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パワーショック・ジェネレーション

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「こ、こんなことがあっていいのか……」
 ケータイが起動すると、ケージの穴から顔を出すマウスの画像が映った。
 マウスの名はニコ。平賀に動物を飼う趣味はなかったが、友人が勤める研究所を訪ねた際に、箱の中で孤立していた一匹が妙に懐くので、つい持ち帰ってしまったのだという。
「詳しいことは後で話すわ、先生。その前に、ごたーいめーん」
 ルウ子はアルを、平賀のニコと向きあわせた。
 アルはぎこちない笑みを浮かべた。
「や、やあ……ニコ」
「運がなかったわね。転がりこんだところが、マヌケ女のオモチャだったとは」
 ニコはかぶりをふった。
「……」
 ルウ子の額にびきっと青筋が走った。
 アルは島へやってきたことについて言い訳をした。
「その……抵抗はしたんだけどね。彼女、口が上手くって……」
「いいんじゃない? 私は電気があったほうが、早く問題が解決してくれる気がするわ」
 そこにミーヤが割りこんだ。
「あ、あの、お取りこみ中のところアレなんだけど、先生が……」
 平賀は立ちつくしたまま、真っ白な灰になっていた。
 無理もない。ただの遺影にすぎなかったはずのニコが、いきなり人間の生中継のようにふるまったのだから。
 しばらくして平賀が蘇生すると、バクはこれまでの経緯を語った。
 技術畑の平賀は『テスラン』の存在という、科学理論から逸脱した話になかなか納得しなかった。悩んだ末、彼は暗黒物質(ダークマター)を一つの例に挙げた。直接観測はできないが、そこにあるとしなければ辻褄があわないもの。宇宙にはそういう謎が山ほどある。テスランもその類であろう。平賀は自分に言い聞かせるように語っていた。
 ニコは地属性、つまり地球由来の電気の伝わりを仲介する者たちの代表だ。彼女を起動したことで、長らく続いていたパワーショック時代に幕が下りようとしていた。
 平賀は興奮した様子で部屋を飛び出し、階段を駆け下りていった。
 バクたちも階下へ急いだ。

 一階は風力発電の研究室(兼管制室)だった。フロアの大半は研究区画だ。職員用の机、プロペラ式や垂直軸式風車の模型がならぶ実験台、電力や力学関係の資料が収まった書棚などがある。
 官制区画はというと、部屋の奥の隅っこの二畳ほどのスペースに、一人用ロッカーのような色形の制御盤と監視用のデスクトップパソコンが一台あるだけ。これで充分だった。
 窓の外では風車の白い羽根が勢いよくまわっている。
 平賀はすでに準備を終え、制御盤の前に立っていた。
 バクたちが見守る中、平賀はスイッチを一つ入れた。
 三十年の眠りから目覚めた計器針は、二度三度と身ぶるいして立ち上がっていった。
「おおお……」
 平賀はふるえる手を手で押さえつける。
 やがて計器針は右四十五度のあたりで落ち着いた。
 風速は十メートル毎秒。出力値が定格に達する。試験運転は成功だ。
 ルウ子は壁際に走り、蛍光灯のスイッチを一つ一つ入れていった。
「電気よ! 電気がもどってきた!」
 手に手を取りはしゃぐ、電化文明世代のルウ子と平賀。
「……」
 一方、若い三人は声もなく驚いていた。
 太陽やロウソクの炎とはまったくちがう、白々とした光。科学が作り上げた血管に、今、電気という名の血が通ったのだ。
 バクはその雪のような白さに寒気を覚えた。
 試運転を終えると、ルウ子は平賀に声をかけた。
「平賀源蔵。本日付けであなたをNEXAの特別技術顧問に任命します。異存はないわね?」
 いきなりの抜擢に平賀は顔をひきつらせた。
「い、いいでしょう。望むところです」
「正式な辞令は本部に帰ってからね」
 ルウ子は満足そうに微笑んだ。
 平賀はそばにいたバクに耳打ちした。
「君のボスはいつもこんなに唐突なのかね?」
「そうなんだ。神経回路の長さが他人(ひと)より短いらしい」
 びたーん!
 ピンクのケータイがバクの頬に張りついた。ルウ子が投げつけたのだ。
「な?」
 バクは共感を求める。
「なるほど」
 平賀は苦笑を返した。
 ケータイは空中をふらつきながら、ルウ子の手もとへ帰っていった。
 ルウ子がケータイを開くと、アルは前肢でおでこを押さえていた。
「あ、あんまり乱暴に扱わないでくれよ……」
「念のために聞いとく。ケータイを壊したらあんたたちはどうなるの?」
「ボクらがこの器に閉じこめられたとき、器自身もすっかり性質が変わってしまったみたいだよ。たぶん、爆弾を落としてもびくともしないだろうね」
「ならいい」
「よくない! もの言わぬ機械とはもうちがうんだ!」
「はいはい、悪かった悪かった」
 ルウ子は面倒くさそうにケータイの背中をさすってやった。
 
 ニコを手に入れたバクたちはさっそく本土へ帰ることにした。
 平賀は荷物を取りに二階の自室へ上がっていった。
 バクたちは風車のそばで彼を待っていた。
 ルウ子は帰京が待ちきれないのか、今後の構想を一人口にしている。
「やっぱ火力が使えるのは大きい。発電所の整備しといて正解だったわ。問題は燃料よね。外交が冷え切ってる限り、化石燃料の輸入は期待できないし……。となると、炭坑の再開発が急務ね。なんといっても発電は火力よ」
 それまで石油や天然ガスや原子力に頼っていたものを、石炭一手でまかなおうというのだ。発電所一つならともかく、それが全国に広がったらどのようなことになるのか。
 アルとニコは、ルウ子のケータイ画面を半分に割り、通信で議論を交わしていた。
「ああ、この緑でいっぱいの国が煤だらけになってしまうよ」
 アルはごろんと横になった。
 ニコは言った。
「そんなのたいしたことないわ」
 アルはむくと頭をもたげた。
「そうかな?」
「自然に任せておけばいいのよ。人間が勝手に自滅することも含めてね」
 人間に協力的かと思われたニコだが、あれは皮肉だったようだ。
 リュックを背にする平賀がケータイ片手にやってきた。
「耳の痛い話ですな、局長」 
 平賀は耳の裏をかいた。
「……」
 ルウ子は黙ったまま、広場を取り巻く木々の揺らめきを見つめていた。
「局長?」
「ううん。なんでもない」
 ルウ子は目を伏せると、ふっと息をついた。
「ところで昭乃はどうした?」
 バクは新しい事実のことで頭がいっぱいで、メンバーがそろっていないことに今ようやく気づいた。
「あれ?」
 ミーヤは左右に首をやった。
「まーったく、いつまで拗ねてんのかしら」
 ルウ子は一人、施設の裏手へ足を運んだ。

 昭乃は裏庭で気ままに咲く野花を見つめていた。
 ルウ子は両手を腰にあてて言った。
「なーに黄昏れてんのよ。帰るわよ」
「……」
「あたしらを無事帰還させるまでが約束でしょ?」
「なにかを燃やしてまた地球を汚そうとする。作った電気でまたなにかを壊そうとする」
「そういうことはね、電力で食糧危機を救える見通しが立ってから議論すべきことよ」
 昭乃はキッとルウ子を睨んだ。
「それでは遅い! 一度ふくらみはじめた人間の欲望は、爆発して、自ら滅ぶまで止まらない」
「将来そうなったとすれば、それははじめっから人類の宿命だったのよ」
「そうはさせない! 今ここでおまえを倒せば、歴史を変えられる!」
 昭乃はナイフを抜いた。