パワーショック・ジェネレーション
百草は話が進むにつれて眉間の谷を深くしていき、やがて出発前夜の宇宙飛行士のような顔でため息をついた……かと思いきや、一転して派手な苦笑いを見せると、うなじをぼりぼりかいた。
「いや、まいったなぁ。やっと定職を得たと思ったんだが……」
「無理にとは言わないわ。下手をすれば命はない」
「いいや。是非やらせていただくよ」
「おい、いつまで待たせる気だ!」
男の籠もった怒鳴り声。
百草は立った。
ルウ子も立った。
「先生……」
ルウ子は百草の胸もとに頬を寄せた。
百草はにっこり笑うと、ルウ子の頭をそっと撫でた。
5月10日
富谷では山藤の花が満開を迎えようとしていた。その矢先にどっと雪が降り積もり、農民たちは天を仰いだ。電化文明が遺した環境破壊の爪跡は薄れるどころか、逆に白く冷たい膿を出しはじめている。
昭乃のもとで修行していたミーヤは先月、十六歳を迎えた。武術の腕はまだまだ頼りないが、指揮官としての早成ぶりには目を見張るべきものがあった。地下時代にチームの軍師的役割を担っていた経験が生きたのだ。地下人の狩りは、地上人、武警、敵対する賊、刻々と変化する街の状況に対応しなければならない。また、規律を嫌う荒っぽい少年少女たちを説き伏せる必要もあった。要害の内側でぬくぬくと育った連中を動かすことなど、ミーヤにとっては造作もないことだった。
昭乃は指導をはじめてわずか四ヶ月で、ミーヤを副隊長に任じた。
その日、富谷関下にボロを纏った醜い男が現れた。手足は使い古しの針金のように細曲がり、頭の半白髪はまだらに脱け落ちている。
男はバクかミーヤがそこにいたら呼び出して欲しいと言っている。
堤上にいた昭乃は男を警戒した。
「また(傍点)地下賊の難民か?」
昭乃が警備隊に入る前のある日、富谷の守人たちは、元地下賊を名乗る難民の一団と対峙した。富谷側は掟を理由に受け入れを拒否。その後に起こった悲惨な事件は、村人たちの間で今でも語り草となっている。
昭乃は人知れずつぶやいた。
「あんなことさえなければ、あの人は……」かぶりをふる。「もうすぎたことだ」
当時の難民は狩人としての誇りを捨て、そろって土下座までする有様だった。だが、今度のボロは気迫がちがう。棺桶に片足突っこんでいるくせに、眼光だけは異様な輝きを放っている。
昭乃は迷った。ひとまず副官のミーヤを呼ぶことにした。
あのボロを追い払えば、私はきっと後悔する。男を見たときからそんな予感があった。
十分後。
堤上に現れたミーヤは男を見るなり、ぱっくり開けた口を両手で押さえた。
「も、百草先生!?」
「……」
ミーヤの姿を認めた百草は、微笑みながらなにかつぶやくと、その顔を保ったまま雪の上にどうと倒れた。
5月17日
黄泉の国へ通じる跳ね橋。
男はその手前にいた。一歩踏み出す。
橋は目にも止まらぬ早さでせり上がった。
男は口を開きかけた。
今度は来た道がすべり台のように傾斜していった。
男は這いつくばってそれに耐えた。
傾斜はどんどん増し、垂直に近づいていった。
それでも男は耐えた。
女たちのため息が聞こえた。
男がハッと顔を上げると、視界はいきなり二つの右足の裏でいっぱいになった。
男は悲鳴をあげながら、光の原へすべり落ちていった。
バクとミーヤは、百草が一週間ぶりに目覚めたと知ると、さっそく病床小屋へ駆けつけた。
百草はベッドで横になったまま、かすれた声で言った。
「ルウ子君の監禁場所を教える」
「な!? なんで先生がそれを……」
バクが言いかけると、百草は遮った。
「その話は後だ」
ルウ子のいる刑務所は、統京湾をはさんだ対岸の半島にあった。見た目には山林に埋もれた廃墟でしかないが、そこらじゅうに武装した精鋭が潜んでおり、正攻法での救出は極めて難しいとのこと。
「なんでそんなヘンピな所なんかに……」
「一つは、NEXAの秘密を探る者の裏をかくためだろう」
「もう一つは?」
「形としてはルウ子君は『重病による長期療養のため、局長の座を孫に譲った』ことになっている。だが、局長が替わったといっても、職員の多くはそのままだ。生半可な隠し場所では、ルウ子君との接触を許す恐れがある」
「ルウ子が突然いなくなった理由(わけ)、誰も疑ってないのか?」
「そこまではわからんが、不穏な動きがないところをみると……」
「消された?」
「おそらくな」
孫のやり方に異を唱える者は、いずれ同じ運命をたどるのだろう。そうしてNEXAは、孫の野心を叶える道具としての純度を高めていくのだ。
「なるほど。連中の事情はともかく、相手が少数精鋭ってことならこっちには好都合かもな」
「ほう? その心は?」
「富谷にはシャチみたいに凶暴な女がいてさ」
そのとき、バクの頭上に燃えさかる隕石が落ちた。
「あれ、仕事じゃなかっ……」
バクは頭を抱えたままその場にダウンした。
昭乃は言った。
「続けてくれ」
百草はうなずくと、ルウ子から聞いた孫の陰謀を語った。
昭乃は一瞬拳を固くしたものの、環境破壊者に見せるいつもの露骨な怒りは鳴りをひそめていた。
百草は最後に一つ、ニコからの最新情報をつけ加えた。
「NEXAは別の場所に新しい独房を準備している。それは爆撃さえも通じない、核シェルターのようなものらしい」
完成予定日は今月の末。あと二週間しかない。
バクは言った。
「昭乃、助けに行こう」
昭乃は冷たい目をバクへ流した。
「なぜ?」
「なぜって……」
しまった。昭乃を復調させること一本に心を砕いてきたせいで、まだそこまで頭がまわっていなかった。
バクは歯切れ悪く言った。
「立場や思想はちがうが、志は同じ、っていうのじゃダメか?」
「志?」
「さっきの話、孫の企みを聞いてあんたはどう思った?」
「……」
昭乃は首をかしげる。
「聞いてなかったのか?」
「そんなことはない」
さっきから昭乃は呼びかけに反応するだけで、自分からはなにも言い出そうとしていない。
イラついていたバクは声を荒げた。
「どうしたってんだ! 昭乃」
「……」
「孫の帝国ができあがっていくのを黙って見ているつもりか?」
「……」
「この国を科学の塊にしてしまってもいいのか?」
「……」
「次の世紀には、森や野原って言葉はもう辞書にないかもな」
「……」
「なんとか言えよ!」
「仕事にもどる」
昭乃は足音一つ立てず、すうっと部屋を出ていった。
その重力を感じさせない動きに、バクは言葉を継ぐことができなかった。
一方、ミーヤは百草の容態を心配していた。
「ところで、先生はなぜそんなひどい目に?」
「ああ、それは……」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや