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パワーショック・ジェネレーション

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 脱獄を諦めたのか秘策を練っているのか、獄中のルウ子は見張りに不気味がられるほど大人しかった。口数はほとんどなく、一日中粗末なベッドに寝転がって、鉄格子越しの冬空かあるいは灰色の天井ばかり見ていた。

 この日もルウ子はいつも通り、昼間から寝床に横たわっていた。
「ああ退屈」
 画面の中のアルはルウ子の眼前で大あくびした。
「……」
 ルウ子は人形のように無反応だ。
「そんなんじゃ、いざってときに動けないよ?」
「……」
「たまには絡んでくれよ」
「……」
「まだ、あの和藤とかいう女の言ったこと、気にしてるのかい?」
「!」
 ルウ子の目がようやくアルの方へ流れた。
 ……よかったじゃないですか。電気復活の夢が叶い、なおかつその身が人様の役にたつのですから本望でしょう? あなたはここで過ちの記憶に苛まれながら、NEXAとわが国を陰から永遠に支え続ける。それがあなたに課せられた真の償いなのです。では、ごきげんよう。(鉄扉の閉まる音)……
「あいつの言ったとおりよ。あたしはこういう機会を待っていたのかもしれない」
 ルウ子はいつしか、悟りきった僧のような顔になっていた。
「本当にそれでいいのかい? この国は結構ヤバイ道を行こうとしてるよ。欲望の種が一点に集まったようなものだからね」
「……」
「神様が自分にあたえた役目はもう果たしたから、後のことは知ったこっちゃないってワケかい?」
「……」
「まーた、だんまりか。困った人だ」
 アルが再びあくびをしようと大口を開きかけると、「ふえっくしょ!」と、それはくしゃみに変わり、口の中から紙切れが一枚飛び出した。
 アルは引力のある肉球で二つ折りの紙を開いた。
「あ、ニコからメールだ。なになに? 孫の恐るべき構想を耳にした。この男は日本の電力網を復活させた後、海外から見捨てられていることを逆に利用して、世界で唯一の科学大国に発展させようとしている」アルは目を細めた。「フフン。なんだかんだいって、気にかけてるんじゃないか」
 興味を誘ったのか、ルウ子は再び沈黙を破った。
「そういうこと……臆病者のあいつらしい復讐ね」
「復讐? なんでまた……」
「あいつがなんで左腕をなくしたか、知りたい?」
「ぜひ知りたいね」
「……」
「……」
「やっぱやめとくわ」
「ええーっ!?」
 ルウ子は物憂げなお嬢様風に言った。
「今日はお話したくない気分なの」
「なにが『今日は』だよ。最近じゃあ珍しく口きいたクセに」
 ルウ子はあっさり演技を止めた。
「チッ……しょうがないわね。あいつは栄養失調の母親を食わせるために、自分で自分の腕を切り落とした。看病もむなしく、母親は死んじゃったけどね。以上」
「それだけ? いつ、どこで、どういう状況でそうなったのか、とか……」
「それだけ知ってれば充分よ」
 アルは食い下がった。
「母親が飢え死にしたくらいで、あんな大それたことを企むとは思えないな!」
「じゃあ、一人っ子の母子家庭だったとしたら?」
「そりゃまあ、唯一の身内を亡くしたのは辛いだろうけど……」
 アルはまだ不満そうだ。
「その飢餓を生んだ原因が海外にあったとしたら?」
「む……」
「混乱の時代を生き抜き、新政府の外務省に入ったあいつは、わが国の飢餓に関する真実を知った。たしかに当時の世界は、自国の混乱を治めるのに必死だったけど、大陸内での相互援助はあった。それに対し、日本はかつての友好国にさえ徹底的に無視される始末だった」
「ま、食べ物も資源もない島国じゃあ、存在するだけ無駄って感じかね」
「どんなに努力を重ねても外交は通じる気配すらなく、わが国は世界地図から消えたも同然だった。旧態依然の現政府を廃したとしても、国内だけでのやりくりには限界がある。もはや政治ではこの地獄を覆すことはできない。そう悟ったあいつは、ふらふらと科学省のあたしのデスクへやってきた。『この前はトンデモ構想だとバカにして悪かった。もう一度はじめから、君の話を聞かせてくれないか』って、二年先輩のあいつは深々と頭を下げたのよ。で、NEXAが起ち上がったってワケなんだけど……あれ? あ、だから、もし海外からの食料援助が少しでもあったら、あいつの母親は生きのびたかもしれないってことよ」
 ルウ子は話していくうちにだんだんと熱が入り、いつの間にか余計なことまでしゃべっていた。
「改めて聞くよ。ルウ子はこの先、どうしたい?」
「気が変わったわ。償いのかたちは他にもあるはず。まずは、ここをどうやって出るか考えるのよ」


 1月16日

 バクとミーヤは、昭乃の計らいによって、富谷コミュニティーで暮らすことになった。バクは牧場の仕事、ミーヤは食料庫の管理に就いた。
 昭乃がなぜ二人を誘ったのか、長老衆がなぜ入村をとがめなかったのか、疑問は尽きなかった。外界であったことを特定の村人以外には語るな、という条件をつけてきたところをみると、俗世間の生きた資料として利用価値があると考えていることだけはたしかなようだ。パワーショックが終わり、時代は大きく変わろうとしている。長らく文明を遠ざけてきた彼らも、今度ばかりは敏感にならざるを得ないのだろう。

 その日の夜。バクたちは宿舎の談話室に集まり、三人だけで薪ストーブを囲んだ。
 NEXAから逃れてきて以来、バクは囚われたルウ子のことをずっと気に病んでいた。
 バクはなんとしてもルウ子を助けたいと、一人熱弁をふるった。
「ルウ子はあんな性格だが芯は曲がってない。正しいレールに乗せることさえできれば、この国を救える逸材の一人だと俺は思う」
「……」
 昭乃は黙ったままストーブの鉄蓋を開け、薪を足した。
 空気の爆ぜる音。
 ミーヤは言った。
「でも、どうやって助けるの? どこにいるかもわからないのに」
「探すんだ」
「どこを?」
「日本中を」
「バク……」
 ミーヤは駄々っ子に困り果てたような目でバクを見つめた。
「新生NEXAが手にした力はとてつもなく大きい。その気になれば、天下を取ることだって夢じゃない。連中の企みを挫こうとするなら、ルウ子のようなリーダーシップは欠かせないはずだ」
「そうだとしても、闇雲に動いたって奴らの兵隊に捕まるだけだよ」
「……」
 バクは口をつぐんだ。
 ミーヤの言うとおりだった。それにしても……。
 バクはちらと昭乃を見た。
 宿敵ルウ子の話題だというのに、昭乃はただ、炎の揺らめきを見つめるばかりだ。
 近頃の昭乃はらしくない行動が目立つ。自主トレをサボっているのか、筋肉が痩せ、体が一回り小さくなったように感じる。道場では、筋がいいとはいえまだ十四の少女に危うく敗れそうになった。それも同じ相手に三度もだ。警備の交代時間に遅刻することもしばしばあった。たとえルウ子の居所がわかったとしても、昭乃がかつての精彩を取りもどしてくれない限り、NEXAの傭兵には太刀打ちできそうにない。
 バクは頭を抱えた。ふとミーヤを見た。目があった。一つ手を思いついた。
「あ!」
「え? な、なに?」
 どぎまぎするミーヤ。
 バクはそれに答えず、昭乃にふった。
「昭乃。一つ頼みがある」
「……?」
 昭乃は虚ろな目をバクへ流した。