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パワーショック・ジェネレーション

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 地下二階は、かつて地下鉄の改札やきっぷ売り場があった場所。旧地下街のような細かい区画は少なく、広々とした通路が空間の多くを占めている。人々は各自でそこに屋台や東屋のようなものを建て、わが家としていた。ときどき天井からゴキブリやネズミ、劣化したコンクリートや錆びたパーツなどが降ってくるため、地下でも屋根は必要なのだ。
 この階層では、サービス系と呼ばれるチームが主役だ。仕立て屋、鍛冶屋、雑貨屋、交易所、図書室などなど、アジトの生活を内から支える非戦闘員が集まっている。
 バクは騒がしいメインストリートから少し離れた、元『定期券売り場』へ足を運んだ。
 その小さな区画は今、医務室となっている。無数のヒビを無数のビニールテープで補修したガラス張りの部屋。その中では、煤けた白衣を着た初老の男が、ベッドに横たわる患者たちの間を忙しそうに行ったり来たりしている。
 口を開けたまま文化遺産と化した自動ドア。バクはその縁に立ち、白衣の男に声をかけた。
「先生。ニッキ、大丈夫なのか?」
 バクは包帯でふくらんだニッキの右肩に目を落とした。
 ニッキはあれから一度だけ意識を取りもどしたものの、手術の後で高熱を出し、再び寝こんでしまった。
「運がよかった。抗生剤を切らしていたんだが……つい昨日だよ。病院に忍びこんだ夜盗チームがやってくれた」
 白髪混じりの頬髭が弾んだ。
 男の名は百草林太郎(もぐさりんたろう)。肩書きは医師だが免許はない。医大は卒業(で)ているし証書もあるが、戸籍を失っているため世間では通用しなかった。二年前、百草はこのアジトへふらりとやってきた。以前は別のアジトや地上のバラック街、限界集落にいたこともあるという。
「そっか……」
 バクはほっと息をつくと、ベッドの縁に腰かけた。
 すると百草は笑顔を萎ませ、ため息をついた。
「なにか問題でもあるのか?」
「うん? うーん……」
 百草は腕を組み、うなるばかりだ。
 ニッキの容態のことで悩んでいるわけではなさそうだ。
 あれかこれかとバクが問い続けていくと、百草は重かった口を動かしはじめた。
「抗生剤を盗んだせいで、代わりに命を落とす者がいると思うと、な」
「俺たちは……生きるためにやってるんだ」
「今日を生きるだけならそれもいいかもしれん。だが、明日は必ずやってくる」
 百草は子供たちに視線を送った。
 バクは彼につられて他のベッドを眺めた。
 肋が浮き出し腹のふくれた子供ばかりだ。素人が診ても重い栄養失調だとわかる。
 今からちょうど二十八年前、世界中で電気に関わるものがすべて使えなくなった。一時の大混乱が収まった後、学者たちはこの非常事態を『パワーショック』と名づけた。その原因も解決法も、未だ手がかりさえつかめていないという。
 パワーショックがはじまると、人々の生活レベルは一気に中世へ逆もどりした。電気のない生活は武士や貴族の時代にもあったが、あの頃とは人口がちがう。特に、科学文明に頼り切っていた先進諸国の食糧難は深刻なものだった。
 わが国は配給制度を導入し、これまでなんとか持ちこたえてきたが、状況は決して芳しくはなかった。配給に依存する地上が貧窮すれば、地上に依存する地下も自動的にダメージを受ける。地下人は長い間、地上人がもたらす物資をあてにしてきたが、これ以上の略奪は自分で自分の首を絞めることに等しかった。
 明日のためにバクたちができそうなことは、ライバルを減らすか、ターゲットを変えるか、あるいは社会のしくみを根本からひっくりかえすことだった。ライバルを減らすということは、すなわち同業者を討つということ。手の内を知った者同士の抗争は共倒れとなることが多かった。また、かつては革命を夢見て新政府に楯突く者もいたようだが、狂犬どものオモチャにされるだけだった。
 バクは哀れな子供たちを見つめたまま言った。
「農村や漁村に遠征するっていう手はどうかな?」
「交渉するにしても略奪に走るにしても、配給生産者と出会うだけでも至難の業だよ。彼らのバックでは、新政府の狂犬、武装警察が目を光らせている。その道のプロでもない限り命がいくつあっても足りないな」
「じゃあ、俺たちはこのままジリ貧かよ」
 バクはうなだれた。
「……」
「結界とか神々に守られた秘密の田園とかさ……どっかにないのかな?」
 言ってすぐ、バクは赤くなってうつむいた。
 我ながらなんてガキ臭い妄想だ。
 百草はぼそっと口にした。
「まぁ、守っているのは神々ではないが……」
「どこだ!」
 バクは顔を上げた。
 百草はハッとした。
「わ、忘れてくれ。ただの勘違いだ」
「下手な芝居はよせよ。話すまでは帰らないからな」
 百草は観念したようにため息をつくと、言った。
「日本各地の秘境には、飢えと流血の時代を無傷で生きのびてきた農民の土地があるという」
「それはどこにある」
「……」
 百草は首を横にふった。
 バクは低く言った。
「帰らねえって言ったはずだ」
「ダメだ」
「なんでだよ!」
「賊でもなく、政府の保護も受けていない彼らが、その土地を何十年も守り続けてこられたのはなぜだと思う?」
「……」
 バクは難しい顔を返すだけだった。
「ひと言でいうならば、天然の要害に囲まれた小さな小さな独立国だ。住民は至っておおらかで、放っておけばなんの害もない。だが、従わせようとすると痛い目に遭う。彼らは農民であると同時に戦士でもあるんだ」
 秘境の民は再三の命令にもかかわらず、配給用作物の提供を拒み続けていた。新政府は武力制圧を試みたが、堅固な守りに跳ね返されるとあっさり諦めてしまった。新政府がくり出す戦力は、都市や農地を賊やテロから守るだけで精一杯だった。山や谷が一つちがう色の地図になったところで、いちいち騒いでいる場合ではないのだ。
「でも、そこにはたっぷり食い物があるんだろ?」
「凶作続きでも一定の人口を維持できるということは、それなりの蓄えはあると見ていいだろう。農業研究も熱心に進めているにちがいない」
「そっか……あるとこにはあるのか……」
 バクは口もとを緩めた。
「まさかおまえ……」
 百草は刺すような目でバクを睨みつけた。
「やらないよ」バクは苦笑を見せつつ、出口のほうへ逃げ腰で退いていった。「ハリネズミに進んで噛みつこうとするバカな獣はいない」
「ならいいがな」

 バクは医務室を出ると、独りつぶやいた。
「どうしようもなく飢えていたら、バカにもなるさ」
 それからすぐ、バクは同じ階層にある図書室(旧書店)を訪ねた。
 カウンターに小柄な老司書が一人。イスに腰かけたままうたた寝している。
 バクは老人を揺り起こすと、さっそく武装農民の地について尋ねた。
 老人は話の半分も聞かないうちに瞼を閉じ、言った。
「死ぬぞ」
「よかったじゃないか。ほんの少しだが、あんたの食い分が増える」
 老人はシミだらけの額に手をやると、ため息をついた。
「お主、自分の立場がわかっておらんようだの。有能な狩人が一人減れば、子供の三人四人はたやすく逝ってしまうのだぞ」
「なら、今までのように暮らしていれば、アジトは豊かになるのか?」
「うく……」
 老人は返す言葉につまった。