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パワーショック・ジェネレーション

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 現実は厳しかった。誰一人として耳を貸す者はなかった。千の言葉より一枚の絵、ということで軍需工場のスケッチや写真を見せもしたが、人々は「創作だ」「偽造だ」と一笑するばかり。果てしない空と美しい海と小さな大地しか知らない彼らにとって、世界でこれから起ころうとしていることは、想像力の彼方にあるようだった。
 ある民家でのこと。ルウ子が玄関をノックすると、引き戸が開くや砲弾のような拳が飛んできた。近所の噂を聞きつけていたのだろう。バクはとっさにルウ子をかばった。そんなことが何度か続き、バクの顔は最終ラウンドでマットに沈んだボクサーのようになってしまった。
 それを見かねたのか、ルウ子は珍しく弱音を吐いた。
「バク……もう帰ろ」
 バクはニヤと紅白まだらの歯を見せた。
「戦争になったらこんなもんじゃすまないさ」
 それからすぐ、滝のように雨が降ってきた。
 結局、その日の活動はそこで終了。
 バクたちは港にとめてある〈シーメイド〉のキャビンで一夜をすごした。


 8月7日

 朝、雨が上がったのを機に、バクたちは活動を再開することにした。バイト先がくれた休みは二日間だけだ。全住民に説いてまわるのは当然無理である。だが、島民の性格上、口コミというのはバカにならない。たった一人からでも、全体を揺るがす連鎖反応が起きる可能性はある。
 身なりを整えたバクたちは、ヨットを下りて桟橋を歩いた。そして、埠頭に足を踏み入れようとしたときだった。
 どこからともなく人が集まってきて、三人の行く手を塞いだ。
 ルウ子は立ち止まると、微笑んだ。
「署名血判の件、興味を持っていただけたかしら?」
 地元衆は互いに顔を見あっている。
 誰が代表して答えるべきか、段取りができていないのだろう。
 ほどなく群衆の後方で動きがあった。どよめく扇が二つに裂けていき、その間を槍を手にした禿頭が突貫する。
 老人はルウ子に穂先を向けて叫んだ。
「出ていけ!」
 続いて竹刀を持った婦人が進み、上段にかまえる。
「島に本土なんかの災いを持ちこまないで!」
 ルウ子は山のごとく落ち着いていた。
「離島連盟が日本から独立したなんて、海外の連中は誰一人思っちゃいないわ。誰かがNEXAの暴挙を止めなければ、いずれこの国は滅ぶ。離島も例外じゃあない」
 老人は衆に言った。
「騙されるな! こいつらはな、海軍が出払った隙に島を乗っ取ろうとしているだけなのだ!」
「そうだ!」「海賊だ!」「殺し屋だ!」「要塞を造った意味を忘れるな!」
 地元衆は手持ちの農具や漁具をかかげ、ルウ子につめ寄った。
 ルウ子は一歩も引かない。
「どうすれば話を聞いてくれるワケ?」
「出ていけと言っとろうが!」
 老人が銀光をちらつかせると、ルウ子は笑った。
「いい歳こいて恥を知りなさい。そんなものがなければ、女一人とも話せないの?」
「だ、黙れ、本土者!」
 老人は女の喉もとめがけて槍を突き出した。
 ルウ子は老人を見据えている。
「くぬ!」
 老人は前足をざざとすべらせ踏ん張った。おそるおそる槍を引いていくと、女の喉もとからツツと赤い筋が流れた。
 ルウ子は老人を見据えている。
 老人は持ち手のふるえが止まらない。
「ワシらは……ワシらはただ静かに暮らしていたいだけなのだ。頼む!」
 老人は槍の握りを短くすると、穂先を自分の喉へ向けた。
「!」
 ルウ子はカッと目を剥き、拳を突き出した。
 間一髪……セーフ。
 ルウ子は槍を手放すと、力無く言った。
「今日は……帰るわ」


 8月23日

「ここに住み続けるのはかまわない。だが、他の島でトラブルを起こすことだけは勘弁してくれ」
 その日、宮根島の長はバクたちに対し、向こう一年間の原則渡島禁止を命じた。

 バクたちは雄島の事件の後にも二つの島を訪ねたのだが、すでに噂が伝わっているらしく、渡ったその日に限ってどの地区もゴーストタウンだった。まるで姿を見られたら石にされてしまう、といったあわてぶりで、人々は窓も玄関もすっかり閉め切ってしまうのだった。
 誤算だった。味方にするはずの島人たちから逆に疎まれ、肩身の狭い生活を強いられることになるとは。宮根島の人々が中立の立場を取ってくれなければ、バクたちの希望は完全に絶たれてしまうところだった。
 バクたちは宮根島に引きこもり、ニコからの情報を悶々と待たねばならない日々が続いた。


 9月3日

 調査団の派遣からひと月。
 離島連盟の姿勢は今後どうあるべきか。諸派の小競りあいだったものは、やがて三つの派に絞られていき、対立を強めていった。
 一つは、離島の独立を正式に宣言して、もはや日本ではないことを国際社会にアピールし、戦火を回避しようという、独立派。
 一つは、戦争などそう簡単に起きるわけがなく、余計なことはせず流れにまかせればよいとする、静観派。
 一つは、独立も静観も無駄であり、海軍をもってNEXAを討ち鎖国を解除せんとする、討伐派。
 前者二つが拮抗する多数派で、討伐派はバクら三人と大村をはじめとする一部の海軍関係者だけの小勢だった。
 離島連盟の足並みはそろわず、バクたちの訴えは通らず、時間だけがむなしくすぎていった。
 
 その日の夕暮れ。山麓の丸太小屋。
 台所の竈に火が入り、バクたちはせわしなく夕食の準備に取りかかっていた。
 バクが釜の蓋を閉め、湯の温度を上げようと薪を手にしたときだった。
 バクは薪を山へもどした。
「林に誰かいる」
「?」
 ルウ子は青菜を刻む包丁の手を止めた。
「島人の気配じゃない。気をつけろ」
 バクは壁にかかっていた手斧を取ると、勝手口の脇に身を寄せた。
 ルウ子は包丁を持ったまま、扉をはさんでバクの向かいに立った。
 蛍は壁に通してある細管に片目を近づけ、外の様子をうかがう。
「男が一人、木陰から出てきまし……あっ!?」
 蛍は手にしていたおたまを取り落とすと、膝をふるわせ、土間の上にへたりこんでしまった。
 バクは蛍に代わってのぞき穴から外を見た。
 男の姿はない。気配も消えてしまった。
「密偵かもしれない。捕まえて吐かせてやる」
 バクは勝手口から外に出た。
 正面、島の中心にすわる『宮根富士』の裾野に夕日が沈み行こうとしている。
 一歩踏み出すごとに、毛羽だった無数の黒い触手が迫ってくる。
 怖れることはない。夕暮れの疎林が影絵のように映っているだけだ。
 なだらかな上り坂を少し行くと、島人たちが御神木と呼ぶ古樹が近づいてきた。樹齢五百年はあろうかという巨木。その幹には注連縄が巻いてあり、縄には紙製の稲妻が数本下がっている。古くなったのか、そのうちの一本がちぎれて太い根の上に落ちていた。
 嫌な感じだ……。
 無数の羽音。
「!」
 バクは身がまえた。
 カラスの一族だった。
 しばらくそこで待ってみたが、怪しい気配を再び感じることはなかった。
 行ってしまったか……。
 バクふっと息をつき、夕日に背を向けた。
 そのとき、後ろでなにかが風を切った。
 半身で飛び退くと、手前の若木にナイフが突き刺さった。
「誰だ!」
 バクは神木を見上げた。
「雑魚のほうが釣れちまったか」