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パワーショック・ジェネレーション

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「孫(あの人)の言ったとおりの結果になったわ。それにしても、ずいぶんと丸くなったものね」
「……」
 ルウ子は知らん顔だ。
「せいぜい脳味噌にカビが生えるまで休むといいわ。連れて行きなさい!」
 二人の戦闘員がルウ子の腕を取った。
「待ちなさい!」
 爆撃のようなルウ子の一喝に、厳つい男たちはハッと手を放した。
「バクとミーヤの解放が先。下手な真似したら……こうよ!」
 ルウ子はそばにいた男の腰からさっとナイフを奪うと、切っ先を自分の喉もとに向けた。
 その据わった目に、和藤は息を呑んだ。
「い、いいでしょう。二人とも、さっさと出ていきなさい!」
 ルウ子は二人に最後の辞令を下した。
「バク、ミーヤ。本日をもって君たちを、解雇します」
 バクは部屋を出る瞬間(とき)、ルウ子に一瞥をくれた。ルウ子は敵に捕まったというのに、なぜか肩の荷が下りてほっとしたような、場違いな表情をしていた。地下の狩人が現役を退くとき、よくそういう顔をしたものだ。バクはそれが気がかりでならなかった。

 NEXAの敷地を囲むコンクリート壁沿いの道を、バクとミーヤはあてもなくうろついていた。壁の高さは十メートルほどあり、道路の向こう端へ寄らないと内部の様子はほとんどわからない。
「クソ!」
 バクは壁を蹴った。
「バク……」
 ミーヤはバクの二の腕をそっとつかんだ。
「ルウ子の仕事がこれからってときに、孫の野郎、なにを企んでやがる……」
「儲けを独り占めにする気かな?」
「……」
 バクは長大な城壁の向かいに立ちならぶ、朽ちかけたビルの一つに目をやっていた。
「どうしたの?」
「走れ!」
 バクはミーヤの手を引くと、近くの路地へ駆けこんだ。
 間一髪、バクが蹴ったばかりの壁に矢があたって跳ね返った。
 二人はでたらめにひた走り、ビルのすき間を縫っていった。
 追っ手や待ち伏せはなかった。敵は一人のようだ。
 バクは見通しの悪い路地に入ると足を止め、壁にどっともたれかかった。
「ハァハァ……危なかった」
 ミーヤは両膝に手を置き、肩で息をしている。
「ハァハァ……武警かな?」
「ちがうな。俺たちはもう地下賊じゃない。これでも三十分前まではNEXAの職員だったんだ」
「じゃあいったい……アッ!」
 ミーヤが路地の奥を指すと、バクはそちらに顔を向けた。
 それまで誰もいなかった袋小路に、黒ずくめの大男が立っていた。
 袋小路を形作っている三方の廃墟を含め、この界隈は高いビルが密集している。見つかるはずは……。
 バクは視線を上げていった。
 屋上からだと!?
 バクはさっと身を起こしてミーヤをかばうように立った。
 黒ずくめは腰の左右からナイフを引き抜いた。
 この男……どこかで……。
 バクの脳裏に一年前の記憶が駆けめぐった。
「あ! あんたは……」バクは男を指した。「俺とニッキを狙い撃ちした……」
 ミーヤはバクの脇へ進むと、怒りに声をふるわせた。
「未来ある子供たちを……お腹に赤ちゃん……いる子だっていたのに」
 バクはうつむき、拳をぐっと握った。
「そうか……百草(先生)が言ってたのは、こいつのことだったのか」
 男は冷えた溶岩のようだった表情をかすかに崩した。
「今は後悔している。賊狩りはもう、二度とやらん」 
「なら、それはなんの冗談だ」
 バクは男の手もとに向けて顎をしゃくった。
「……」
 男はじれったいほどゆっくりと、ナイフを鞘に収めていった。眉間に幾筋もの溝が走る。淀んでいた瞳が揺らぎ、淀み、揺らぎ、そしてまた淀んだ。刃が半分収まったところで男は手を止めた。
「すまん」
 男は二刃を放った。
 バクとミーヤは動けなかった。男の迷いが災いした。
 と、ここでバクの時間感覚がいきなり何百倍にも延びた。
 ナイフは少しずつ、だが確実に迫ってくる。
 ちくしょう! せめてミーヤだけでも……。
 気持ちだけは百万回身を挺したのだが、手足にかかる重力は百億倍だった。
 諦めかけたそのとき、バクの脇をにゅっと草色の影がすり抜け、視界の前方へ割りこんでいった。影はやがて人の形となり、敵の姿を遮った。
 と、ここで現実の流れにもどった。
「お、おまえは……」
 男の顔を覆っていた溶岩に亀裂が走った。
 つぎはぎ迷彩服の女は、左右の指先だけでナイフを受け止めていた。
 バクは思わず叫んだ。
「昭乃!」
 ミーヤが続く。
「どうしてここに?」
 昭乃は二人を背にしたまま言った。
「おとといのことだ。石林の中でひと際高くそびえる塔に、黒い稲妻が落ちる夢を見た。それがどうしても忘れられず、偵察に来てみたらこれだ」
「昭乃……綺麗になった」
 男は昭乃のことを、身内を懐かしむような目で見つめている。
 昭乃の目つきは、縄張りを見まわる鷹から、物憂げな少女へと変わっていった。
「熊楠(くまくす)先生。なぜ黙って出て行ったのですか! どうしてこんな人殺しの仕事なんか……」
「今語ることはなにもない」
「先生!」
「……」
「どうしても話していただけないのですか?」
「……」
「言葉がダメなら……」
 先ほど受け止めたナイフを両手に、昭乃は胸もとでさっと腕を交わすと、地を蹴った。
 銀光の対が男の首をはねようとしたとき、男は女の持ち手にひたと手を触れた。
 二刃は空を舞って地に墜ちた。
 女はハッとして飛び退く。
 熊楠は大喝した。
「自惚れるな!」
「ク……」
 昭乃は傷ついた顔になった。
「おまえの命はもう、おまえだけのものではない。私のことはかまうな。それから、皆に一つ忠告しておく。NEXAには……二度と関わるな」
 熊楠は高く跳び上がると、窓枠のわずかな出っ張りを伝い、あっという間にビルの屋上へ躍り出た。
「先生! 私、本当は……」
 熊楠の姿はすでになかった。
 昭乃は天を仰いだまま、枯れ木のようになってしまった。
 乾いた風が路地へと吹きこむ。壊れた窓、崩れた壁、すき間というすき間が共鳴しあい、不気味なオーケストラを奏ではじめた。
 バクは少しためらってから昭乃に声をかけた。
「その……また借りができちまったな」
「……」
 昭乃は小さく首を横にふるだけだ。
 彼女の頭の中は今、再会の喜びと、変わり果てた師への戸惑いと、砕かれた自信のことでいっぱいなのだろう。
 昭乃はため息をついた。それを境に、いつもの警備隊長の顔になった。
「私とおまえとはなにか因縁があるようだ」
「『因』は余計だろ?」
「そう思わせたいのなら、村でしっかり働くんだな」
「え? だって俺は……」
「私にあたえられた暇はあと半日しかない。遅れるな!」
 昭乃は路地を駆けた。
 仲間も住処も失ってしまったのだから、一も二もない。バクとミーヤは、疾風船(はやてぶね)が放った浮き輪にしがみつくしかなかった。



 第五章 救出作戦


 2046年1月15日

 NEXAの局長更迭から四ヶ月。
 ルウ子はある廃刑務所に囚われていた。ルウ子の独房は、伝染病患者用の隔離小屋の一室で、本舎からは離れた森の縁の草深いところにあった。
 コンクリートの壁。頑丈な鋼鉄扉と鉄格子。傭兵隊による二十四時間体勢の見張り。