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パワーショック・ジェネレーション

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 ルウ子は腕組みすると言った。
「足はあるんでしょうね?」
「別の倉庫に小さなヨットを隠してあるので、ご案内します」
 倉庫を出て行く蛍の背中を見送りながら、バクはルウ子にぼそと言った。
「タイムマシンでも持ってるんじゃないのか? あの人」
「欲がないと、いろんなものが見えるらしいわね」
「さて」
 蛍を見失わないよう、バクが追いかけようとしたときだった。
 バクの背に、がばとルウ子が抱きついた。
「!」バクは硬直した。「ルウ子?」
「よく……来てくれた」
 ルウ子はバクの羽交いを外側からぎゅっと締めつける。
 バクは肘をたたんでルウ子の腕に手を添えた。
「あんたがいないと退屈だからな」
「バカ」
 ルウ子はバクの背中に額をコツンとぶつけた。
「……」
「……」
「どうしたんですかー? なにか問題でもありましたか?」
 蛍の声が近づいてきて、倉庫の出入口にひょいとメガネ面が現れた。
「!」
 二人はバッと離れた。
「?」
 きょとんとする蛍。
 ルウ子はバクにふった。
「あ、あー、そういえば昭乃はどうしたの? 世話って?」
「そっか……ルウ子たちは知らないんだったな」
 バクは昭乃を襲った悲劇を短く語った。
 ルウ子は無言で目を伏せ、蛍はひたすら涙した。
 富谷に帰れば当然、昭乃の失踪について疑われる。だが、今のところ他に逃げ場所はない。この先のことを考えると、バクは吐き気がしてきた。


 5月21日

「バク! よく無事で……」
 富谷関の堤上。ミーヤは欄干から身を乗り出し、雨上がりに日差しを受ける花のような笑顔を見せた。
 それに対し、他の兵士たちの表情は険しい。
 無理もない。本来ここにあるべきなのは、昭乃が脱走犯の首根っこをつかんで闊歩している姿なのだ。富谷の人々にとって昭乃の失踪は、滝の逆流よりもあり得ないことだった。
 バクは谷底で声を張りあげた。
「俺が悪かった! 俺の居場所はやっぱりここしかない。今やっとそう気づいたんだ!」
 ミーヤは自分の立場を思い出したのか、そっけない口調で言った。
「脱走は第一級の重罪です。特別な恩赦がない限り、自首をしても許されるのは命だけ。それでもかまわないというのですね?」
「ああ。血に飢えた外の世界なんかより、檻の中で暮らしたほうが全然マシさ!」
「それで……その……隊長はどうしました?」
「知りたいか?」
「当然です」
「話すには一つ、条件がある」
 バクが短く口笛を吹くと、百メートルほど下手の崖の陰からルウ子と蛍が現れた。 堤に向かって歩いてくる女たちを指し、バクは言った。
「あの二人を中でかくまってくれ」
 ざわつく兵士たち。
「あれ、橋本ルウ子じゃないのか?」「なんか前と雰囲気ちがうけどな」「敵を二度も中に入れるバカがどこにいる」
「……」
 ミーヤの視線は、堤上堤下を行ったり来たりと落ち着きがない。
 誰かが呼んだのか、ミーヤは急に後ろをふり返った。一つうなずき、すぐに向き直る。
「今日はこれから、長老衆がそろって富谷関の視察に来ることになっています」ミーヤは堤上の端にある小屋を指した。「そこで話しましょう。ただし、こちらからも条件があります。その二人をかくまうか追い出すかは、内容次第です」
「いいだろう」
 ほどなく数人の兵が壁を伝って谷底へ降りてきた。彼らは三人から武器を没収し、手枷足枷をつけ、三人まとめてロープで縛ると、堤上で控えている仲間に合図を送った。堤上の兵たちは、まるで材木を扱うかのように人間の束を釣り上げていった。

「昭乃は……死んだ」
 開口一番、バクは言った。
 長をはじめとする長老衆、ミーヤ、警備兵たちは言葉を失った。卒倒して小屋の外へ運び出される若い兵もいた。
 ルウ子と蛍は、バクの大嘘に驚きの色を隠せない。
 バクはかまわず続けた。
「昭乃はある男をかばって全身に矢を浴びた」
 白刷毛のような眉をした、富谷の長が口を開いた。
「ある男とは?」
「傭兵だ」
「もったいぶらんで、ちゃんと話さんか」
「男はNEXAの傭兵隊長だった。そいつはある陰謀によって味方の矢で殺されかけた。昭乃との決闘の最中にな」
「その男の名は?」
「熊楠一摩」
「!」
 富谷の者たちは、昭乃の凶報にも劣らぬほど驚愕していた。
 兵士たちはささやきあう。
「まだ生きていたのか……」「狂犬すら避けて通る殺人機械だったとか」「子供ばかり狙っていたらしいぜ?」「隊長はなんであんな奴のことを……」
 バクは続けた。
「きっかけを作ったのはこの俺だ。俺は囚われとなったルウ子を助けたいがために、昭乃をそそのかして外に連れ出した。死刑以外ならどんな罰でも受けるつもりだ。その代わり、ルウ子と蛍はここに置いてやってほしい」
「恥を知れ!」「貴様の問題だ!」「女どもは関係ねえだろ!」
 富谷衆から怒声が飛ぶ。
 長は派手な咳払いをしてそれらを制した。
「あえて筋の通らぬことを言うからには、それだけの理由(わけ)があるのだろうな?」
 バクはうなずくと、マスター・ブレイカーとパワーショックの関係について語った。
 長老衆はその話に半信半疑だ。彼らはひそひそと議論をはじめた。
 もしそれが事実だとすれば、ルウ子が権力者の手に渡ることは富谷にとって、否、地上の全生命にとって好ましくないことである。だが、その話を裏付けるものがいったいどこにあるのか、と。
 長老の一人が言った。
「文明を拒絶しているとはいえ、我々は科学について無知なわけではない。その、アルとかいう不可思議な存在を見ぬうちは、何一つ信じるわけにはいかんな」
 ルウ子は口もとを緩め、そばにいた若い兵に手枷を見せた。
「とりあえず、ブラん中からケータイ出してくれる?」
 若者は真っ赤になりながらも言うとおりにした。
「あっ!」
 するとケータイは若者の手をするりと抜け、ルウ子のもとへ舞いもどった。
 騒然。
「じゃあ次。開けてみて」
 若者は女の胸もとに吸いついたケータイを慎重に開いていった。
 中身は二十個の平たいキーと、猫の静止画だった。
 若者は画面に顔を近づけていく。
と、アルは音量MAXで咆哮した。
「グヮラアアアアー!」 
「うあぁ!」
 若者は腰を抜かした。
 生まれて初めて猫を目にした室内犬のような怯えっぷりだ。
「彼がアルよ」
 ルウ子が得意げに胸を突き出すと、アルは得意げに素性を語り出した。
 長老衆はしかめ面でささやきあった。
 ルウ子は魔女にちがいない……と。
 どうやら彼らは、アルそのものの存在は信じておらす、ルウ子が妙な術を使って幻影を生み出しているにすぎない、と考えているようだ。それは無理もないことだった。見慣れているバクでさえ、ときどきそう思いたくなるのだから。
 やがて長は言った。
「バクのほうは後日、裁判にかける。連れて行け!」
 すかさずミーヤが言った。
「待ってください! 昭乃さんは自分の意志で行くと決めたんです。私はそのとき二人と一緒にいました。だから、これはたしかなことです!」
「おまえが嘘を言っていないと、誰が証明できる?」
 ミーヤは魂を抜かれたような声で言った。
「防衛の全権を託した者の言葉を……信じないというのですか?」