パワーショック・ジェネレーション
続いて蛍だ。口を開いたばかりに足が疎かとなり、最後の段を踏み外してすっ転んでいた。
魔女と召使いは終身、地下室に閉じこめておくはずだった。ところが、二人の会話を聞いていた牢番が、長老衆にその内容を伝えると状況は一変した。ルウ子とアルは、富谷とNEXAの戦争の種になりかねない。そう判断した長老衆は、今朝になって急遽二人を追放することにした。
バクはそれを担当の牢番から聞いていたが、ルウ子たちを迎えには行かなかった。頭の中は一面、最果ての荒野だった。今は誰とも関わりたくなかった。
ルウ子は堤上に向かってひと言吐き捨てた。
「なーにが『ついでに出てってくれ』よ。失礼しちゃうわ!」
バクには一つ、はっきりさせておかなければならないことがあった。
「ルウ子。悪いが俺にとって一番大事な人は、あんたじゃないんだ」
「昨日まではそうだった。今日からはあ、た、し」ルウ子はいちいち自分を指した。「いいわね?」
「キャー、いきなり告白ですか?」
丸めた両手を口もとに寄せ、赤面する蛍。
バクは二人を無視して百草に言った。
「じゃあ、先生。またどこかで」
バクは海へ通じる雑草道を一人歩いていく。
ルウ子は怒鳴った。
「勘違いしないでよね!」
「……」
バクは立ち止まった。
「もし逆転サヨナラを諦めてないんだったら、自分が今なにをすべきか、わかってるはずよ」
「……」
「……」
「……」
「……?」
バクは半身で怒鳴った。
「なにグズグズしてんだ!」
「な!?」ルウ子は一瞬言葉を失ったが、すぐに続けた。「それはこっちのセリフよ! 自分の立場をハッキリ認めなさい!」
「どうか私を守ってください、って素直に言えたら俺も認めてやるよ!」
バクは二人を後ろに置いたまま、すたすた歩き出した。
「ま、待ちなさい! コラ! バカァ!」
ルウ子はギャーギャーわめきながらバクを追いかけていった。
「えと、えっと……」
蛍は去っていく二人と百草を激しく見比べていたが、百草に深く一礼すると、たたたたと駆けていった。
減勢池(滝つぼ)の横に一人取り残された百草は、頭をかいて苦笑した。
「またどこかで……か。嫌なこと言うよなぁ、まったく」
バクたちは川沿いをひたすら歩いて海岸に出た。それからどこへ行くべきか決めかねていたところ、近くの漁港にヨットを一隻見つけた。例の〈シーメイド〉号だ。いったい誰が回収したのかと、三人が眉をひそめていると、老いた漁師が近くを通りかかったのでヨットについて訊いてみた。偶然にも老人は〈シーメイド〉を昭乃にやった、その人だった。
船はもともとは老人のものではなく、十数年前に統京湾を漂流していたところを彼が拾ったのだった。遺留品の特徴からおそらく船主は離島の者で、本土へ渡る途中、事故かなにかに遭ったのだろう、というのが仲間内での有力な説だった。ともかく縁起が悪いということで、拾った船はすっかり塗装し直し、名前も新たに〈シーメイド〉号とつけたのだった。
つい先日のこと、老人はまたもや湾を漂流していた〈シーメイド〉を拾ってしまった。所詮、小手先の業では縁起の悪さは消えなかったと、漁師たちは回収した船を近々部品取りのために解体するつもりだった(バラせば悪運が分散するとでもいうのか)。
バクは縁起など、食うに困らない者に限った迷信だと決めつけていた。せっかくの足を解体されてはまずい。どう説得すべきか相談しようとしたところ、女どもの姿がなかった。
二人は桟橋にいた。
蛍が〈シーメイド〉の脇でしゃがみこみ、船体を調べている。
ルウ子はバクを呼んだ。
「ちょっと来て!」
バクは老漁師を連れて桟橋に出た。
蛍は老人の許可を得てデッキに上がると、すぐさまキャビンへ入っていった。
「この傷……やっぱりそうだ!」
蛍の籠もった声。
「?」
バクとルウ子は顔を見あわせた。
蛍はしばらくガサゴソと中を漁ってから出てくると、老人に言った。
「この船は私の父のものです。解体を取り止め、私に返していただけませんか?」
「……」
老人は答えず、小指の先を使って耳の穴をほじりはじめた。
ウミネコが一羽、〈シーメイド〉のマストに止まった。なにやら興味深げに桟橋を見下ろしている。
老人は指についた垢をふっと吹き飛ばすと、言った。
「一つ、訊いてもいいかね?」
「はい」
「この船の本当の名を……」
「第18幸助丸(こうすけまる)です」
「む!」老人はしわくちゃの瞼を見開いた。「それは改装に立ち会った者しか知らんはず……」
蛍は船を降りると、どこから発掘したのか、錆びた六分儀を老人に手渡した。
老人はすり減った刻銘を見ている。
「私のです。最後の航海では父のを使っていたので、これは私の宝箱にしまってあったんです」
老人は六分儀を蛍に返した。
「船主の娘が現れたのではしかたあるまい。なにをしでかす気かは知らんが、ま、幸運を祈っとるよ」
老人はそう言い残して、どこかへ去っていった。
ルウ子は瞳に好奇の星々をまたたかせて蛍に迫った。
「訊きたいことが山ほどあるんだけどぉ?」
「え、えと……」
蛍は後ずさる。
ルウ子は迫る。
蛍は後ずさる。
ルウ子はさらに迫る。
蛍はさらに後ずさ……れずに桟橋から海へ落ちた。
バクが手を貸して蛍を救出。
ルウ子はため息をついた。
「なぜ船が要るのか。今日はそこまでで我慢しとくわ」
「す、すみません」蛍は濡れた顔を手で拭うと、続けた。「NEXAは万が一の脱獄に備えて、事前に対策を立てていました。ルウ子さんの捜査網はすでに展開中と見るべきでしょう。相手は諜報のプロです。陸続きに逃げてもいずれ嗅ぎつけられる。私たちはすぐにでも本土から脱出すべきです」
バクは言った。
「本土を出たって、俺たちの居場所なんかないだろ?」
蛍は険しい顔で言った。
「なければ作るまで! です」
「どうやって?」
「わ、私に任せてください!」
「お、おう……」
バクはそれ以上なにも訊けなかった。
蛍の周りの背景がもうもうと陽炎に揺らぐ反面、瞳の奥は一面の霜。あと一つでもなにか刺激をあたえたら、ショートしそうな感じだった。
バクはルウ子を見た。
ルウ子はうなずいた。
今は蛍に従うしかなさそうだ。
その頃。NEXA本部、局長室。
「大品に続く発電所なんだが」孫は革張りのイスに腰かけると、ノートパソコンの画面に日本地図を映し出した。「全国の放置発電所を同時に修復して、いちどきに電力網を復活させようと思ってね」
「それはまた、大きく出ましたね」
和藤は孫の背後から寄り添い、首筋から胸もとへ腕をまわした。
「世界は日本を見捨てた。そのおかげでわが国は飢餓地獄を味わったわけだが、実は悪いことばかりじゃないんだ」
「国家機密を守ることがたやすくなった?」
「その通り。問題はむしろ国内のほうにある」
孫は右手で和藤の艶(つや)やかな腕をさすった。
「新政府の干渉が入る前に、NEXAの絶対的優位を固めたい、と」
和藤は孫の頬に頬をすり寄せた。
「せっかくの授かり物(傍点)だ。有効に使わないと罰があたるよ」
「悪い人ね」
「我々を見捨てた連中ほどじゃないさ」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや