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パワーショック・ジェネレーション

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「やがて船員たちは酔いつぶれて寝てしまいました。でも一人だけ、途中で酒宴を抜けた者がいました。赤髪の少年です。彼はこのチャンスを待っていました。『孕ませて商品価値を下げたらその場で処刑だ』という船長の厳命など無視して。私は両親の死と体を弄ばれた屈辱に耐えきれず、舌を噛み切ろうとしました。そのときです。海のほうから少女の怒鳴り声が聞こえました」
「ま、まさか……」
「はい。ルウ子さんです。『こら、そこーっ! 調査の邪魔!』と」
「ルウ子の奴……」
 偶然の一致なのか、それとも演出なのか、そこがよくわからない。
「一度は捨てようとした命。私は残りの人生をルウ子さんに捧げることにしました」
 かくして蛍はルウ子の陰の従者となった。
 壮絶な過去と真正面から向きあってみせた蛍。バクは彼女に大きな拍手を送ってやりたい気分だった。だが、同時に大きな不安も生まれていた。蛍はたった今、持ちあわせの精気を使い果たしてしまったのでは? そんな状態でこの先に待ち受ける難関に立ち向かえるのか?
 蛍はほんのり頬を染めて言った。
「その……バク君。ちょっとだけ……いいかな」
「え?」
 バクがきょとんとしていると、蛍はいきなりバクの胸に顔をうずめた。
「!」
 バクはのぼせた。
 少ししてそれが落ち着くと、蛍の背中にそっと腕をまわした。
 二人はしばらくそのまま寄り添っていた。お互いどこを見るということも、なにを話すということもなく。
 やがて蛍はすくと立ち上がり、照れ笑いを浮かべた。
「えへへ。チャージ終了です」
「あ、あの……」
 バクは一つ釘をさそうとした。
「わかってます。ごめんなさい。ありがとう」
 蛍は微笑むと、駆け足でキャビンを出て行った。
 バクはそれを目で追いつつ、ふっと口もとを緩めた。
「ま、いっか……」

 離島連盟の領海に入って間もなく、辺りを警備していた武装帆船が近づいてきた。 船長らしき虎髭男が巨大なメガホンで停船命令を告げる。離島海軍の一将、大村猛だ。
 デッキにいたバクは、せっせと帆を引き下ろしていく。
 大村はニヤと黄ばんだ歯を見せた。
「誰かと思えば、昭乃の子分の……」笑顔が消え、眉をひそめる。「あー、なんてったっけ?」
「バクだ」
「そうよ、バクだ。昭乃は元気か?」
「ん……ああ、それなりにな」 
「隣の変ちきりんな頭の嬢ちゃん」大村はルウ子に目を移すと、首をかしげた。「どっかで見たことあるんだが……」
「髪がのびたのよ」
 ルウ子は黒縁のメガネをかけてみせた。
 中途半端な長さの竜巻毛に、白黒どっちつかずのプリン頭。ルウ子は往年の輝きをすっかり失っていた。
「ああ、昭乃の後輩の……」
 大村はそれだけ言って、ど忘れをごまかすようにガハハと笑いをふりまいた。
 そのとき、バクの陰からひょいと蛍が顔をのぞかせた。
 大村はメガホンを取り落とした。それに気づかないまま蛍を凝視している。
「あ、あんたは……」
「松下の娘です」
「な、なにしに帰ってきた。復讐か?」
「復讐? 復讐されるようなことをしたんですか?」
「あんたらを……島から追い出す形になっちまった」
 大村の額や頬が汗で光りはじめた。
「私の父は潔白です。汚染された食品を持ち出したのはたしかに父ですが、それ以外の健全なものは他の誰かが……」
 蛍がそこまで言ったとき、大村の部下の何人かがさりげなく弓に手をかけた。
 それを見たバクは、後ろ手にナイフを抜いた。
「バク君、待って……」
 蛍はささやくと、大村に向き直った。
「他の誰かがやったことにまちがいはない。ですが、私が今日帰ってきたのは、真犯人を突き止めるためではありません」
 海の戦士たちは顔を見あっている。
 大村は訊いた。
「どういう、ことだ?」
「一つ、お願いがあります。なにも訊かず、私たちを宮根島に入れてください」
「そ、そんなことは俺の一存じゃ決められ……」
「……」
 蛍は瞬きもせず、大村の目をじっと見続けた。
 波のせいなのだろうか。横綱のように腰の重そうな大村が一瞬よろめいた。少なくともバクの目にはそう映った。
「わかった。俺に任せろ」


 6月27日

 バク一行は驚くほどあっけなく、宮根島の新たな家族として迎え入れられた。大村の取り計らいだけでそうなったわけではない。蛍の父は真犯人ではないと、島人たちは薄々感づいていた。一度できあがってしまった松下家を忌む島の空気。自力ではそれをふり払うことができず、最後には一家を島から追い出す形にしてしまった。松下親子が島を去ってから、島人たちはそのことをずっと気に病んできたのだった。蛍の両親が海賊に殺されたと知ると、人々は泣き崩れた。 


 6月30日

 バクたちは近隣住民の協力を得て、火山の麓に広がる林の中に丸太小屋を建てた。集落へ行けば蛍の実家が残っているのだが、もともと古い上に十二年間も無人だったせいで傷みがひどく、倒壊の危険があった。いったん壊して建て直す手もあったが、重要な作戦会議中に「白菜余ったから食べなされ」などと、婆さんに勝手に入ってこられても困る。
 かくして、バクとルウ子と蛍は、人里離れた閑居で再起を図ることになった。


 8月20日

 なにしろここは離島の山の中である。
 本土の情報から疎くなるという心配は常にあった。電気が豊富な環境では、恐ろしいほどのスピードで時代が変わっていくものだ。一年前の湧水が今日の大河。パワーショック以前は、そんなこともさして珍しいことではなかった。
 バクたちは毎日のように作戦会議を重ねた。その内容はたいてい、孫とルウ子の戦力差についての議論だった。孫は政治家を裏で操って莫大な予算を取りつけ、全国に支部を設け、傭兵軍団を有し、コンピューターまで扱いはじめた。一方、こちらは利用額に上限のある地域通貨、味方はまだ三名のみで、手持ちの刀剣しかなく、計算機といえばそろばんだ。
 これでは最初から勝負にならない……と思われたが、バクたちには一つだけ救いがあった。アルとニコだ。
 ニコは孫の目を盗んでは、アルにメールを送っていた。メールといっても、アルとニコの間でしか通じない独特なやり取りなので、NEXAは情報が漏れていることなど知る由もなかった。ただし、ニコがメールを送信できるのは、孫がケータイを閉じている時間に限られていた。メール作成時にどうしてもその画面を消すことができず、バレる恐れがあるというのだ。孫は好奇心が強いのかそれとも疑っているのか、よほど邪魔にならない限りケータイを閉じようとしなかった。
 それでも、ニコからの新しい情報は断続的に届いた。
 NEXAは産業遺産と化していた全国の放置発電所を修復し、電力網を整備しはじめた。その裏では、国勢情報を海外にもたらそうとする不穏分子たちを徹底的に消していった。孫は内に秘めていた構想をついに実行に移したのだ。世界が日本を思い出したときにはもう、埋めようのない文明の差ができあがっているというわけだ。