パワーショック・ジェネレーション
構想が実現すれば、たしかに日本は豊かになる。その一方、他の国は相変わらず不便や飢餓や争乱に満ちた苦難の時代が続くことになる。世界の人々は一国で利便を貪る日本を非難するだろう。とはいえ、すでに築かれた千尋の壁を前に手も足も出ない。人々はかつて日本を見捨てたことを、幾世代にも渡って後悔し続けることになる。
これが孫の『ささやかな復讐』の全貌だ。億万の飢えた目に見つめられながら、一人ぶくぶく太っていくことなど、孫本人はともかく、まともな国民であれば耐えられるわけがない。バクたちは怒りにふるえた。
このように、遠く離れていても敵情を把握できるのは有り難いことなのだが、それは強大化していくNEXAと、相変わらずの三人との、較差の広がりを思い知らされることでもあった。
バクたちに残された最後の希望……離島連盟。
果たしてバクたちは、強力な海軍を擁する連盟を動かすことができるのか?
2047年1月6日
バクたちが宮根島にやってきてから半年がすぎた。
離島連盟の住民は、本土の情勢にあまり関心がないようだった。連盟はコミュニティーと同様、本土や外国にいっさい頼らない自給自足社会なのだが、富谷とは決定的にちがう点があった。離島と本土を隔てる海洋だ。そこを縄張りとするのが近海最強を誇る離島海軍。この理想郷が内外から脅かされる心配は、今のところ皆無といってよかった。
バクたちは親しくなった島人たちを公民館に集め、NEXAの脅威について何度か説いた。島人たちの反応は冷ややかなものだった。日本が恨まれようが世界が飢えようが、自国の問題は自国で解決してもらいたい。自分たちは島の環境や生活を維持することで精一杯なのだ、と。それは島人の総意といっても過言ではなかった。
バクたちは講演をするたびに落ちこんだ。この半年、NEXAの暴挙を阻止するための作戦は何一つ煮つまっていない。仲間を増やさないことには、現実的な作戦の立てようがなかった。
その日の夜。丸太小屋。
ランタンを据えたちゃぶ台を囲み、三人が討論しているときだった。
アルが大きなくしゃみをした。ニコからメールが入ったのだ。
内容を読み終えたルウ子は、すくと立ち上がってケータイを閉じた。
いつもと空気がちがう。
そう感じたバクは、すかさずルウ子に言った。
「ニコからのメールは隠さない約束じゃなかったのか?」
ルウ子は人差し指を立てた。
「ルールの第一、忘れてないでしょうね?」
「NEXAに関わる事件が起きたときは、問答無用」
つまり、黙ってリーダー(ルウ子)の指示に従えということだ。
「よろしい」
ルウ子はケータイを開くと、画面に映った文章を二人に見せた。
「!」
バクは全身の毛穴から体中の水分が抜けていく感覚に襲われた。
「ああ……」
蛍は両手で顔を覆った。
「嘘だ」
バクは画面から目を逸らした。
ルウ子は低く言った。
「認めたくないのはあんただけじゃない」
「嘘だ」
「でも、ニコは孫が受けた報告をそのままこっちに流してる」
「嘘だ」
「良くも悪くも信頼できる情報源(ソース)なのよ」
「嘘だ」
「バク……」
「嘘だ」
バクはすくと立ち上がると、戸口のほうへ足を向けた。
「あそこはもう、あんたの知ってる場所じゃないのよ」
「……」
バクはふり向きもせず、ドアノブに手をかけた。
「バク!」
バクはドアを開ける。
するとルウ子は壁にかかっていた短槍をさっと手にした。
それを見ていた蛍は叫んだ。
「ルウ子さん! な、なにを……ああああ!」
1月5日
ニコのメールがバクたちに届く前日。富谷関。
堤上にミーヤ率いる警備隊。堤下にシバ率いる傭兵軍団。片や弓、片や小銃をかまえ、二つの勢力は対峙していた。
軍団の後方に立つ赤髪の男は、谷底で地鳴りをあげた。
「黙ってそこを譲り渡すんなら、住民の安全は保証してやるぜェ!」
隊の中央に立つおさげの女は、天空で雷鳴をあげた。
「ふざけるな! ここは我々の土地だ!」
「土いじりがしてえンなら、別にそこじゃなくたっていいンだろ?」
「水没していた土地を一から耕し、村民を養えるだけの豊かな土地にするまで、いったいどれ程の苦労があったか。あんたにはわからないでしょうね!」
「わかんねえなぁ」シバは笑った。「ったく、困ンだよなぁ。あんたらがどいてくんねえと、何万っつう国民様が迷惑するんだがなぁ!」
「何万のためなら、二千の民はどうなってもいいっていうの?」
「そんなこたァ言ってねえ。あんたらがキツイのはほんの二、三年さ。あとは万事NEXA様にまかせときゃ、昔はそんな苦労もあったなァって笑って語らえるようになる。お互い賢く生きのびようぜ! な?」
「外道の犬ごときとなれあう筋合いなどない! 今すぐ立ち去れ!」
シバは声をひそめて笑った。
「クク……若いな」
シバは部下の男に目配せした。
男は銃口をミーヤに向け、小銃のトリガーを引いた。
ミーヤは透明な盾をさっとかかげ、これを跳ね返した。
かつての機動隊が使っていた防弾盾だ。こういうこともあるかと、ミーヤは部下を定期的に闇市へ送っていた。長老衆の目を盗んでのことなので、こういった文明武装は数えるほどしか集められなかった。
「総員……」
ミーヤは失意に沈んだ声で命じかけた。
隊長がこれでは、味方の士気に関わる。
ミーヤは自分で落とした影をふり払うように叫んだ。
「迎え撃て!」
戦力は正規兵に農民が加わった富谷勢が十倍以上勝っていた。それにもかかわらず、富谷関での攻防は互角だった。なにしろ弓対銃だ。威力差は言うまでもない。三十メートルという壁の高さを活かし、むしろ富谷勢のほうが健闘(傍点)したといえる。
だが、富谷関下に陣取ったシバ隊は陽動にすぎなかった。山に入った別働隊が例の取水管、つまり間道を見つけ出して内部へ侵入、小銃を乱射して刀剣の守備兵を圧倒した。さらに居住地区へ押し入り、長をはじめとする長老衆を人質に取った。急所を突かれた富谷の民は戦意喪失で総崩れとなり、長は全面降伏を申し出た。
NEXA軍は富谷の全住民に即刻退去を命じた。
富谷の生き残りが土地を去っていく中、ただ一人広場の中心に残された者がいた。ミーヤだ。彼女は『NEXAの寛大な条件を聞き入れず、多くの住民の命を奪った』という罪で、シバが死刑を宣告した。
磔にされたミーヤは、葬列のように沈んだ富谷の民を悲しげに見送っていた。
退去の列はミーヤの哀れな姿を目にしつつも、一糸乱れることなく富谷関のほうへ続いていた。不服を言えば即銃殺だと兵士たちが脅していたのだ。
長蛇の末尾が広場の彼方に霞んできた頃、ミーヤの正面にいた五名の小銃隊がかまえた。
シバは隊の背後に歩を進めると、言った。
「なにか言い残すことは?」
ミーヤは頭をたれたまま言った。
「バク……ごめん……あたし、約束守れなかった」
「殺(や)れ!」
小銃隊はいっせいにトリガーを引いた。
1月12日
「さてどうしたものか」
ペン先のように尖った岬の先端。みぞれがちらつく中、百草は一人腕を組み、白い息を吐いた。
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや