パワーショック・ジェネレーション
昭乃は怒りや沈痛の面持ちをときどき見せたものの、彼女にしては落ち着いた様子で聞いていた。
「村人の多くは生き残った。それだけでも救いです。彼らはたくましいから、土さえあればきっと、どこででもやっていける」
「うむ。私もそう思いたい」
「それで……その」
昭乃は口ごもった。
「うん?」
「ミーヤは一緒じゃなかったんですか? 地下の頃からの仲なんでしょう?」
「……」
百草は背を向けた。
「……」
昭乃は百草の背中を目で射る。
百草はこらえきれず、空を仰いだ。
「処刑されたそうだ」
「!」
昭乃はがくと気を失った。
1月22日
寝息を立てる昭乃を背に、百草は降りしきる雪を見つめていた。
昭乃はあれからまる二日も眠り続けている。熊楠の歪みきった過去は愛の力で受け入れたが、自分の身代わりに誰かが命を落としたことには耐えられなかったのだろう。それが赤の他人ならまだしも、ミーヤは自分の可愛い妹分であり、弟分のバクにとってはこの世のどんな物事にも代え難い、まさに掌中の珠といえる存在なのだ。
百草は窓ガラスにゴツと額をぶつけ、声を殺してむせび入った。
「すまん……バク」
4月11日
富谷陥落の報から三ヶ月。
バクは未だ悲しみの深海に沈んだままだった。ルウ子にやられた足の槍傷はすっかり癒えたにもかかわらず、バクは寝床から起き上がることさえままならなかった。
蛍がどんなに言葉を尽くして慰めても、バクはいっさい聞く耳持たなかった。日々小屋に引きこもり、「生きる意味がなくなった」と口にするばかり。彼が夢見る飢餓なき未来社会とは、ミーヤが健在であることが第一前提なのだ。
バクから目を離すな。ルウ子の厳命があった。
蛍はなにをおいてもその指示を優先した。
小屋には縄も手斧も鎌もあり、外に出れば断崖から火口まである。バクは歩きまわる気力さえないようだが、しばらくの間はむしろそのほうがいい。下手に元気づけても、もどったエネルギーを負の方向にしか使わないだろうから。
今、彼に必要なのは、励ましでも薬でも本土の情報でもなく、穏やかにすぎていく時間だった。砂の城に閉じこめられた小さな囚人を救うためには、城が崩れぬよう少しずつ少しずつ砂をすくっていくしかない。
一方、ルウ子は小屋から遠く離れた畑で一人汗を流していた。バクが倒れて以来、ルウ子は普段の三倍働かなければならなかった。
離島連盟は富谷コミュニティーとちがって完全なる共同社会ではない。なんでも金で解決というわけにはいかないが、一文無しというわけにもいかない。土地も漁業権もない、イレギュラーな新参者がこの島で生計を立てていくには、農家や牧場でバイトするか、あるいは漁師の下で働くしかなかった。
こうしている間にも、孫は着々と計画を進めている。孫がなぜ富谷を狙ったのか、ルウ子にはわかっていた。あそこは元々は水力発電所なのだ。昨日のニコの報告によれば、NEXAはダムの壁に空いていた穴を埋め、谷に水を張っている最中とのこと。電力網の復活はルウ子の悲願でもあったが、住民を強引に追い払って農村を水没させたり、日本でしか発電できないのをいいことに『逆鎖国』に甘んじていようなど、到底許せるものではない。
ルウ子は持っていた鍬を足もとの黒土に突き刺し、青すぎる空を仰いだ。
「こんなことしてる場合じゃないのに……」
ルウ子は堆肥や家畜にまみれ、好機をただ待つことしかできなかった。
バクは光届かぬ海底に伏し、心の梁をきしらす水圧をひたすら受け続けた。
蛍はバクの看病に疲れ、高熱で倒れることもしばしばあった。
三者三様、それぞれの歯がゆい思いに苦しむ日々は、それから実に二年も続いた。
第七章 離島連盟
2049年4月11日
バクは来月で二十一を迎えようとしていた。
ミーヤのことは一日たりとも頭を離れることはなかったが、体を蝕むほどの憂鬱さは時とともに薄れていった。いつまでもルウ子一人に働かせるわけにはいかないと、今年の正月から、バクは蛍とともに農畜のバイトに復帰していた。
その日、三人がちゃぶ台を囲んで朝食を取っていると、ニコから新たな一報が入った。
NEXAはついに日本の電力網を復活させた。
わずか二年……ルウ子が局長の頃に二十年はかかると見こんでいた事業を、孫はわずか二年で達成してみせたのだった。
国家的な大工事が進んだ裏には、常に孫の策謀の糸がからみついていた。孫はこの事業を進める裏で、マスコミの掌握に全力を注いだ。ここ数年の間に新聞社の重役が相次いで入れ替わったり、有能な記者の事故死(傍点)が頻発したのは、彼の手によるものだった。配給の不足や不公平をめぐり、政府と国民の間には積年の軋轢があった。孫は情報を巧みに操ってこの摩擦をさらに煽り、電気の復活に期待する国民を片っ端から味方につけていった。
NEXAの独走を批判する政治家がことごとく落選し、あるいは買収され、あるいは消されていくと、この国の舵輪はもはや孫英次の思うがままだった。
その日、孫は記者会見で語った。
「パワーショック。それは我々人類に対し、言語道断の苦悩をもたらしてきました。これほどわけのわからない、これほど腸(はらわた)をねじ切られるような災いが、過去数百万年の人類史にあったでしょうか? しかし、そこからも学ぶことはあったのです。食糧自給率は四割に、エネルギー自給率に至っては一割に満たなかった日本。世界がわが国を内心ではどういう目で見ていたか、この間の号外記事でよくおわかりいただけたと思います。
逆鎖国? 望むところじゃないですか。我々だけが再び電気を手にした。彼らとはちがうのです。孤独を悲しむ必要はありません。我々日本国民は、科学文明の正当な継承者として、神々に選ばれたのですから」
この会見の内容が海外で報じられることはなかった。NEXAはこの国に忍びこんでいた諜報員やジャーナリストなど、あらゆる不穏分子の完封に成功していた。
ニコのメールを読み終えたルウ子は、頬張っていた米粒とともに怒声を発射した。
「戦時中よりタチが悪いわ!」
「……」
バクは迷惑そうな顔で、顔中にくっついた米粒を一つずつ口にしていった。
蛍は言った。
「高速の情報網は大衆を洗脳しやすいけど、同時に抑止もかけやすい。孫が電力網の復活を段階的にやらなかったのは、テレビやネットの普及を徹底的に遅らせたいという狙いもあったんでしょうね」
「チッ……」
ルウ子はそれから寝るまでの間、ぶつぶつと解読困難なつぶやきをくり返し、終始不機嫌だった。
ニコのメールはその後久しく途絶えた。電力事業が一段落して、NEXAの活動が安定期に入ったのだ。彼らがほころびを見せない限り、バクたちは動きようがなかった。
晴耕雨読。バクたちはひたすらそうして時節を待った。
2050年6月10日
国内の電力復活から一年と二ヶ月。
NEXA本部に衝撃が走った。
日本の様子を映した写真が、世界中の新聞にでかでかと載っていたのだ。
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや