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パワーショック・ジェネレーション

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「明日からミーヤを鍛えてくれないか? あんたの補佐として」
「ミーヤを?」
 昭乃は眉をひそめた。
 富谷の警備隊は以前より数がそろうようになったが、実質的な指揮官は相変わらず昭乃一人だった。隊員たちは忠実だが、監督者には向いていない(それは昭乃もこっそり認めていた)。隊の実力を維持するには、昭乃に次ぐ指揮官を最低でも一人は育てる必要がある。というのがバクの主張だ。
 昭乃のスランプ。原因はよくわからないが、少なくとも過労気味であることはたしかだった。昭乃が立ち直ってくれない限り、味方に引き入れるも救出作戦もクソもない。
 ミーヤはバクと目があうと、コクとうなずいた。
「昭乃さんが欲しいっていうならあたし、やってみます」
「まぁ、ミーヤならいい線行くとは思うが……」
 昭乃はあまり乗り気ではないようだ。それでも自分のバックアップはやはり必要と感じたのだろう。のそと立ち上がると、ミーヤに告げた。
「明朝六時、富谷関堤上。遅れるなよ」
 昭乃は重い足どりで部屋を出ていった。


 2月3日

 今後、三ヶ月に一度実施するという定期検診。その初回の日がやってきた。
 まめな検診といい、栄養バランスを考え抜いた食事といい、鉄壁の監視体制といい、ルウ子はある意味、絶滅危惧種並の扱いを受けていた。
 錠が外れる音がして鋼鉄の扉が開くと、トランクと折りたたみイスを携えた、白衣の男が入ってきた。白髪混じりの頬髭。足が悪いのか片足を少し引きずっている。医師はトランクから聴診器を取り出し、イスを広げると、ベッドにすわるルウ子の正面に腰かけた。簡単な問診を終えると、上の着衣を脱ぐように言った。
 ルウ子がシャツを脱ぎ捨て、ブラのホックに手をかけたときだった。
 医師はさっとふり返り、鉄扉に開いた小さな穴を睨みつけた。
「これでは患者が緊張して正確な診断ができない! 窓を閉めたまえ!」
 小窓の蓋がパッと閉まった。
 医師は鉄扉の小窓と鉄格子つきの窓にガーゼを貼りつけると、それぞれのそばに一つずつ、小さなオーディオスピーカーのようなものを置き、ルウ子に微笑みかけた。
「ノイズキャンセラーですよ。三十年前の代物ですがね。周波数は人の声にあわせてありますが、万能とは言えませんので……」
 医師は人差し指を口にあてると、再びイスに腰かけた。そして、今一度ルウ子の傷痕だらけの体を眺めると、小さくうなった。
「これはまた……」
 聴診が滞りなく終わると、医師は水銀式の血圧計を用意した。
 ルウ子は裸のまま左腕を差し出す。
 医師は怪訝な顔をした。
「もう着てもいいんですよ?」
「あ、そうなの?」
 ルウ子は面倒くさそうにブラだけをつけ、改めて腕をのばした。
「……」
 医師はさらに言いかけたが、変わり者なのだと諦めたのか、そのまま患者の二の腕にカフを巻きつけた。聴診器を肘窩(ちゅうか)に置き、ゴム嚢をスコスコやると、ルウ子はちょっとだけうっとりした。
 測定が終わると、医師はたわいもない世間話をはじめた。話はすぐに脱線し、彼は自分のことを語った。
「実を言うと私、以前は賊や難民たちの中で仕事をしていたんですよ。ただ、その、どうも私は疫病神のようで……。流れ着いた先々で診療所を開くと、決まって数年もしないうちにその地が滅んでしまうんです。そして私は放浪をくり返すばかり。だが、本物の神様は私を見放しはしなかった。河川敷のバラック街が強制撤去となり、その跡地で一人途方に暮れていたところ、ある若い女性が声をかけてくれたんです。渡された名刺には、NEXAの人事部とありました」
「人事部……」
「戸籍の復活を保証するから専属の医師をやって欲しい、というので私は二つ返事で応じました」
「まさか蛍のやつ……」
 ルウ子はつぶやいた。
「?」
「ところで先生」ルウ子は半裸のまま医師の顔をじっと見つめた。「さっきから気になってたんだけど、あたしらどっかで一度会ったことない?」
「はて……私はこれまで何万という人を診てきましたからね……」医師はルウ子の凝視に耐えかねたように視線を落としていき、「む……これは」と眉をひそめた。
「うん? ああこれ?」ルウ子は腹の傷痕に手を触れた。「昔、包丁でやられたのよ。因果応報ってやつね。出血がひどくてもうダメってとき、胡散くさそうな白衣の男があたしをさらってったの」
「驚いたな。この術痕は……」医師は指先でそこをなぞった。「私のだ」
「え?」
「そうか、あのときの……」
「じゃあ、先生はあのときの……」
 医師は苦笑した。
「その胡散くさい男は私だよ。うん? ちょっと待てよ?」医師は笑みを消すと、ルウ子の幼顔をまじまじと見つめだした。「たしか、君はそのとき高校生くらいだったはず……」
「……」
 ルウ子はぎこちない手つきでシャツの袖に腕を通すと、のそのそとボタンをかけていった。
「まいったな……」医師は目頭に手をやった。「患者をまちがえるなんて、私もモウロクしたものだ」
「別れ際、先生は言ったわ。君は悪くないって」
「!」
 医師は手をどけ、眼(まなこ)をかっ開いた。
「ハンパな意識の中で一度顔を見ただけ。名前も聞きそびれた。会いたくても探しようがなかったわ」
「そ、それじゃあやっぱり……いや、でも、それなら君は今、四十代のはず……」
「実はね……」
 ルウ子はケータイを開くと、アルを医師に紹介し、加齢が止まったことの経緯を語った。
 医師は頬髭をさすりながら、片時もアルから目を離そうとしない。
「そ、その……AIプログラム、ではないんだよね? 君は」
 アルは目を細めた。
「ま、疑いたくなるのも無理はないよ。君らにとっては、サンタクロースの実在を信じろと言ってるようなもんだからねぇ」
 ケータイに宿った精霊モドキ。永遠の少女。
 医師はそれらを交互に見つめ、そして微笑んだ。
「今年の暮れからまた、大きめの靴下を一つ用意しなければならんようだ」医師はそこでハッとして膝を打った。「そうだ名前……。百草だ。百草林太郎」
「橋本ルウ子よ」
「知っているとも。世に出回っている写真とちがっていたから一瞬、おや、とは思ったんだが……」
 ルウ子は一度少年のような短い黒髪になったが、あれから少しのびて、今はできそこないのプリンのようだ。
「いや、もっとも、あの独特の竜巻ヘアーを何度も目にしておきながら、自分の患者だと気づかないなんて……常識とか先入観ってやつはまったく……」
 百草は頭をかいた。
 ルウ子はむっとして言った。
「竜巻って……バクみたいなこと言わないでくれる? いっくら注意しても聞かないんだからあいつは」
 百草は身を乗り出した。
「バクだって!? バクを知っているのか?」 
「あら、知りあいだった? ちょっと前、地下賊上がりの子供を拾ったのよ。バクとミーヤ」
「そうか……生きてたか。そうかそうか……」
 百草は目尻を皺だらけにして何度もうなずいた。
「ちょうどよかったわ、先生。一つ、お願いしたいことがあるの」
 ルウ子は百草に耳打ちした。