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パワーショック・ジェネレーション

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「ヌシが執刀してる」
「ヌシ?」
「終わるまでは誰にも会わねえとよ」
「なら……熊楠に会わせろ」
「奴はてめえのなんだ」
「仲間の……」
 バクはそこまで言ってためらった。
 心の中の相容れない東西が激しくせめぎあっている。
「仲間の?」
「……仇だ」
 小男はニッと歯を見せた。
「ついてきな」
 二人は坂道を上っていった。

 小男はタチと名乗った。タチはこの小島……黒船島(くろふねじま)にアジトをかまえる海賊『ペリー商会』の幹部だった。正確には彼らは自らを賊とは呼ばず、『海の掃除屋』と称していた。
 黒船島はかつて、旧日本軍の要塞として機能していたことがあった。苔生した石造りの兵舎や弾薬庫、砲台跡、煉瓦造りのトンネルなど、遺跡があちこちに残っている。ペリー商会にとってこの要塞跡は格好の盾だった。旧来の武器でここを正面から攻め落とそうとするなら、敵の数倍の被害は覚悟しなければならない。海上警察や他の海賊はこの島を素通りするしかなかった。
 バクはタチの話を聞いて納得した。NEXAの連中が追ってこないのは、そういう理由(わけ)もあったからなのだろう。
 土壁を石組みで固めた切通しを渡り、残響が残響を呼ぶ不気味なトンネルを抜けて少し行くと、もう反対側の崖だった。黒船島はドーム球場がせいぜい五つ入るかどうかの広さしかない。波しぶきが舞う崖を背に山道を上ると、密林のすき間から山頂広場が見えてきた。広場の中心には背の高い矢倉がそびえ立っており、芝地の隅には丸太小屋が一軒あった。そこがヌシの家だ。
 小屋の壁際に、大きな体を紙くずのように丸めて頭を抱える男がいた。
 隙だらけだ。地下仲間の恨みを晴らすなら今しかない。
 バクはナイフの柄に手をかけ、ぐっと握った。それだけだった。千載一遇の機を自ら手放した。手放すしかなかった。
 バクに気づいた熊楠は小さく頭をもたげた。
「期待はするなと言われたよ」
「なぜ俺たちを助けた」
「昭乃が私に微笑みかけたあのとき、ようやく互いの思いを知った。自分が犯した過ちの大きさを知った。私は富谷を出るべきではなかった」
「富谷を出たのはいい。子供好きのあんたがなぜ、子供を狙った?」
「難民の子の餓死は私に深いトラウマを残した。それが災いした。子供の餓死が子供殺しへつながったと言っても、他人には理解できまい。そのときはそれが正しいと思ってやっていた」
「そんな答えで納得すると思ってんのかよ!」
 バクは熊楠の胸ぐらをつかみ上げた。
「病んでいたから許されるなどとは思っていない。抵抗はしない。君の好きなようにすればいい」
「なら……」バクは手を放した。「祈れ」
「?」
 熊楠はしばし呆けていたが、やがてうっすら微笑んだ。
「祈ろう。昭乃と運命をともにできるなら、それ以上望むことはもうなにもない」
 バクと熊楠はそれからひと言も口をきかなかった。真上にあった太陽が空を赤く染めるまで、二人は待ち続けた。
 玄関のドアレバーが傾くと、男たちの首はさっと反応した。
 作務衣姿の老人が腰をたたきながら出てきた。大きくのびをし、汗にまみれた禿げかけの白髪頭をかく。
 どこが皺でどこが目鼻なのかよくわからない。しかし、どこかで……どこかで見たような顔だ。
「ヌシ先生!」
 熊楠は老人に駆け寄った。
 ヌシはぶっきらぼうに言った。
「期待はするなと言ったはずだ」
「そう……ですか……」
 熊楠はうなだれた。
「昭乃……」
 バクはあふれ出すもののなすがままだった。残ったものは悔いばかりだった。
「汚れた祈りでは通じなかったか」熊楠は腰のナイフを抜くとバクに手渡した。「殺(や)ってくれ」
「……」
 バクはナイフを手にしたものの、今はなにをする気にもなれなかった。
 ヌシは二人に背を向けた。
「不幸な娘よ。死んだほうがマシだったと、言い出さなければよいがな」
「え?」「それはどういう……」
 バクと熊楠は同時に訊いた。
「一摩よ。おまえはあの娘がどうなろうと、すべてを受け入れると言ったな?」
「はい。たしかに言いました」
「偽りはないか?」
「ありません!」
「では、入りなさい」
 書斎と寝室を兼ねたような居間を横切り、客間のドアを開く。
 客間とは名ばかりで、実際は病室と診療室を混ぜたような部屋だった。入ってすぐ、壁際の棚に診察器具や手術道具、薬草箱などがならんでいる。奥に粗末なベッドが二つ。向かって右は平らで、左は盛り上がっている。
 昭乃だ。全身包帯まみれとはいえ五体満足につながっている。一見しただけではヌシの言った意味がわからない。
 ヌシは患者に布団をかけると口を開いた。
「命はどうにか取りとめた。それだけでも奇跡に近い。ただ……頸椎のダメージがな……」
「……」
 熊楠は眉間の険を緩めつつ、きゅっと口もとを引きしめた。
 バクはヌシに言った。
「俺にもわかるように言ってくれ」
「つまり……この娘は生涯、寝たきりだ」


 5月19日

 熊楠は昭乃の看病に徹したいと、客間に籠もりっきりだ。
 バクには時間がなかった。こうしている間にも、新しい独房の建設は着々と進んでいる。昭乃が倒れた今、代わりが務まる戦士は熊楠しかいない。だが、熊楠はとても戦えるような精神状態ではなく、バクも彼への憎悪を鎮めることなど当分できそうにない。ペリー商会をアテにしてみたが、タチは首を横にふった。たいていの賊は目先の利でしか動かない。折れたバットをかかげて、何年か後に価値が跳ね上がるのだと力説しても、相手がその道の素人ではむなしいだけだ。
 バクはヌシの家を後にした。坂を下り、トンネルを抜け、石壁の切通しを渡っている途中、アーチ型の横穴が点在する場所で立ち止まった。
 旧兵舎(今は海賊たちの住処)の前で、タチが待ちかまえていたのだ。
 タチは壁に寄りかかったまま言った。
「行くのか?」
「ああ」
「死ぬぞ?」
「そうだな」
「おめえ、バカだろ?」
「かもな」
「送ってやるよ」
「え?」
「たいして泳げもしねえくせに、どうやって半島へ渡るつもりだったんだ?」
「あ……」
「やっぱバカだ」
 タチは大笑いした。
 二人は切通しを抜け、続く坂道を下っていった。
 バクは海賊でなければヌシの関係者でもない。今回は特別に滞在を許されたが、次回はないと考えたほうがいい。ヌシと熊楠、そしてペリー商会。彼らをつなぐ線が未だに見えないのだが、そういう疑問は今のうちに解決しておくべきだろう。
 それについて訊くと、タチは語った。
「ヌシと熊楠がなんでダチなのかは、俺たちがここをアジトにする前の話だからよくわからねえな。ヌシはただ『難破した船にただ一人生き残った少年を手術したことがある』としか言わねえんだ。
 で、ヌシは俺たちの襲来にもびくともしなかった唯一の先住民よ。立ち退かねえなら殺(や)っちまうかってことになったんだが、ボスはジジイが医者だと知ると、仲間の怪我人病人を全員治療できたら共存を考えてやろうと言い出した。するとジジイは、末期に近い、見捨てるしかなかった奴まで見事治しちまった。以来、俺たちはジジイをヌシと呼び(島主の意らしい)、隠居に干渉しねえ代わりに、重病人だけ診てもらうようになったのさ」