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パワーショック・ジェネレーション

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「なぜ子供たちを虐殺したのですか?」
「!」熊楠は立ち止まった。「知っていたか……」
「あなたがどんな職に就こうと勝手です。でも、子供ばかり選んで殺していたことだけは、どうしても解せません。難民の子に情けをかけた人のやることじゃない。いったい、あれからなにがあったというんです!」
「なにもありはしない。あの事件がすべてだ」
「わからない……全然わからない!」
「だが、もう子供を殺す必要はなくなった。輝ける未来の偉大なる指導者、孫英次局長がこの飢えた世を救ってくださるのだ。私はそれを一日でも早く実現するために戦う」
「あんな不義の男を信じるなんて……壊れてる……あなたの心……」
「なんとでも言うがいい。ではいくぞ!」
 熊楠は床を蹴った。
 昭乃はついに剣を抜いた。
 二人は互いに百もの連なる分身を生み、千もの突きをくり出していった。 
 牽制のなす幻影なのか、それとも実体の軌跡か。あまりの速さに誰も目がついていかない。神々の戦いを前に、舳先のバクも船央のシバも生唾を飲みこんだ。
 散っていた幻はやがて一点に集まっていき、激しいハウリングを起こした。
 五分と五分。
 昭乃はすかさず脚をふり上げる。
 熊楠はさっと飛び退き、蹴りをかわした。
「昭乃……あれからわずかな期間でよくそこまで鍛えた」
「以前のあなたなら、私は今の一閃で果てていた」
「私が衰えた、と?」
「いいえ。私が強くなったのだとしても、あなたの背中がほんの少し近づいただけ。なのに、なぜです?」
「私の知ったことではない」
「知りたいですか?」
「死刑囚の説教などいらぬ!」
 熊楠がグッと剣を突き出すと、昭乃は渾身の力でこれを払い上げた。
 男の短剣は宙を舞い、海に消えた。
「バ、バカな……」
「あなたは完全に狂気の底へ堕ちたわけじゃない。今のがその証拠です」
「どういう……ことだ」
「それは……」
 昭乃が答えようとしたとき……。
 戦いに気を取られていたバクはわが目を疑った。両船の全弓兵が射的体勢に入っていたのだ。
 熊楠め、どこまでも卑劣な……いや待て、ターゲットがちが……。
「一摩さん!」
 昭乃は敗北に消沈する男を肩で突き飛ばした。
 不意の一撃に、熊楠は受け身を取るしかなかった。目の前で立ち尽くす女をふと見上げると、男は言葉を失った。
「!」
 昭乃の背中には、矢羽の花が咲き乱れていた。
 口から赤いものがもれ出し、主を失った人形のように膝が折れてゆく。
 すかさず熊楠は女を抱きとめた。
「なぜだ! なぜ私をかばった!」
 昭乃はふるえる手で男の頬に触れると、ふっと微笑んだ。
「よ、かった……いつもの……一摩さんのか、お……」
 昭乃の手はすべり落ちていった。
 熊楠はぎゅっと目をつぶり、昭乃の胸もとに顔をうずめた。やがて顔を上げると、誰にともなく叫んだ。
「貴様ら、なんの真似だ!」
「計画が予定通りに進めば、いずれあんたは組織を裏切ることになる」
 船室の屋上から声がした。シバは満足げに目を細め、こちらを見下ろしている。
 兵士たちは二の矢をつがえる。
「まるで確定しているような言い方だな」
「さっさと消すつもりだったんが、さすがは狂犬の中の狂犬、まともなやり方じゃあ手も足も出ねえ。だが、その女を見てからあんたは変わった。邪魔は入ったが結果オーライ、女が残っても厄介だからな」
「なにが狙いだ! 孫はなにを企んでいる!」
「なーに」シバは眉を段にした。「ちょっとした工事をやるだけさ」
「ちょっとした工事を押し進めるためなら、ちょっとした犠牲には目をつぶるというわけか」
「人聞きの悪(わり)ぃ口は塞がねえとなァ!」
 シバがすっと片手を挙げると、兵士たちはいっせいに矢を放った。
 血の匂いをかぎつけた一角の獣たちは風を切り、手負いの二獅めがけて殺到する。
 彼らは見事しとめた! 薄汚れた甲板を。
 シバは誰もいない船首を見下ろしたまま、かすれ声をふるわせた。
「そ、それは……ナシだろ……」 
 熊楠は〈シーメイド〉のデッキに立っていた! 育ち盛りの少年と手足たらした女を軽々と両脇に抱えて。
 女を抱え上げ、少年を引っ捕まえ、甲板を蹴り、二人を一瞬放して前から迫る矢を手刀で裁き、再び二人を捕まえ、ヨットのデッキに着地する。シバの肩の筋肉が動きはじめてから、すべての矢がむなしく果てるまでの間に、熊楠はそれらをすべてやってのけたのだ!
 熊楠はバクを放すと海原に目をやった。
「君は泳げるか?」
「あ、ああ……」
 バクは生返事を返すのがやっとだった。矢筈から紅色の汁を滴らす女の屍から目が離せない。
「ここで死にたくなければ、私についてこい」
「え?」
 バクが聞き返す間もなかった。
 熊楠は昭乃を抱えたまま駆け出すと、激しいしぶきを上げた。
 闘神といわれた男の真の実力を知ってすくんでいるのか、シバは追跡命令を出せないでいる。熊楠を追う視線の先には、台座のような形の小島があった。
「クソ! どうにでもなれ!」
 バクは熊楠を追い、潮風の中へ舞った。

バクは小島の砂浜までどうにか泳ぎ切った。ずぶぬれの体を起こし、来た海をふり返る。追っ手はやってこない。
 砂浜にいくつか足跡が残っている。先に上陸したはずの熊楠の姿は見あたらない。足跡を目でたどると砂浜はすぐに終わり、島の奥へ続く坂道があった。道の左右には大きな岩が立ちはだかっていて、島の様子がよくわからない。海岸に家らしきものはない。無人島なのだろうか? 島の内部へ入る道はその坂一本しかなさそうだ。
 ひとまず熊楠を捜そうと、バクは一歩踏み出した。
 すると岩陰から蓬髪の小男が現れ、さっと短弓をかまえた。
 小柄ながらも筋骨はたくましく、どこか古代北欧の戦士を思わせる風貌だ。
 疲れ切っていたバクは、両手を挙げるしかなかった。
「なぁンだ。シバじゃねえのか」
 髭がちな男は弦の張りを緩めた。 
「シバ? あの赤髪がどうかしたのか?」
 バクは手を下ろした。
「傭兵の落ちこぼれにゃ関係ねえ話よ。十秒だけ待ってやる。帰りな」
「俺は傭兵なんかじゃない!」
「あンだと? てめぇ、蒸気船のほうから来たじゃねえか」
「俺が来る前にあと二人いただろう?」
「ああ、あれはいいんだ」
「奴こそ傭兵だ!」
「細けえことはいいンだよ! ほれ、あと一秒」
 男は再び弓をかまえた。
「待ってくれ! せめて……墓ぐらいは建てさせてくれ」
「墓だぁ? 誰の?」
「く、熊楠の……」バクはぶすっと横を向いて言った。「女のだ」
「ああ、そいつなら今、し、しゅじゅちゅ、しじちゅ」男は舌打ちした。「手術中だ! ヒュー、やっと言えたぜ」
「手術?」
 死体に手を加えても、それは解剖としかいわない。ということは……。
「生きてるのかっ!」
 バクは猛猪も逃げ出す勢いで小男に迫った。
「!」
 小男がとっさに右手を放すと、矢はバクの左頬をかすめた。
 バクはかまわず小男の襟もとをつかんで、体ごと持ち上げた。
「昭乃はまだ生きてるのかって聞いてんだ!」
 小男はじたばたした。
「女は……てめえの……なんだってんだよ!」
「……」
「は、放しやがれ……」
 バクが手を放すと、小男は咳きこみながら言った。