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パワーショック・ジェネレーション

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 ヌシのメス裁きはたしかなものだった。彼がどこで生まれ、どこで学び、どんな経緯で島へ渡ったのか。ヌシは語ろうとしないし、海賊たちも訊こうとはしなかった。ヌシはヌシ。それで充分だった。
 バクにはもう一つ、気にかかる関係があった。
「そういえば、シバがどうとか言ってなかったか?」
 タチは虚空を睨みつけ、ぼうぼうの髭をなで下ろすと、言った。
「奴か……あれは俺たちが賞金首にしている海賊の一人よ。もう十年以上前のことだ。当時、奴はまだ青臭(くせ)えガキで、縄仕事かパシリしかできねえ下っ端だった。そう、元は仲間だったのさ。犬みてえに素直なガキだと思っていたんだが、これがとんでもねえジャックナイフよ。ある日、俺たちは湾上で新手の海賊と一戦交えたんだが、奴はその最中、いきなり寝返りやがった。足し算もできねえ頃から奴をシゴいてきた五人の首を土産にな」
「でも今は……」
「そうよ。奴は逃げやがった。陸(おか)の組織の兵隊になっちまった。だが、奴は海で生まれた男だ。海岸をウロチョロせずにはいられねぇ。そこを討つ。俺様の手でな」
 タチは見えない弓を引いてみせた。
 高い崖の谷間を一気に下ると、砂浜に出た。
 バクは眉をひそめ、今来た道のほうへ顎をしゃくった。
「港はあっちじゃないのか?」
「バカヤロウ。ガキ一人送るのに、何十人もこき使えるわけねえだろ?」
「ああ」
 バクは納得した。
 彼らの帆船は最小のものでも三十人の水兵が要る。一人や二人で操作できるようなヨットとは、大きさも複雑さも桁がちがった。
 タチは大きな岩の裾に空いた穴蔵へ入っていった。しばらくすると、海草の化け物のような黒い塊をかついでこちらへもどってきた。
「これでシコシコやりな」
 タチは足踏みポンプをバクに放った。
「泳ぐよりはマシか」
 バクはしかたなくポンプを踏み、ゴムボートをふくらませていった。
「なにしろ二十年は使ってねえからな。いつ破れるか……」
「……」
 バクは足を止めた。
 タチは笑った。
「ギャグだよ、ギャグ。闇市成金から分捕った新品だ」
 昼すぎに踏みはじめて、形になったのは日が沈む間際だった。実はそのギャグとやらは二段構えで、ポンプのほうが二十歳だったのだ。バクは汗だくになりながら、電動製品に満ちた(できれば詐欺師のいない)未来社会に思いを馳せた。
 ボートが完成して二人でいざ出航というとき、岩陰から男が現れ、波打ち際に近づいてきた。
 バクは黒ずくめを睨め上げた。
「なにしにきた」
「それに乗ってどこに上陸するつもりだ?」
「最短距離に決まってるだろ」
 熊楠はため息をついた。
「まったく……敵を知らないというのは、本当に恐ろしいことだな」 
「な、なんだよ」
「そこは傭兵隊の秘密基地だ。シバのような一級の戦士がゴロゴロ控えている。君は女の顔を拝むことすらできんだろう」
「……」
「バクを頼む。そう言われたよ。寝言だがな」
「……」
 バクは目を背けた。
「私を恨みたい気持ちはわかる。だが、今の君にとっては必要な人間のはずだ。私は半島の地理と警備の弱点を知っている」
「……」
「私のことは盾と思って、使い捨ててくれればいい」
「ふざけんな! あんたは昭乃に命を拾ってもらったんだ。それを忘れるな」
 熊楠は胸に手をやった。
「肝に銘じよう」
 タチは二人をボートに乗せると、夕闇に煙る半島めざして漕ぎ出した。


 5月20日

 ボートは半島の東に突き出た岬を迂回し、真夜中、細長い浦の中へ入った。
 流されたのか、それとも沈んでしまったのか、港には船一つない。かつて湾岸一帯を苦しめたという台風や震災の爪跡はごくわずかなもので、沿岸の住宅地や埠頭の設備はしっかり原形をとどめている。にもかかわらず、人の気配がまるでない。あるのはかすかな波の音だけだ。
 ボートが岸壁に近づくと、バクと熊楠はコンクリートの地面に飛び移った。
「生きてたらまた会おう」
 タチは笑顔を残し漕ぎ去っていった。
 二人は明かりも地図もないまま、いきなり歩きはじめた。
 古代より要衝とされてきた港町は、山がちで道が複雑に入り組んでいるというが、ここもその例にもれず、手ぶらで一人歩きできるような素直な道筋などなかった。しかも通りには街灯一つ点っていない。それでも二人は暗闇の迷路を惑うことなく進んだ。バクが目を務め、熊楠がナビを務める。それで充分だった。
 バクは浦に入ったときから感じていたことを口にした。
「本当に誰もいないな。ここでなにがあった?」
 熊楠は言った。
「少し前、この半島で重い伝染病が流行った。進行は遅いが致死率が高いという説明を受けた住民は皆、薬が確保できる土地へ移っていった。空になったこの地をまるごと押さえたのが、新生NEXAだ」
「まさか病気を流行らせたのは……」
「たしかな証拠はない」
「なんにしたって、ここはNEXAの庭じゃないか」
「心配するな。庭師はまったく足りていない」
 急成長を続けるNEXAは人材登用に苦労していた。至宝を収めた土地を守るには、信用のおける兵隊でなくてはならない。緊急でかき集めた雑兵ではダメなのだ。NEXAは広大な土地を手にしたが、警備面で確実に押さえてあるのは半島へ通じる陸路と、ルウ子が囚われている刑務所とその周辺だけだった。
 そういうわけで、しばらくの間は会話の声に神経を尖らせる必要はなかった。
 バクは最も憎むべき男の一人とパートナーを組むにあたって、どうしても知っておかなければならないことがあった。
 バクは前置きもなく切り出した。
「なんで子供を虐殺したのか、話してもらおうか」
「よかろう」
 元地下賊を名乗る難民の子供を、心ならずも見殺しにしてしまった。そこまでは昭乃から聞いたとバクは言うので、熊楠はその後のことを語った。
「最後の子の死を見届けたその日、私は密偵から報告を受けた。飢えに耐えかねた難民たちが、最初で最後の戦いを挑もうとしていると。長老衆はそれを迎え撃つよう私に命じた。なにもかもが嫌になった私は、作戦会議を仮病で欠席すると、密かに故郷を後にした。
 それからしばらく放浪を続けたが、子供たちが飢え死んでいく姿が私の頭から消えることはなかった。どうすれば人が、子供が飢えずにすむのか……私は寝ても覚めてもそればかり考えていた。出口なき悲観のループをめぐっているうち、歪んだ妄想に取り憑かれるようになった。
 そもそも食料に対して人が多すぎるのだ。だったらもっと人口を減らせばいい。老人は放っておけばいずれ死ぬ。重要なのは……子供を生ませないことだ。そう考えた私は、近い将来に子供を増やす可能性のある『子供』を殺し、人口が増えるのを未然に防ごうとした。
 そうはいっても、罪無き市民を殺せば当然裁かれる。私は合法的に子供を殺す方法を探していた。やがて私は武術の腕を買われて武警の一員となった。対賊専門のスナイパーに抜擢された私は陰で狂喜した。生かそうが殺そうが、賊は記録の上には存在しない人間。私はためらいもなく、賊の子供を狙い撃ちしていった」
「武警は狂犬だけでなく、子を食らう鬼まで飼っている。噂には聞いていたが、あんたのことだったのか……」