パワーショック・ジェネレーション
「きっと平賀先生もわかってくれるわ」
二人は唇を重ねた。
和藤は訊いた。
「発電の利権を独占して、海外経済を破壊することは考えないのですか? そうなれば世界の貧窮は本格的なものに……」
孫は目を伏せた。
「私が一番恐れているのはね、人の恨みを買うことなんだよ。敵を増やせばそれだけ、維持すべき力も大きくなる。巨大な星の寿命が短いのはなぜか、考えたことはあるかね?」
「なるほど……」
和藤は何度も小さくうなずいた。
「世界はわが国に固い鎖を張ってくれた。我々はその中で大人しく技を磨いていようじゃないか」
「それがあなたのささやかな復讐……なのですね?」
「どうしてもその言葉を使わねばならないのなら、そういうことになるかな」
「あら? この星印はなんですか?」
和藤はパソコン画面のある一点を指した。
「ああ、それか。修復の目処はついているんだが、一ヶ所だけ、このままでは機能を果たせない場所があってね」
和藤は印のそばに書いてある問題点を見て、微笑んだ。
「簡単じゃないですか。穴を一つ、埋めるだけのことでしょう?」
「そう。簡単なことだ」
「でも、さっきの言葉とは矛盾しませんか?」
「なあに。電気を否定するような人間など、現代社会にとっては存在しないのと同じだよ」
第六章 宮根島と黒船島
6月26日
〈シーメイド〉は昨夜のうちに統京湾を抜け、この日の午後、離島連盟の領海に近づこうとしていた。ヨットはそれまで順調に航海を続けてきたが、領海の境を目前にして浮標(ブイ)のように動けなくなってしまった。天候も風も申し分ないはずなのだが、肝心の艇長(スキッパー)がキャビンの隅っこで一人縮こまっているのだ。
ルウ子は「あたしが言うと、あの子は身を滅ぼしてでも従おうとするから……」と、バクをキャビンへ送り出し、自身は見張りとしてデッキに残った。
蛍は床の上で膝を抱えたままふるえていた。
バクはその隣にすわった。そこまではよかったのだが、なにか言えばかえって傷口を広げてしまいそうで、なかなか声をかけられずにいた。蛍の顔色をちらちらとうかがいながら、どうしたものかと悩んだ末、バクは手を動かした。蛍の片腕をすうっと下へなでていき、連結器のように固く組んでいた手を解(ほど)いていった。
すると蛍はその手をぎゅうと握り、ようやく口を開いた。
「ごめんなさい……私、ルウ子さんを守るって誓ったのに……」
「その……どうしても嫌なら、引き返してもいいんだぜ? 誰にだって触れられたくない過去はある」
「ううん」蛍はかぶりをふった。「島には必ず行きます。少しだけ、時間をください」
蛍は故郷の宮根島(みやねじま)(この先にある伊舞諸島の一つ)を出たときの話をした。
「今からちょうど十二年前のことです。私はそのとき十六。漁師の一人娘です。離島連盟に加入して以来、宮根島の人々は大きなトラブルもなく、穏やかな日々をすごしていました。ところがある日、港近くの倉庫にあった大量の加工魚肉が忽然と消えたんです。それまでの数年、不漁と不作が続き、島の食料備蓄は底をつきかけていました。
『誰かが独り占めにしたにちがいない』……どこからともなく、そんな噂が広がっていきました。島の周囲は要塞化されていて、海では離島海軍が警戒の網を張っています。外部からの侵入はほぼあり得ない。疑いの目はまず倉庫の管理者に向けられました。狭い島ではなにも隠しようがなく、彼らはシロでした。次は船の所有者です。大きな荷を外に持ち出せるのは海軍か漁師しかいない。海軍の人たちは一人の漁師を疑っていました。朝靄に紛れ領海の外でなにか捨てているのを見たと。
そこで私の父は正直に名乗り出ました。倉庫から加工食品の一部を持ち出し、無人島に捨てたのはたしかに自分であると。でもそれは、病気に汚染された禁漁区域のものだと気づいたからです。父は力説しました。『こういうミスは稀にあるし、故意じゃないこともわかっている。だから不問にしたかった。問題のない食品にはいっさい手を触れていない』と。
それでも、海軍は執拗に父を攻撃しました。決め手の証拠……大量の無害な食品が見つからないにもかかわらず、犯人は父に決まっているというんです。とはいえ、彼らに島民を裁く権限はなく、その後は表立って干渉してくることはありませんでした」
蛍が一息つくと、バクは言った。
「危ないところだったな」
「いいえ。問題はここからです。海軍が去った後、島人たちは松下家との関わりを避けるようになっていきました。特に学校はひどかった。島の学校は小さく、全員が顔見知りです。そんな環境で無視され続けることは、多感な年頃だった私にとってなにより耐えがたい苦痛でした。絶海の孤島に一人取り残されるほうがまだよかった」
「逃げ道はなかったのか?」
「はい。転校しようにも学校は島に一つだけ。退学して独自に勉強を進めようとしても、通信教育などは存在せず、島に存在する書物のほとんどは学校の図書館の中でした」
「……」
「富谷と同じ理由で、離島の人口規制は厳しいものです。火山が噴火するか疫病でも流行らない限り、他の島へ移住することはできません。両親は私の将来を考え、離島連盟を出る決意をしました。出航の日のことを思い出すと、今でも胸が痛くなります。船には卑劣な落書き。背中に浴びる島民の罵声……」
蛍はそこで息をつまらせ、両手を胸に重ねた。
「だ、大丈夫か?」
バクは蛍の背中に手を添えた。
「す、すみません……」
蛍は息を整えると、話を続けた。
「船はやがて統京湾に入りました。松下家の悲運はここまで。漁師としてどこかの海岸に潜りこめばきっとうまくやっていける。本土の戸籍がないから学校へはやれないけれど、島に比べたら自習する機会はいくらでもある。三人でそんな話をしていたときです。気がつくと三隻の帆船がこのヨットを包囲していました。海賊です」
「ああ……」
バクは話の結末がなんとなく見えてきた。
「逃げ場がないと察した両親は娘、つまり私の命だけは助けてくれるよう海賊の船長に嘆願しました。船長は『約束は守ろう』と言って、そばにいた赤髪の少年に目配せした。そして……」
蛍は両手で顔を覆う。
「蛍?」
蛍はその手をどけると、水浸しの顔で叫んだ。
「少年はこちらの船に飛び移ると、長刀を抜き、いきなり両親の首を切り落としたんです! 私の目の前で!」
「……」
バクは蛍の肩をしっかと抱いた。
蛍は泣きすすりながらも、続けた。
「少年には罪の意識の欠片もない。むしろ誇らしげに、刀についた血を拭っていました。私はあまりのショックで泣くことも叫ぶこともできず、気を失ってしまった……。ふと目を覚ますと、そこは海賊たちの船室。私は磔にされ酒宴の中心にいました。たしかに船長は約束を守った。でも、それは海賊特有の屁理屈だったんです。船長は私を人身売買にかけようとしていました。若く豊満な女は高く売れると」
バクは怒りと蔑みと諦めの念をこめ、言った。
「それが海賊だからな」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや