パワーショック・ジェネレーション
「フフ……あんたにあたしは殺せない」ルウ子は丸腰のまま昭乃に歩み寄っていく。「あたしの背中には何億もの命がかかっているもの」
「フン! 愚か者の命など、いくら集めようと虫一匹にも値しない!」
ルウ子は立ち止まった。
「差別……するわけね?」
「命を助けるためなら、腐った腕は切り落とすだろう? おまえたちはその腕のほうだ。まずは私が執刀してやる!」
昭乃はルウ子の胸もとめがけてナイフを突き出した。
達人の早業に、ルウ子は為す術がない。
昭乃はルウ子を貫いた。
ルウ子はがくと首をたれた。
一筋の風が吹き抜ける。
昭乃は低く言った。
「今のは最後の警告だ。電気のことは生涯忘れると誓え。即答なら許す」
「……」
ルウ子はふるえていた。
昭乃はルウ子の脇の下からナイフを引き抜いた。
ルウ子は顔を上げると、こらえきれずにククと笑った。
「優しいのね。見かけとおんなじで」
「!」
昭乃は真っ赤になって歯がみし、切っ先をふるわせた。
「どうしたの? あたしは警告を無視したのよ?」
「人の厚意を!」
昭乃は今度こそとばかりに、持ち手の腕をぐっと引く。
と、何者かが昭乃の二の腕を捕まえた。
「隙だらけだな。昭乃らしくないぜ」
「バク!? 止めるな!」
昭乃は腕をぐいと揺する。
バクの手は離れない。
「な!?」昭乃は見張った瞳をそこに向けると、カクと脱力した。「その力……」
「俺がいきなり超人になったわけじゃない。昭乃、あんたの問題だ」
「ク……」
昭乃の持ち手が開いていき、ナイフは草間に紛れた。
「俺が知ってるモグリの医者は、腐りそうなところも最後まで諦めなかった。その姿を見ていた患者も最後まで病と戦った。治った奴はなにかが吹っ切れたように、それまでになく元気になった。ダメだった奴も、現実を受け入れて見ちがえるほど強くなった。今の世の中に肝心なのは、そういうことなんじゃないのか?」
「……」
昭乃は再び腕を揺すってバクの手を外すと、ざくざくと草むらの向こうへ去っていった。
バクとルウ子は顔を見あわせた。二人はあえて昭乃を呼び止めなかった。
NEXAの四人は山を下りた。
港に着くと、一行は〈シーメイド〉のデッキに女を一人認めた。
昭乃は帆をいじりながら、しかめっ面で言った。
「なにをぼやぼやしている。さっさと帰らないと連盟に怪しまれるぞ」
9月7日
昭乃は統京の港でバクたちを降ろすと、富谷をめざし一人海路を帰っていった。昭乃は航海中いっさい無駄口をきかなかったが、別れ際、一つだけ言い残した。
「電気など無いままのほうがよかった。そう思うときが必ず来る。必ずな」
9月8日
NEXA本部にもどった一行は、赤ヶ島の調査報告会を開き、そこでアルとニコを紹介した。会議室に集まった各部門の代表者たちは、人間の力では認識できないという、テスランの存在をなかなか信じようとしなかった。そこでルウ子は議論の場を、統京の西湾岸にある大品発電所へ移すことにした。百聞は一見にしかずだ。
9月9日
ルウ子はバクとミーヤと平賀を引き連れ、発電所に出向いた。
大品火力発電所。かつては電力会社が管理していたが、今は研究用としてNEXAが所有している。外交回復の見こみは薄いと判断したNEXAは四年の歳月をかけ、この発電所を国内でまかなえる石炭仕様に改造した。あとは電気の源が見つかることを祈るばかりだった。
副局長であり電力開発部長でもある孫は、管制棟の玄関で一行を出迎えた。
「発電試験の準備はすでに整っています。ところで、その……」孫は平賀の手もとでたたずむニコに目をやった。「そんな小さな器の中に、地上のほとんどすべての電気を操る力が宿っているなど、未だに信じられないのですが……」
「別に信じなくてもいいわよ。そのほうが悩みが少なくてすむわ」
ニコは赤い瞳を細めた。
「う……」
孫は苦手な食材を前にしたときのような顔つきになった。
彼もまだ、アルやニコのような非科学的存在を受け入れられないようだ。
「と、とにかくやってみましょう」
三十分後。
所内の照明がいっせいに輝いた。カバンの底で眠っていたu・Pod(ユーポッド)は三十年前のダンスミュージックをならし、空調はダクトにたまった埃を吐き出し、資料室に展示してあった裸のエンジンはうなりをあげた。これまでは同じような手順を踏んでも、うんともすんともいわなかったものばかりだ。
アルとニコが本土にやってきて、世界は一変した。特に地属性ニコの人類に対する影響力は計り知れない。火力や水力をはじめとするほとんどすべての発電方式は、ニコの如何にかかっているのだ。
ルウ子とアル、平賀とニコは、人の手に負えないほど強い引力で結ばれており、完全にユニット化していた。二組のユニットは、いわばこの世の電気の大元締めである。テスランのふるまいはともかく、見た目上、スイッチ一つですべての電気がオンオフするところは、配電盤の遮断器によく似ていた。
ルウ子はこのユニットを『マスター・ブレイカー』と名づけた。
平賀は技術顧問としてニコとともに発電所に残ることになった。ルウ子はアルとともに本部へ帰っていった。バクとミーヤは特務研究員の任を解かれ、付き人兼ボディガードとしてルウ子に同行した。
9月21日
平賀源蔵が四半世紀ぶりに本土の土を踏んでから二週間がすぎた。平賀は大品発電所で充実した日々を送っていた。彼の豊富な経験と知識をめぐって、あちこちの部署で引っ張りだこなのだ。その一方で、彼は連日ニコの小言を浴びていた。
その日の午後。
平賀は休憩室で一息ついていた。
職員たちは皆忙しいようで、今はニコと二人きりだ。
平賀がソファに腰かけるなり、本日のニコの小言がはじまった。
「電気なんか作ったって、愚かな使い道に浪費されるのがオチね」
「私の目の黒いうちは、そうはさせんよ」
「あなたはずっと黒いままじゃない」
「……」
「?」
「そのことなんだが……」
平賀は立ち上がると、さっと窓を閉め、ドアに鍵をかけ、ソファにすわり直した。
「一つ教えてほしい。私や局長から時を奪ったのは、君たちなのか?」
「私たちじゃないわ。私たちをこんな風にした、あなたたちでしょ?」
「いつもながら容赦の欠片もないな……」
ニコたちが能力を獲得したときの副作用なのだろう。平賀はそう考えていたが、実際のところ、真実は誰にもわからなかった。
歳を取らなくなったことは、短い目で見れば喜ばしいことだが、その先には重大な落とし穴が待っている。
平賀は問わずにはいられなかった。
「私には、死は許されていないのだろうか?」
「病気をしたことは?」
「パワーショック時代に入ってからは、まったく。一度も」
「ま、老衰や病死は諦めるにしても、物理的に破壊すればなんだって死ぬでしょ?」
「それもそうだ」
平賀はほっと一息ついた。
いつの日か、世の中を知りすぎて心が壊れてしまっても、自分で命日を決められるということだ。ただ、気がかりなことが一つあった。
「運悪く、私や局長が死んだ場合、君たちはどうなるのだ?」
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや