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パワーショック・ジェネレーション

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 ある廃家の庭先。ルウ子は夕暮れのひつじ雲を呆然と見つめていた。
 右手に血のしたたる包丁。左手には煮豆の缶詰一つ。
 豆缶は庭の物置で見つけたものだ。
 だが、先に見つけたのはルウ子ではなかった。
 左胸を赤く染めた仰向けの死体。
 ルウ子はつぶやいた。
「また……殺しちゃった……」 
 捨てられた倉庫を漁ったのか、それとも誰かから奪ったものか、真新しい白のセーターを着た同い年くらいの少女。
 ルウ子は包丁と缶詰を傍らに置くと、少女の服を脱がしていった。下着までぜんぶ剥ぎ取ると、今度は自分が素っ裸になった。
 古びてどす黒くなった返り血。饐えたような異臭。川で何度洗っても落ちなかった。ずっと着ているつもりだったが、いつかは限界がくる。母校のブレザーともこれでお別れだ。
 血染めのセーターにジーンズ姿となったルウ子は、その場で豆缶を開け、包丁の先を使って中身を一気に口へ流しこんだ。
 たいした塩気もないというのに、胃袋にひどく滲みる。この前、味のあるものを口にしたのはいつだったろう。
 ルウ子は血と汁の入り混じった包丁を見つめた。
 汁は半分残した。ルウ子はその缶を少女の青ざめた口の前にそっと置き、涙を一粒だけこぼした。
「今日のこと、無駄にはしない」
 ルウ子は懐から電源の入らなくなったケータイを取り出し、少女に見せた。
「これが使える世界……絶対、取りもどすから」



 第一章 地下賊


 2044年10月1日

 その坂には無人の雑居ビルが立ちならんでいた。通りに面したショーウインドウはどれも欠け、残りカスがかろうじて窓枠にしがみついている。歩道はガラクタだらけで足の踏み場もない。窓ガラスの破片。墜落した極彩色の看板。照明器具の残骸。骨組みだけの車。そこでは街路樹だけがすくすくと育ち、アスファルトを突き破って太い根を這わせていた。
 坂の途中。路地に身を隠す二人の少年がいた。
 背の高いほう。先が破れて七分袖と化したパーカーの少年は、バクといった。黒い髪に黒い瞳。それらの表面はなめらかでありながら、まるで光沢というものがない、不思議な質感(テクスチャー)の持ち主だった。
 バクは丸刈りでニキビ顔の少年に指示した。
「若い奴にはかまうな。老いぼれを狙うんだ。いいな?」
 ニッキは親指を突き立てた。
「オッケ」 
 バクはビルの角から顔をのぞかせ、坂下の交差点を見つめた。
 かつて、この国のあらゆる流行がこの街ではじまったという。その煌びやかな街は、日が昇り日が沈み、また日が昇るまで若者であふれていた。天災と老朽化で崩れた一部の建物を除けば、その面影は色濃く残っている。だが現在、そこに人間らしい人間はほとんど住んでいない。
 その交差点を、老若男女の小さな集団が一つ二つと横切っていく。彼らはその手や背中にふくれたカバンを携えていた。
 中身は見えないがバクにはわかっていた。あれは新政府による配給品、その本日分なのだ。ここのところ不作続きでロクなものがまわってこないそうだが、彼らの表情は他のグループとちがって明るい。
 バクはピンときた。収穫があったのだ。
 このゴーストタウンのあちこちに、人知れず眠っている食料品があるという。その多くは缶詰やレトルトパックや干物などの加工食品だ。他にも、酒から菓子までなんでも出てくる。どれも三十年くらい前の代物だ。賞味期限などとっくに切れているが、調味料不足のせいで味のない雑炊やイモやカボチャばかりの毎日に比べれば、それはもう宮廷料理のようなものだ。収穫をそのまま食してつかの間の快楽に浸るのもいいだろう。闇市にくり出し、スーパープレミアム価格で売りさばく手もある。
 最後尾の集団がぽつんと一つだけ遅れていた。脚の悪い者が混じった老人ばかりの一団だ。ざっと見て二十人。痩せたナイフを片手に、なにかの幻影に怯えながら歩いている。
 今日は獲物なしと諦め、バクたちは猟場にしている隣町から予定より早めに帰ってきたところだった。そこへ、縄張りのど真ん中を横切ろうとする愚か者がやってきたのだ。
 いや、あと一分、こちらの判断が遅ければ連中は逆に英雄となっただろう。都合上、わずか十分間だがこの界隈の見張りがいなくなる空白がある。彼らはその情報をつかんでいたにちがいない。
 坂通りをはさんで向かいの路地。
 バクはそこに潜んでいる十人余りの少年少女たちに合図を送った。
 先頭に立つ、穴あきベストを着たおさげの少女がうなずく。
 バクたちは持っていたスケボーに飛び乗り、いっせいに坂道を下っていった。
 五感の鈍った老人たちに身がまえる時間はなかった。
 バクたちはスケボーに乗ったまま、発掘品(おたから)で満載のカバンをひったくると、奇声を発しながら交差点を駆け抜けていった。
「全員ついてきてるか?」
 バクは顔を左右にふった。
 一人足りない。チーム最年少のニッキだ。
 ニッキが狙ったのは大きなリュックを背負った老婆だった。ニッキは体に密着した荷物を強引にひったくろうとして、老婆ともども派手に転んでいた。
「あんのバカ!」
 バクはスケボーを捨て、交差点へダッシュでもどった。
 幸いニッキは額のすり傷だけで、すぐに立ち上がった。
 一方、老婆は放置された土嚢のように、車線の上で動かなくなっていた。
「死んだ」
 老婆を診ていた禿頭の男がうなだれた。
 老婆は心臓を患っていた。ニッキの急襲に驚き発作を起こしたのだろう。何度胸をたたいても、彼女が息を吹き返すことはなかった。
 老人たちは少年二人を取り囲んだ。皺の谷底にたたえた瞳を赤くし、ふるえる手でナイフをかかげる。
 バクは眉一つ動かさず言った。
「これは事故だ。殺す気はなかった」
「盗人がなにを言うか!」ニット帽の老人が怒鳴った。「おまえたちは人様に迷惑をかけてまで食いつなぎたいのか!?」
「ライオンが老いた鹿を狩るとき、いちいちそんなことを考えると思うか?」
「ライオンでも鹿でもない。我々は人間だ!」
「見た目は同じでも、生き方がちがうんだよ。俺たち地下人(びと)とあんたら地上人(びと)は、すでに別の生き物なのさ」
「別の生き物……だと?」
 老人はナイフの切っ先を下げた。魚の干物のように涸れた唇をなかば開き、白みかかった瞳でバクと見つめあう。
 地下人の瞳は光を返さない。まるで乾ききった墨のようだ。
 老人は目を伏せた。
 言葉の意味を理解したのだろう。
「とにかく、この罪は償ってもらうぞ」
 老人たちの包囲網がじりじりと狭まっていく。
「殺(や)りあおうって言うなら……」
 バクは笑みを浮かべた。
 その背後には引き返してきたチームの面々。ナイフやハンマー、スリングなどで待ちかまえている。
「無駄な殺生をしないのが狩人の流儀。だが、今はこの限りじゃあない」
 数は互角。だが勝負は見えている。バクのチームは平均で十五歳。バクが最年長で十六。育ち盛りの孫と足腰きしんだ祖父母が戦うようなものだ。
「くぬ……地下賊めが」
 老人たちは包囲を解き、遺体を数人で抱えると、恨めしい顔を残して去っていった。
「行ったか……」
 バクはほっと息をついた。
 婆さんの他は誰も死なずにすんだ……。