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パワーショック・ジェネレーション

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 俺はまだチームに入って間もない駆け出しで、先輩の仕事を見ることが最大の務めだった。骨組みしか残ってないビルの支柱の陰で、連中が食料を分捕られていく場面を見守っていた。俺のそばには先輩が一人ついていたが、予想以上の収穫があったらしく、リーダーに呼び出されていった。『その柱、絶対さわんな』ってひと言残してな。
 解放された地上人たちは、恨めしい顔を残して路地を出ていった。だが、たった一人だけ残って抵抗を続ける奴がいた。まだ七つか八つくらいの女の子だ。その子は奪われた米袋にしがみつき、先輩の一人と揉みあっていた。そこに女の子の両親が駆けもどってきて、娘を引きはがそうとした。女の子はそれでも抵抗を続けた。キレたリーダーは、その子を腹ごと蹴り飛ばした。それを見た俺は思わず前にのめり、支柱に肩をぶつけてしまった。
 家畜の悲鳴みたいな音がして、鉄骨の雨が路地に降りそそいできた。俺たち狩人は素早く逃れたが、女の子は両親とともに瓦礫の下敷きになった。狩りを終えた先輩たちは、獲物の死には目もくれず去っていった。だが、俺はそこからどうしても動けなかった。瓦礫の山に近づいて、できる限り鉄屑をどけていった。潰れた死体が出てきた。じっとしていれば、こんなことにはならなかった。俺が……殺したんだ」
 バクはそこで口をつぐんだ。
 ミーヤは心配そうにバクを見つめる。
「バク?」
「狩人の掟では過失での死は問われない。それは知っていた。だが、俺のルールの中にそんなものはなかった。罪の意識に苛まれ、俺は泣いた。そのときだ。どこからか子供のうめき声が聞こえてきた。死体の下。さっきの女の子だ。俺は折り重なる二つの体をどうにかめくった。その子は奇跡的に頭の小さな傷だけですんでいた。俺はその子を揺り起こした。頭が痛いと言ったが、意識はしっかりしていた。そこまではよかった」
「……」
「女の子はそばにあった死体を見ると、ひどく怯えて俺にしがみついてきた。死体が誰なのか、その子にはわからなかったんだ。顔はそれほど崩れてなかったのにな。女の子は自分の愛称以外、なにも思い出せなかった。その名はミーヤ、おまえのことだ。俺はミーヤを孤児にしてしまった。責任を感じた。だから、地下に連れて一緒に暮らすことにした」
 そして……ミーヤの記憶はついにもどることはなかった。
「ふうぅ………………」
 話を聞き終えたミーヤは長い長いため息をついた。
「もうわかっただろう? 俺はおまえの仇なんだ」
「バクのせいじゃないよ」
「俺にできるせめてもの償いは、おまえを守り続けていくことだった。おまえが誰かと幸せをつかむ、その日まで……」
「……」
「悔しいが……俺の役目はここまでだ」
「責任とか役目とか……そんなのどうでもいい」
 ミーヤはふくれ面をした。
「ミーヤ……」
「必ずまた会うって約束して」
「……」
「会えなければ、あたしは一生幸せになれないよ。さ、どうする?」
 バクとミーヤは見つめあった。
「約束する」
 二人は唇を寄せあい、藁山の上で身を重ねた。

 その頃。黒船島。
 ヌシは患者の世話を熊楠に任せ、居間の寝床で熟睡している。今のところ入院患者は昭乃しかいないため、夜の客間はいつも二人きりだった。
 熊楠は油の切れかけたランタンの替わりを持つべく、席を立った。
ベッドの昭乃は瞳をかすかに流し、それを見ているだけだ。
 神経をやられて肩から下はぴくりとも動かないものの、もとは強靱な体ゆえに、昭乃の傷の回復は驚くほど早かった。ただ、意識のほうが今一つしっかりせず、なにか言ったと思っても意味が通らないことが多かった。
 熊楠は微笑んだ。
「安心しろ。私はもうどこへも行かない」
 部屋を出ようとしたとき、昭乃のすすり声が聞こえた。
「せっかく……せっかく願いが叶ったのに、こんな体じゃ……」
 熊楠はハッとしてふり返った。
「昭乃! いつから正気に……」
「食事だって、着替えだって、手洗いだって風呂だって、一人じゃなにもできやしない!」
「私に任せておけばいい」
「せめて一摩さんの手で……逝かせてください」
「バカなこと言うな!」
 熊楠はランタンを脇に置くと、ベッドへ駆け寄り、少し細った昭乃の手を取った。
「おまえはまだ若い。治らないと決まったわけじゃない」
「死にたいんです……」
「不自由な体はたしかに辛いだろう。だが、それでもまだできることはある」
「そういうことじゃない!」
「じゃあなんだ!」
「……」
 昭乃は顔を真っ赤にして歯がみすると、ぎこちなく顔を背けた。
「すまない……」
 熊楠はうなだれた。
 昭乃は潰れきった浮き袋から最後の空気を絞り出すように言った。
「あなたにだけは……醜い姿をさらしたくなかった……」
「私は気にしていない」
「嫌なものは嫌なの!」
「そうか……すまなかった」
 熊楠は昭乃の手をそっと布団の中にしまった。
 介護を拒否されたことに落ちこんでいる暇はなかった。明日あさってにでも自分の代わりを見つけなければならない。ヌシは腰が悪く、床ずれしそうな患者を持ち上げることなど到底できない。島には女に飢えたケダモノしかいない。さて、どうしたものか……。
 熊楠が難しい顔をしていると、昭乃はぼそと言った。
「ごめんなさい」
「うん?」
「一摩さんしかいないことはわかってます」
「でも、ダメなのだろう?」
 そのときランタンの燃料が切れ、部屋は闇に包まれた。
「私があなたに溶けてしまえば……少し、楽になれるかもしれません」
「!」
 熊楠は息を呑み、さっと床に目を落とした。
 昭乃は顔を背けたままだ。見つめられたわけでもないのに、そうせずにはいられなかった。
「心が病んでいたとはいえ、私は子供に手をかけた男だ」
「一緒に稽古していた頃の一摩さんにもどってくれた。私はそれだけで充分です。犯した罪は、あなた個人だけの問題じゃない」
「いや、あれは私の……」
「もし、富谷の村が世界のすべてだったとしたら、あなたは同じような罪を犯したでしょうか?」
「……」
「一緒に考えましょう。子供を死なせない世の中のこと」
「昭乃……」
 熊楠は昭乃の頬に手をやり、顔をこちらへ向かせた。
 女は瞳を閉じ、男は唇を寄せた。
 その夜、ランタンの替えはもう必要なかった。


 6月25日

バクは朝日に目を細めながら、富谷関のタラップを降りていった。
 警備兵たち、バクと親しかった農夫たちが、堤上でそれを見守っている。
 バクが谷底に降り立つと、松葉杖を携えた百草が川辺の道端で一人待っていた。
 見送り衆の中にミーヤの姿はなかった。藁の上で目覚めたとき、バクはすでに孤独だった。
 バクは百草と別れの握手を交わした。
「先生。ミーヤのこと……頼みます」
「私の目の黒いうちは病気になどさせんよ。そんなことより、これから先どうするつもりだ?」
「……」
 バクが返答に窮していると、何者かがタラップを伝う音が聞こえた。
「バーカ! 一番大事な人を忘れてるわよ!」
 ルウ子は数段を残して「とう!」と飛んで、科学忍者隊のように着地した。
「ひどいですよぅ。私たちを置いて……テテテ」