手を狙った。
 バクはハッとした。斧の腹を盾に、かろうじてこれを受け止めた。
 形勢は逆転。シバは速射砲のごとく剣をくり出し、興奮から醒めたバクはひたすら受けにまわった。
 シバのスピードに慣れてきたバクは、いつ攻撃に転じるべきかと思案しはじめた。
 その矢先、シバの左手でなにかが光った……と思った次の瞬間。
「ウッ!?」
 バクは手斧を取り落とし、バランスを崩して尻餅をついていた。
 シバは機を逃さなかった。バクの上に馬乗りになると、喉もとに切っ先を突きつけた。
 バクはそこでようやく脚の痛みに気づいた。シバは手ぶらだった左手に、密かに二本の投げナイフを忍ばせていたのだ。一つは持ち手、もう一つは右脚を狙われた。
「さァてと、ショーのはじまりだ」
 シバはバクの太腿に刺さっているナイフの柄を、ぐいと横にひねった。
「うああああああ!」
「イイー声だァ」
 シバはオペラの聴衆のようにうっとりしている。
 我に返ったシバは次の出し物にかかった。バクの左手を捕まえると、短剣で甲から串刺しに……。
「!」
 シバはなかばで手を止め、ギロリと目を流した。
 包丁を携えたルウ子と蛍が、シバに迫ろうとしていたのだ。
「ラストの噴水ショーには間にあったみてえ……」言いかけたところで、シバの顔から狂気じみた笑みが消えた。「なんだテメェは?」
 シバの威にも、蛍は歩みを止めようとしない。 
「よくも……お父さんとお母さんを……」
 あの温厚そうな蛍は見る影もなかった。その形相はまるで、激しい離脱症状にあえぐ薬物依存者のようだ。
「なんの話だ?」
「ゆ、許さない……」
「ああ、あんときの娘か」シバは卑猥な目つきで舌なめずりした。「そこの魔女さえ来なけりゃ、俺様のもんだったのによ」
「こんな日が来るのをずっと待ちこがれてた」
「あの夜の続きをしてもらえる日をか?」
「……」
 蛍は黙って一歩進める。
「このガキは許してやってもいいンだぜ?」
 シバは左手でCの字を作ると、その中に切っ先を二度三度と挿入した。
 蛍はそれでも止まらない。秘めていた怨念にその体を乗っ取られてしまったか、肩を左右に揺すり、呼気をふるわせ、開ききった瞳孔で、ひたすら仇の男だけを見据えている。
「こ、殺してやる……」
 蛍はついに必殺の間合いに入った。
「そうかい。誰も死なずにすんだのによ」
 シバは蛍の手首めがけてびゅっと剣をふり上げた。
 手練れの素早い迎撃に蛍は反応できない。
 蛍の手首が飛ぶ寸前……。
「!?」
 シバの手が動かなくなった。
 バクが上半身をぐっと起こし、シバの腕をつかんでいたのだ。
 バクは苦しげに片目を閉じ、かすれた声で言った。
「あんたの相手はこっち……だぜ」
「悪(わり)ぃ悪ぃ、忘れてたぜ」
 バクの太腿で再び肉が裂ける音。
「ぐがあああああ!」
「バク!」
 ルウ子の絶叫。
「はわっ!?」
 正気にもどった蛍はよたよた後ずさり、腰から砕けた。
 バクは痛みのあまり、思わず本音をもらした。
「ク、クソ、早く沈みやがれ……」
「沈む? なにがだ?」
 シバは切っ先をバクの喉もとに返した。
「太陽さ」
「太陽?」シバは山に目をやった。「とっくに沈んでるじゃねえか」
 夕日はすでに山の向こうに隠れているが、空はまだ明るさを残している。
「あと少し……もう少し……」
「?」
 顔をしかめるシバ。
 一番星がチカと光った。
「俺の時間だ」
 バクはカッと目を見開くと、跳ね起きる勢いでシバを吹っ飛ばした。
「な!? その脚、まともに立てるワケは……」
 シバは狼狽えつつも、すぐに立ち上がって剣をかまえた。
 バクは静かに宣告した。
「あんたの負けだ」
 シバは片目で笑った。
「聞いたことあるぜ。稀にだが、地下賊ン中に闇のチカラが異常発達したガキが生まれるってな」
「蛍の両親、そしてミーヤの仇」
 バクは太腿に刺さっていたナイフを引き抜いた。
「チッ……プライベートタイムはここまでか」
 シバがすっと手を挙げると、木陰から一人また一人と戦闘服の男が現れた。
「条件はフェアじゃねえとな」
 シバは神木の枝へ跳び、二十人の傭兵軍団と素早く入れ替わった。
 一人高みの見物というわけだ。
「二人とも下がってろ!」
 バクは右脚が壊れていることも忘れ、ナイフ片手に男どもの中へ飛びこんでいった。


 9月6日

 バクはうっすらと目を開けた。
 そこは丸太小屋のいつもの寝床だった。
 小鳥のさえずり。朝日が目を突く。
「あれ……俺……」
 バクは体を起こそうとしたが、すぐに右脚を押さえて悶絶した。
 シバに刺された場所が包帯でふくれている。
「ったく、無茶するわ。まる二日も寝こんでたのよ」
 傍らにいたルウ子は、絞った手ぬぐいをバクの腫れ上がった瞼に押しつけた。
 バクはそのまま口を開いた。
「俺……」
「うん?」
「はじめて人を殺した……いや、厳密には二度目か」
「そう」
「あんな奴らでも、気持ちのいいもんじゃないな」
 ルウ子はクスと笑った。
「あんたはまだ、免停にならずにすみそうね」
「メンテイ?」
「人間の普通免許よ」
「フ……そんなんじゃ笑えねえよ」
 そう言いながらもバクの口もとは緩んでいた。