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パワーショック・ジェネレーション

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 彼は長の監視のもと、谷底の川辺で次々と餓死していく子供をただ見ていることしかできなかった。最後の子の死を見届けたその日、彼は密偵から報告を受けた。飢えに耐えかねた難民たちが、最初で最後の戦いを挑もうとしていると。それを迎え討つべく作戦会議の招集があった。彼は警備隊長でありながら、体調不良を理由に姿を現さなかった。警備隊は隊長不在ながらも、一糸乱れぬ矢の雨で難民を滅ぼした」
 バクは昭乃を睨んだ。
「あんたも弓を取ったのか?」
「警備隊は十八にならないと入れない。そういう掟だ」
「ちょっと待てよ。俺は十六で……」
「おまえの身分を保証したのは誰だ?」
「そ、そっか……」
 バクはほっと息をついた。
「その後、彼は消息を絶ち、富谷に帰ってくることはなかった。子供の死に心を痛め、仕事を放り出したことはまだいい。その気持ちは私にもわかる……」
「どうしてあんたになにも告げず、出ていったのか……」
「親しくはしていたが、所詮、私のことは弟子としてしか見ていなかったのかもしれない。だとすれば……」
 昭乃は斜めにうつむいた。
 バクは待った。
 昭乃は顔を上げた。
「だとすれば、それもしかたがない。だが、どうしても解せないことが一つある。その理由(わけ)を聞くまでは、私は死んでも死にきれない。内容次第では……」
 昭乃の目もとが般若面のように強ばっていく。
 バクは思わず身ぶるいした。
 言葉を飲みこんだせいで、心に過大な負荷がかかっている。昭乃は嘆いているのだ。自分の思い人が、賊とはいえ、罪なき子供を故意に虐殺したことを。事件の噂は富谷にも及んでいる。
 そんな思いを秘めていたとは……これは作戦どころではないかもしれない。
「一つ、念を押しておきたいことが……」
「わかっている。約束は守る。あの女に二度も笑われてたまるか」
「まさか……はなから片道切符のつもりだったのか?」
「だから同行を許した」
「くぁ、やられた!」
 バクは頭を抱えた。
 すべては昭乃の手の内にあったのだ。道理で手筈がいいわけだ。お膳立てはしてやるから、ルウ子はおまえ一人で連れて帰れ……ということだ。
 昭乃の予報通り、風が吹いてきた。
〈シーメイド〉は対岸めざして走りはじめた。
 
「隊長! 岸からヨットが一隻、こちらに向かってきています!」
 望楼の男は甲板に立つ熊楠を見下ろすと、そう報告した。
 統京湾の口には海堡(かいほう)という、その昔統京を戦火から守るために築かれた軍事用の人工島がいくつか遺っている。
 二隻の巡視船〈みさき〉と〈くりはま〉は、その朽ちかけた海上要塞跡の陰で辺りを監視していた。
 熊楠は〈みさき〉の欄干に身を寄せると、手にしていた双眼鏡を目にやった。
「遠いな。逃亡者かどうかはまだわからん」
 黒ずくめの長軀の横、火炎のように赤髪を尖らせた男が口を開いた。
「出やがったな」
 獲物を前に気が急くのか、男は短弓をかまえ、彼方のヨットに狙いをつけている。
 彼らの主力装備は小銃なのだが、海上はニコの影響下になく雷管が反応してくれない。本土から少しでも離れるときは、従来の武器を持ち出すしかなかった。
「なぜそう思う?」
 熊楠は訊いた。
「わかるもんはわかンだよ」
 赤髪は煙たそうに上官を睨め上げた。
「海賊の勘というやつか」
「元海賊だ。言葉に気いつけな」
 熊楠は双眼鏡を下ろすと、氷瀑の一筋のような視線を部下に突き刺した。
「気をつけるのは貴様だ、シバ。私は孫局長ほど寛大ではないからな」
 シバは顔をひきつらせ、半歩後ずさる。
「さ、さっきのはナシだ。あんたとやりあう気はねえよ」
「賢明だ」
 シバは船室へ引き下がっていった。
 熊楠は再び双眼鏡を目にやると、小さく舌打ちした。
「バカめ……二度と関わるなと言ったはずだ」
しばらくして、望楼の男は続報を告げた。
「クルーは女と少年です! 女は初見ですが、少年は元職員のバクと思われます!」
「拿捕しろ!」
 熊楠が叫ぶと、二隻の巡視船は煙突からもおっと黒煙を吐いた。 
 
 海堡の左右の岸から姿を見せる二隻の船。
 バクは声をあげた。
「なんかやばい感じだ」
 二匹のバカでかい海ネズミどもは、〈シーメイド〉の船首と船尾をそれぞれ押さえてやろうと、全速力で向かってきている。
 バクは艇長(スキッパー)からの指示を待っていた……が、昭乃に動きはなかった。舵から手を放し、蒸気船の片割れをぼうっと見つめている。
「どうしたってんだ! 昭乃!」
「……」
「この仏頂魔神! 鉄骨頭!」
「え?」
 昭乃はそこで我に返った。素早く帆を逆に孕ませ、方向転換をはかったがもう遅かった。
 二隻はあっという間に〈シーメイド〉をサンドイッチにした。速度をヨットにあわせ、『川』の字を作るように並走している。
 両船あわせて十余名の兵たちがいっせいに短弓をかまえると、〈みさき〉の船央にいた赤髪の男が停船命令を告げた。
 昭乃は帆を下ろし、バクは錨を海に投げる。
 二隻が機関を止めて同様にすると、シバはバクを見て笑った。
「てめえか。立場がわかってねえ、バカ(傍点)ってガキは」
「バクだ」
 シバは昭乃に言った。
「女。面はいいが運がなかったな。NEXAの秘密に関わった奴は生かしちゃならねえんだとよ」
「……」
 昭乃はすっと短剣を抜く。
 シバは兵に命じた。
「討てい!」
「やめておけ!」
 船室の入口から声があがった。
〈みさき〉の甲板に立つ黒ずくめの男を見ると、弓兵たちはそろってかまえを解いた。
「矢など百本あっても役には立たん。その女は私の一番弟子。倒すことができるのは師である、この私だけだ」
「なんだと?」シバは師弟を見比べると、ククと低く笑った。「こいつぁ、おもしろいことになってきやがった」
「船首(バウ)を空けろ」
 熊楠が指示すると、そこにいた三人の兵士は引き下がっていった。
 すると昭乃はバクをひょいと抱え上げ、〈みさき〉の船首へ一跳びして、バクを下ろした。
 バクはキッと昭乃を睨みつけた。
 女の体からは冷たいものが昇華している。
 些事に腹を立ててる場合ではなかった。バクは舳先の突端のほうへ避難した。
 熊楠は昭乃に近寄ると言った。
「こんなところでなにをしている」
「先生……」
 昭乃は訴えるように男を見上げる。
「……」
 熊楠は失望しきったように女を見下ろした。
「考え直してください。あなたは人殺しを生業にできるような人じゃない!」
「組織にとって不都合な者を消す……。所属が変わっただけで、やっていることは昔から同じだ」
「ちがう……ちがう……」
 昭乃は激しくかぶりをふった。
「私はもうおまえが思っているような男ではない」
 熊楠はシャッと短剣を抜くと一歩進んだ。
 昭乃は二歩退いた。
 熊楠は進む。昭乃は退いて退く。間合いは少しずつ広がっていく。
 昭乃は小さくかぶりをふりながら、なおも退こうとするがもう後がない。バクを巻きこむまいと逆に半歩出る。
「先生……」
「昭乃。自分が正しいと思うのなら、私を倒してみせろ」
「……」
 昭乃は抜かない。
「それもいいだろう」
 抜き身の剣をロウソクのように胸もとにかかげると、熊楠はすっと歩き出した。