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パワーショック・ジェネレーション

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 バクはニッキの頭をゲンコツで小突いた。
「生き残りたかったら欲張るな」
「ごめんなさい」
 ニッキは小さくなった。
「奴らがあと二十若かったら、今頃どうなっていたか……」
 バクはそこで言葉を切った。
 交差点を囲む廃墟ビル群の一つ。その屋上に誰かいる。
「武警(ぶけい)だ! 殺しを見られた!」
 少年少女たちはあわてて辺りの物陰に散った。
 武装警察。通称『武警』。賊やテロ組織などの武装勢力を取り締まるべく結成された、新政府の一組織だ。普通のお巡りとちがい、彼らには特権があった。現行殺人犯とその一味は、逮捕の代わりにその場で全員殺してもかまわないというのだ。
 バクたち地下人には戸籍も人権もなかった。国民の飢えを少しでも減らしたい政府にとってその存在は、人々の配給品を横取りしていようがいまいが、甚だしく不都合なものらしい。
 武警の男は弓をかまえていた。
 なぜ銃ではないのか。今どきそんな疑問を持つ者などいない。この街が遺跡となる少し前の『ある日』から、そうするしかないのだ。
 他の仲間は要領よく逃げおおせたようだが、ニッキだけは一人顔をしかめ足もとがおぼつかなかった。転んだときの頭のダメージがまだ残っているようだ。
 バクはニッキに肩を貸すと、逃げ場所を探した。
 五十メートルほど前方に地下鉄の出入口がある。かつてはこのひび割れたアスファルトの下を、鉄の塊が連なって疾走していたという。今はバクたち地下人の住居や通路となっている。
 武警の男は弓をかまえたまま、こちらを見据えていた。
 いつでも狙い撃ちできたはずなのに、あの黒ずくめの男はなにを考えている。どちらを先に狙うか迷っているのか? そうであればチャンスだ。
「あそこだ!」
 バクは地下鉄口を指すと、ニッキの背中をひっぱたいて気合いを入れた。
 目が覚めたニッキはバクとならんで駆け出す。
 あと三十メートル。瓦礫とガラクタで半分塞がった地下への階段が迫ってくる。アジトに帰ってしまえばこっちのもの。暗闇の迷宮は地下人のホームグラウンドだ。新政府の狂犬といえども、そこだけは本能的に足を踏み入れようとしなかった。
 あと十メートル。空からはなにも降ってこない。逃げ切れるとバクは思った。男は諦めたにちがいない。あの正確無比で知られる武警のスナイパーがだ。遠くから動く的にあてるというのはそれほど難しい。
 だが、常識は覆った。
「ガアアアアッ!」
 ニッキの右肩は無惨に貫かれていた。
「ニッキ!」
 バクは負傷したニッキを励ましつつ、背後に鋭い視線を送った。
 男はすでに二の矢を継ごうとしている。
 バクはうずくまるニッキを引っ張り上げて肩を貸し、重い足どりで一歩、また一歩と進んでいった。
「バク兄(にい)……先……行って」
 ニッキは絞り出すように言った。
「……」
 ニッキはさらに訴えた。
「これじゃアニキまで……」
「俺にあたれば二人とも助かるかもしれない。たとえ奴が魔神でも一度に二本は引けないからな」
 バクは笑顔を作ってみせたが、内心は絶望感でいっぱいだった。
 さっきの一射。急所を狙ってわずかに逸れたのだとしたら、こんな牛歩ではもう外すことはないだろう。もし二人とも殺すつもりなら、先に狙うのは……。
 バクは半身でビルを見上げた。
 男は今まさに弦から手を離そうとしている。
 バクはニッキを放り出し、一人逃げ出したい衝動に駆られた。
 バカな……。
 バクは苦笑した。
 仲間を犠牲にしてまで生きのびても、自分に課したあの『誓い』を……唯一の生きがいとしているあの誓いを守ったことにはならない。
 これまでか……。
 バクは敵に背を向けた。少しの間そのままでいた。苦痛も死の闇もなかなかやってこない。
「?」
 バクはおそるおそるふり返った。
「こら、そこーっ! 調査の邪魔!」
 紺色のブレザー。チェック柄のスカート。時代錯誤な格好の少女が一人、狙撃線上で仁王立ちしている。少女は虎縞のメガホンを武警の男に向け、甲高い声でなにやらわめきはじめた。
 黄金色に染まった長い髪。竜巻の襲来を思わせる派手な巻き毛を左右に装備。短すぎるスカートの下で露わになった太腿には、生々しい傷痕が縦横に走っている。
 バクはこれまで地上地下と多くの人間を見てきたが、これほど違和感のある女ははじめてだった。なにかこう、同じ時代に生まれたはずの自分とはかけ離れた、まぶしさと哀しみを秘めているように感じるのだ。
「……」
 屋上の男は射的体勢のまま微動だにしない。
「あっそう」少女は右肩にかかる竜巻毛をバッと払った。「あたしが誰だか知ってて弓を引いてるワケね!」
「!」
 男はさっとかまえを解いた。
 バクが次の瞬きをしたとき、男の姿はもうそこにはなかった。
「ったく! 賊を狩ってるヒマがあったら、電源探し手伝えっての!」
 少女の部下らしき者たちが、物陰から続々と集まってくる。その間、少女は延々と武警への批判を口にしていた。少女はバクたちの存在にはいっさい気をとめず、二十三十は年上の部下どもにせっせと指示を出している。
 なんだかわからないが、とにかく助かった。
 バクは意識のなくなったニッキを背負うと、地下への階段を降りていった。


 10月8日

 武警の襲撃から一週間たった。
 夕刻。バクはアジトの出入口で見張りをしていた。
 中年男が階段を上がってきて交代を告げた。
 バクは男と入れちがいに階段を降りていった。
 地下一階。通路の左右にずらりとならぶ小さな区画たち。地下街の名残だ。当時は衣装やカバンや下着専門店などが入っていたというが、その面影は色あせた看板くらいのもので、多くはバクが属する武闘系チームの住処となっている。
 三段ベッドがひしめく部屋のところどころで、ランタンの炎が揺れている。地上人ならかろうじて本が読めるほどの明るさだが、『夜目』のモードに入ったバクには、これでも少しまぶしい。地下人は昼目と夜目(視覚以外に発達した感覚を含めてそう呼んでいる)を使い分けることができるのだ。
 バクは行き交う仲間たちに声をかけつつ、奥へ進んだ。
 わがチームの部屋はもぬけの殻だった。メンバーたちは食堂へ行ってしまったようだ。
 部屋の隅の事務机に、小柄な少女が一人だけ残っていた。バクの右腕、ミーヤだ。彼女はまだ十四。どちらかといえば年少のほうだが、チームにとっては貴重な頭脳(ブレイン)だ。
 机の隅に積み上がった手作りノートを見ると、食料庫に預けた日々の収穫、安全かつ効率的な狩りの新しい戦術、武警から逃げるルートの研究、修理中の武器のリストなどが几帳面にまとめてある。彼女なしにはバクのチームは機能しないといっても過言ではない。
 おさげの少女は狩りの日誌を書き終えると、イスを半分だけまわした。
「バクの分はあたしが代わりにもらっておくから」
 ミーヤは床をちょんちょんと指した。
「悪(わり)ぃ」
 バクはミーヤの肩をポンとたたくと、近くの階段からさらに下へ降りていった。