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パワーショック・ジェネレーション

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「そうかぁ。じゃあ、ルウ子もそうなのかな? 昨日の夕食の後からずっと眠ったままなんだ」
「犯人の狙いがよくわからないな」
「天然なんだよ、きっと」
 バクはルウ子の頬を何度か張った。反応なし。罵詈雑言。反応なし。
「だめだこりゃ」
 バクはケータイを閉じると、ルウ子を引っ張り起こして背負った。
 するとルウ子は急に笑みを浮かべ、なにやら寝言を口ごもった。
「ん……んふ……れしい」
 ルウ子はいきなりバクの首筋に口づけした。
「な!?」バクはびくっと首を反らした。「にしやが……る?」
「……」
 ルウ子は寝息を立てたままだ。
「と、とにかくここを出よう」
 戸口で待っていた熊楠は、ルウ子を目にすると眉をひそめた。
「どういうことだ? どうぞ持ち帰ってくださいと言わんばかりだな」
「まあいいさ。これが罠だとしても、あんたが来たのは想定外だったろうよ」
「いや、そうでもなさそう、だ!」
 熊楠はバクの顔面めがけて投げナイフを放った。
「!?」
 刃はこめかみのすぐ横の虚を切り裂いた。
 頭蓋を割らんばかりの衝撃音。
 欠けた刃が跳ね返ってきて、バクの足もとに落ちた。
 破裂音の残りカスがおんおんと響く。
 バクがなにか言いかけると、熊楠は小屋のコンクリート壁を指した。
 くすんだ金色の粒がめりこんでいる。熊楠が軌道を変えてくれなければ即死だった。
 熊楠は森に向かって声を張りあげた。
「やめておけ! シバ!」
 二発目は熊楠の頭上をかすめた。
 熊楠は動じず「あそこか」と言ったが早いか、緑の中に消えていた。
 千切れた若葉が何枚か風に舞った。
 一分ほどして熊楠はもどってきた。
「罠ではなかったようだ」
 シバはなんの仕掛けも誘いもなく逃げ去っていった。廃刑務所はシバの担当外だ。動物的な勘が、男を私的な偵察に駆り立てたのだろう。
 バクはルウ子を背負い直した。
「じゃあ、いったい誰がこんなことを?」
「兵隊が目覚めると面倒だ。まずは山を下りよう」
 バクたちは浦の廃港をめざした。

夕暮れ。
 廃港まで降りてきたのはいいが、この先の足がない。
 バクと熊楠は開け放しの倉庫に隠れ、これからどうしたものかと相談をはじめた。
 そこでようやくルウ子が目を覚ました。
「はれ? あたし……」
 奥の木箱の上で身を起こし、せわしなく辺りを見まわすルウ子。
「やれやれ。起きたか」
「バク!? あんたなにしてんの? こんなとこで」
「なにって……助けにきてやったんだろうが」
 ルウ子は寄ってきた男たちの姿をざっと眺めると、眉をひそめた。
「たった二人で切りこんで、かすり傷一つもらわず、連中を壊滅させたワケ?」
「いや、その……それがどうも謎だらけで……」
 バクが横目を流すと、熊楠が続けた。
「我々が来たときにはもう、決着がついていた。まるで手柄を我々に譲ったような、奇妙な感じだけが残っていた」
「あんた誰?」
 ルウ子は訊いた。
「元NSF……NEXA秘密部隊(シークレットフォース)の熊楠だ」
「いいや。富谷の元警備隊長、そして昭乃の師匠さ」
 バクが訂正した。
「ふぅん」ルウ子は熊楠の顔をまじまじと見つめた。「昭乃のダイヤモンド頭(ヘッド)は師匠譲りってわけね」
「……」
 熊楠はノーコメント。
「ふん?」ルウ子はふと辺りの匂いを嗅ぎはじめた。やがて、倉庫の出入口近くに放置してあるフォークリフトに鋭い視線を送った。「出てきなさい! いるのはわかってるわ!」
「アハ……ハ……ハハ……」
 車の陰から若い女がひょいと顔を出した。
 直毛気味の長い髪というだけで、狐顔でも狸顔でもなく、メガネもかけておらす、他に特徴らしい特徴がない。誰だっけ……。
 バクは小首をかしげた。
 一方、熊楠はルウ子の動物的な嗅覚に驚いているようだった。
 そのぎこちない笑い方……バクはやっと思い出した。
 バクとミーヤの元教育係、松下蛍だ。
「せ、先生!? なんでこんなところに?」
「もう隠しててもしょうがないわね」ルウ子は蛍の素性を明かした。「表向きは人事部の平局員だけど、本当はあたしの陰の従者なの」
 蛍はルウ子専用の特別諜報員だった。その存在は私費で雇ったルウ子本人しか知らない。諜報員といっても、蛍は熊楠のような超人ではなく、孫のような才知も、昭乃のような美貌もない。何度会ってもすぐに忘れてしまいそうな、地味な女だった。ただ、逆にそれは地域や組織に溶けこむことを得手とさせた。ルウ子が富谷の事情に通じていたのはそういうわけだった。
「もしかして、連中を眠らせたのって……」
 バクが訊くと、蛍は縁なしメガネをかけながらコクとうなずいた。
「私は傭兵隊の補給係に紛れ、刑務所を守る方々に食事を配っていました。兵士たちの夕食に睡眠薬を入れたのは私です」
 ルウ子は虚空を睨んだ。
「んん? じゃあなんであたしまでぐっすりコロリだったワケ?」
蛍は木箱に腰かけるルウ子に駆け寄ると、ぺこぺこぺこぺこ頭を下げた。
「す、すみません! ごめんなさい! 申し訳ありません! どれがルウ子さん用の食事だったか、わからなくなってしまって……」
 こんな危なっかしい人物を、ルウ子はよくも従者に採用したものだ。
「しかし妙だな」今度は熊楠が眉をひそめた。「救出作戦の選択肢は無数にあった。我々はこの廃港に上陸し、過去の情報だけを頼りに、一夜で山を駆け上がる強行軍を選んだ。迅速だがリスクも高い選択だ。君はあの夕闇の中、ゴムボートが島を離れたのをたった一度見ただけで、それを確信していたというのか?」
「あ、いえ、その……はい」
 蛍は遠慮がちに肯定した。
「みんな先生の仕業だったのか」
 バクは驚きと尊敬をこめてかつての教師を見つめた。
「も、もう先生じゃないから、蛍でいいですよ」
 蛍は照れながら、荷物を置き去りにしてしまったと、錆びたフォークリフトのほうへ歩んでいった。
 バックパックを背負った蛍が車の陰から出てくると、なにを思ったか、初対面のはずの熊楠が一人、彼女のほうへ近づいていった。
 すれちがいざま、二人は低く言葉を交わした。
「あれ(傍点)は君だったか。なるほどいい従者だ」
「私にできることは、それ(傍点)だけですから」
 熊楠はそのまま倉庫を出て行く。
「どこへ行くつもりだ」
 バクが呼び止めると、熊楠は背を向けたまま立ち止まった。 
「昭乃の世話だ。私一人なら船はいらん」
「待てよ。俺たちも一緒に……」
「ダメだ」
「なんでだよ」
「君は海賊をやりたいのか?」
「それは……」
 バクはうつむいた。
 黒船島で暮らすということは、すなわちペリー商会に入るということだ。ヌシの旧友である熊楠だけが特別に、見習い看護師として隠居の供を許されていた。
「私は残りの人生すべてを昭乃に捧げたい。もう君たちと会うこともないだろう」
「一線から退くっていうのか?」
「さらばだ!」
 熊楠はだっと駆け出し、夕日に染まる海のほうへ消えていった。
 昭乃はもう、彼なしでは生きていけない体なのだ。
 バクは男を追いかけることなく、女たちに言った。
「これからどうする」
 蛍は言った。
「ひとまず、富谷へ逃れましょう。この苦境を覆すにはどうしても拠点が必要です」