パワーショック・ジェネレーション
「スイッチをオフにしたときと同じことが起きるわ。そして、次にケータイを起動した人が、私たちの新たなパートナーになるのよ」
「番号は?」
「そのまま引き継がれるわ」
「なら、誰かに伝えておかなくてはならんな。ええと番号は……あれ?」
平賀は首をかしげ、腕組みした。
「あきれた。自分の電話番号よ? 私を起こすときに一度思い出してるじゃない」
「若さを永遠に保てるといっても、六十八ではな」
平賀は笑うと、思い出した自分の番号を確実に暗記すべく、何度か紙に書いたり暗唱したりした。
9月25日
幹部会議が終わり、ルウ子は席を立った。
会議室の出入口で控えていたバクとミーヤは、すかさずルウ子の両脇を固めた。
ルウ子はぐいっと二人を押しのけた。
「そんなにベタベタされたら、暑苦しいわ」
マスター・ブレイカーの存在を政府に報告するか否かで、会議はいつにも増して紛糾した。NEXAが手にした力のスケールがあまりにも大きすぎて、これから起こる事の予測がつかないのだ。
バクはルウ子を睨みつけた。
イラついているのはわかるが、こっちだって真剣にやってるんだ。幹部の連中さえいなければ、噛みついてやるところなんだが……。
ダークな思念に感づいたのか、ルウ子はバクを睨み返した。
ミーヤがそこに割って入る。
二人が互いにそっぽを向くと、ミーヤはため息をついた。
「こんなときに限って副局長が欠席だなんてね」
孫は政治や経済、広報面などのこみ入った問題を収める能力に長けていた。
一方、ルウ子は責任感の強さやタフな精神力、達者な口においては組織のトップとして申し分ないものだったが、実務面では特に優れているわけではなかった。
孫は発電所で問題が起きたといって会議を急遽欠席した。大きな問題ではないが、部下に任せるにはいささか支障があるというのだ。発電所の者がそれをルウ子に直接伝えに来た。電話はまだ復旧していない。新たに導入した本部の無線は、部品の一部に不備があったらしく、すべて故障していた。
幹部たちが去り、部屋にはバクとミーヤとルウ子の三人だけとなった。
バクはルウ子に訊いた。
「マスター・ブレイカーのこと、新政府には教えないのか?」
「その前に、独立を考えてるわ」
「独立? 民間の団体になるってことか?」
「そうよ。手はすでに孫が打ってある」
「……」
「なんでそこまでする必要があるのか、って今思ったでしょ?」
「政治のことはよくわからないな」
「先生とニコが政治家なんかに渡ることになったらどうなるか……。そういうあんたみたいのを、クソ難しい名前の法律作って巧みに騙して、自分らだけは権力も豪邸も欲しいままにできるよう、国のシステムを作っていくのよ」
「そんなの、今も昔もたいして変わってないんじゃないのか?」
「だからよ!」
ルウ子が叫んだとき、会議室の出入口に女が現れた。電力開発部の和藤栄美だ。
ルウ子は言った。
「あら、和藤。発電所(そっち)の問題は解決したの?」
「万事順調です」
和藤は笑顔で言った。
「で、なにがあったわけ? 詳しく説明してちょうだい」
「聞こえませんでしたか? 私は万事順調だと言ったのです」
和藤は懐から拳銃を抜くと、銃口をルウ子に向けた。
すると、和藤の両脇から戦闘服の男たちがなだれこんできて三人を取り囲み、いっせいに銃をかまえた。
それには目もくれず、ルウ子は笑顔を返した。
「ほほーん。謀反ってワケ?」
「いえいえ、ちょっとした人事異動ですよ」
黒光りする銃身。ニコの目覚めは発電所だけでなく、長らく沈黙してきた雷管まで蘇らせてしまったようだ。
ルウ子はわざとらしく辺りを見まわした。
「孫はどこ? あいつが首謀者でしょうに」
「よくおわかりで」
「そりゃわかるわ」ルウ子は笑った。「あんたを使いによこしたんだから」
「黙りなさい!」
和藤は撃鉄を引いた。
「で、あたしをどうしたいワケ?」
「ケータイの電話番号、教えていただきましょうか。従っていただけるなら、局長の名において(傍点)、命だけは保証しますよ」
「なるほど、そういうこと……」
ルウ子はパズルが解けたと言わんばかりに、何度となくうなずいた。
ルウ子と和藤は見つめあった。
十秒、二十秒、三十秒……。
ルウ子は息一つ乱さない。
一方、和藤は唇の先を次第にひくつかせていった。
和藤が目配せすると、兵隊たちはバクとミーヤの後頭部に銃口を突きつけた。
「選択の余地などないはずよ」
「フフ」
ルウ子は唇の左端をきゅっと上げ、いびつな笑みを浮かべた。部下の命など装甲板くらいにしか思っていない非情な司令のごとく。
「……」
和藤は銃口をふるわせた。
怒りに任せてトリガーを引けば、アルの秘密は永久に闇の中だ。
ルウ子はふっと笑みを消した。
「殺したのね?」
「!」和藤は腑に落ちないという顔で銃口を下げた。「本部に缶詰だったあなたが、なぜそれを……」
「いったいなにがどうなってんだ!」
バクが怒鳴ると、和藤は平賀とニコが交わした密談の要点を語った。
二人の会話はすべて盗聴されていたのだ。
和藤に笑顔がもどった。
「休憩室を出た後、平賀(先生)は自分の犯したミスが世界を脅かしかねないと、機密を口にしたことを自室で反省していたわ。先生はお疲れのようだったから、よく眠れるよう素敵なお香を焚いてあげたそうよ」
バクはようやく事件の展開が読めた。
契約の秘密を知った孫は、平賀をガスで毒殺。パートナーを失ったニコは、自動的にスイッチがオフとなり眠りについた。すかさず、孫は聞いた話の通りニコを起動し、新たな契約を結んだ。本部の無線が壊れるよう手を加えたのも、孫と和藤の仕業なのだろう。二人の連絡用だけを残して。
ルウ子は言った。
「ニコが先生に話したように、あたしもアルから同じことを聞いたわ。そのときから、いつか誰かがやるんじゃないかと心配だった。あたしは先生のピンチを予感していながら多忙に負け、本部へ異動させることを怠った」ルウ子はうなだれた。「あたしの一生の不覚よ」
和藤は言った。
「もう一度だけ言うわ。ケータイの番号を教えなさい」
ルウ子は顔を上げた。
「誰を撃っても同じことよ。あたしの口からはなにも出てこない」
和藤は苦笑した。
「さすがは他人の人生を土足で踏み越えてきただけのことはあるわね。ま、番号の件は保留にしておきましょう」和藤はルウ子を指した。「橋本ルウ子。本日をもってあなたを局長の任から解きます。そして引き続き、名誉顧問として私たちの活動を陰からサポートしていただきます」
「まわりくどい言い方はやめなさいよ」
「そうですね。要するに、あなたは予備(リザーブ)です」
ルウ子とアルが関わる太陽光発電は、今の段階では未知数だ。資源枯渇などの非常事態に備えて確保しておきたいのだろう。
和藤は続けた。
「従っていただけないなら、今度は本当に二人を殺(や)りますよ?」
ルウ子は伏し目でふっと微笑み、そしてンーッとのびをした。
「働きづめだったから、しばらく休ませてもらうわ」
和藤は退屈そうにため息をついた。
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや