パワーショック・ジェネレーション
ルウ子はだっと通路を駆け、ターゲットの前に立つや、ノックもせずにドアノブを引っ張った。
金属棒が二度抵抗した。
ルウ子は鼻をならすと、ついてきた者たちに予言した。
「本土からの逃亡者が隠れてるわ」
「なぜわかる?」
バクは訊いた。
「離島の暮らしに鍵なんか必要ないもの」
そのとき、さっとドアが開き、手斧を持った白髪頭が吠えた。
「なにしに来た!」
バクとミーヤと昭乃は反射的に飛び退いていた。
ルウ子だけは何事もなかったように老人と相対している。
「ブツを取りにきたわ。隠しても無駄よ」
「わ、私はなにもやっていない」
「諦めなさい。証拠はあがってんのよ」
「私はむしろ……被害者なのだ」
「は? なんのこと?」
「離島事件にはいっさい関わっておらん!」
「そうじゃなくて!」ルウ子は地団駄を踏んだ。「ああもう、自分で探すから!」
ルウ子は一歩踏みこんだ。
「く、来るな!」
老人は目を剥き、手斧をふり上げる。
「待った!」
バクがそこに割って入った。
刃はバクの鼻先一センチのところで止まった。
バクはハッとした。体が勝手に動いてしまった。まだ死ねない体だというのに。
「どきなさい」
ルウ子はバクの背中をぐいと引っ張った。
「な!?」バクはかっとなった。「礼ぐらい言ったらどうなんだ!」
「この男に人殺しの根性なんかないわ。そんなことも見抜けない役立たずなら、今すぐ泳いで帰ってもらうしかないわね!」
「根性はなくても手もとが狂うことはあるだろ!」
「そのときはそのときよ」
「強がんのもいい加減に!」
バクが平手を上げたとき、ミーヤがその肩にすっと手をのばした。
「ルウ子さん。そんなに焦らなくても……」
ミーヤは二人をなだめると、挙動のおかしなケータイについて老人に尋ねた。
老人は思いあたる節があるのか、手にしていた斧を玄関の壁に収めた。
作業服が妙になじんでいる。仕事がないときでも着ているのだろう。根っからの職人といった感じだ。
「入りなさい」
老人は言って、奥に姿を消した。
バクは目配せしてミーヤを引きとめ、ルウ子と昭乃を先に行かせた。
「ミーヤ。俺……」
ミーヤを一人にさせないと約束しておきながら、他人のために身を擲つような無茶をした。その言い訳をしようとしたのだが、どう言えばいいのか、急にわからなくなってしまった。
「気持ちはわかるけど、もうちょっと冷静にね」
ミーヤは微笑むと、足早に部屋へ上がっていった。
バクは独り言った。
「自分でもわかんないのに、なんでミーヤがわかんだよ」
部屋はがらんとしていた。紙切れで散らかった事務机、古びた理工学書がならぶ書棚、折りたたんだシミだらけの布団、電気回路の残骸が山盛りの段ボール箱が一つ。物らしい物といえばそれくらいだ。
老人は机に収まっていたイスに腰かけると、バクたちを畳にすわらせた。
「私は平賀源蔵(ひらがげんぞう)。お嬢さんの言うとおり、逃亡者だ」
平賀に妻子はなく、自称仕事人間。2016年の大停電当時は電力会社の技術顧問をしていた。パワーショックに入ってしばらくは本土で配給生活を送っていたが、旧政府が倒れ治安が悪化したことを機に赤ヶ島へ逃亡。事情を話して島人の世話になろうと思っていた矢先、難民を装った暴徒による例の『離島事件』が各地で起きた。
「本土者とわかれば、もはやなにを言っても命が危うい。私は住む場所に困り、山をさまよっていたところ、この放棄された研究所を見つけたというわけなんだ」
平賀が話をしめくくると、すかさず昭乃が口を開いた。
「無駄と無駄。同類はよく引きあうというが、本当だな」
バクは頭にきた。
「爺さんのどこが無駄だ!」
昭乃はため息をついた。
「まったく、出来の悪い生徒だな。そんなに私の補習を受けたいか?」
「悪いが遠慮しとくぜ。頭突きの王者になっても自慢にならないんでな」
「なんだと!」
立ち上がろうとする昭乃に先んじて、平賀は言った。
「君の言うとおりだ。私は無駄などころか、存在自体、有害な人間だ。島にとっても、世界にとってもね」
「そこまでは言ってない」
昭乃はどかっとすわり直した。
と同時にルウ子がすくと立ち上がった。
「世界にとっても、って言ったわね。その偉そうな神経はどこから来るのかしら?」「私はこの山に籠もり、パワーショックの原因を考え続けてきた。これは電気の問題だ。世界屈指の電力会社にいた私には、解決する義務があると思った」
「それで?」
平賀はふっと疲れた顔をした。
「四半世紀かけてわかったことは、ただ一つ。自分はこの世に何一つ影響をあたえられない、ということだけだった」
ルウ子はいつになく穏やかな顔を見せた。
「そんなに落ちこむことないわ。あたしのブレインたちもお手上げだったから」
平賀は偉そうに語るメガネ少女に怪訝な顔を向けた。
「ルウ子さん、と言ったね。あなたはいったい……」
「実はあたし、NEXAのトップ張ってんの。ミーヤ!」
「は、はい」
ミーヤは組織の概要を手短に語った。
「……」
平賀は難しい顔のまま聞き入っていた。
ルウ子は眉を段にした。
「あら、あんまり興味なさそうね」
バクも意外に思った。平賀は時機到来と目を輝かすものとばかり……。
平賀は低く言った。
「そんな大事なこと、私に話してもよかったのかね?」
四人は息を凝らした。
バクは老人を睨め上げた。
「あんた、まさか……」
平賀はバクを一瞥すると、明るく言った。
「それでブツというのは、これのことですかな?」
平賀は作業服のポケットから青いケータイを取り出すと、ぽいと床に放り投げた。 すると、ケータイは物理法則を無視して平賀の手もとに舞いもどった。
「パワーショックがはじまったあの晩のことだ。会社に状況を聞こうと私はケータイを手にしたのだが、これがうんともすんともいわない。頭にきた私はケータイを床に投げつけた。するとこれだ。無論、停電事件との関わりを疑った。だが、電気を失った電気屋はあまりに無力だった」
「……」
バクは一気に疲れた。てっきり平賀は、ルウ子一味を売る代わりに島民として認めてもらうつもりなのかと思っていた。
一方、ルウ子は老技師との駆け引きを楽しんでいるようだった。
「ところで先生、お歳はいくつ?」
平賀は遠い目をした。
「六十から先はもう忘れてしまった」
「とぼけてもダメよ。あたしの見たところ、リアルで九十六、七ってところかしら? 会社を定年退職して技術顧問になった。それから数年して急に歳を取らなくなった。ちがう?」
「な、なぜそれを……」
「そんな怖い顔しなくてもいいわ。あたし、こう見えても2000年生まれよ。んで、原因はコイツらしいの」
ルウ子は懐からケータイを取り出し、広げてみせた。
緊張しているのか、画面の中のアルは写真のように固まっている。
「!」
平賀はガタッと立ち上がった。
「さっそくだけど先生、そのケータイ、起動してもらうわよ」
「う、うむ」
平賀はルウ子に言われたとおり、自分自身の電話番号を押した。画面に明かりが灯ると、彼は異境の新奇術に狼狽える老賢者のような顔になった。
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや