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パワーショック・ジェネレーション

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「ま、なんにしても、今は今のことを考えましょ。あんたも責任ある立場なんだから、一度決めたことを前にぐずぐず引きのばさないの。いいわね?」
「クッ……」
 昭乃は斜めにうつむいた。

 バクたちは来た道を少しもどり、島北部の小さな集落に足を踏み入れた。そこから少し行った山裾の林の縁に、島の頂へ通じる登山口がある。アルの片割れはその頂にいるらしい。
 今にも崩れそうな古い平屋の民家が道沿いに連なっている。その中のある軒先を通りすぎようとしたとき、庭にいた老婆が一行を呼び止めた。
 バクは緊張した。バレたか?
 老婆は言った。
「疲れとるようだの。休んでいきなされ」
 バクとミーヤは顔を見あわせた。
 信用していいものかと、バクが皆に相談を持ちかけようとしたとき。
「ありがとう。お世話になります」
 ルウ子は疑うことも遠慮もなく、厚意に甘えた。
 一行は用意された和室で荷を解いた。その最中、バクは不用心な決断についてルウ子を責めたが、いっさい耳を貸そうとしないので、しつこくつきまとって口撃を加えていった。
 ルウ子はそんなバクをひと言で黙らせた。
「世の中はね、敵と味方だけで成り立ってるワケじゃないのよ!」
 あるときはNEXAのトップとして、あるときは女子学生として、またあるときは飢餓地獄のサバイバーとして、ルウ子はあらゆる種類の人間を見てきている。
 直感。それは持って生まれた才能よりも、経験の積み重ねが決定的にものをいうらしい。バクは早く大人になりたいと思った。

 老婆の言うとおり、一行は慣れない船旅で疲れていた。
 夕食後、ルウ子は布団を敷いて横になると、五分もしないうちに寝息を立てはじめた。
 それを見ていた昭乃は、「男なら弁えろ」とバクを部屋から追い出した。
 バクは部屋を出るとき、捨てゼリフを吐いた。
「拳は男前のくせに、そういうことは別なんだな」
「……」
 昭乃はさっと障子を閉めた。
 するとミーヤは昭乃の前を素通りして、隣部屋へ移っていった。
 昭乃はそれをとがめはしなかった。むしろ、微笑をもってそれを見送った。
 その部屋は、昭乃とルウ子の二人きりとなった。
 ルウ子は口からかすかによだれをたらしながら熟睡している。
 昭乃はルウ子のすぐそばに正座した。懐に手をやり、隠していたナイフを抜く。
「バク、おまえの批判はまちがっていない」
 昭乃は持ち手をふり上げた。
「ん……」
 ルウ子は顔をしかめる。
「!」
 昭乃は思わず手を止めた。
 ルウ子の顔中に汗の玉が湧き出していく。
「利き銀行券なんてもうたくさん……」「十円しゃぶっても銅臭いだけだし……」
 などと、わけのわからない寝言を言いはじめた。
 暗殺の気配を察したわけではないようだ。
 昭乃は聞き耳を立てた。


 * * *


 蝉の声なのか、耳鳴りなのか……。どっちでもいいけど、もっとボリューム絞ってくれない?
 誰も使わなくなった郵便局。無惨に壊されたATM。
 防犯用ミラーに映った自分。出来の悪いミイラがなんか睨んでる。
 地べたにすわって装置に寄りかかる。
 額面入りの紙きれはもうたくさん。プレーン。汗ひたし。昆虫サンド……いろいろやったけど、続けられる味じゃあないわね。
 ふと、鼻がひくついた。
 かすかな甘い匂い。これは……干し柿。工場が動いてた時代の加工品。持っているのは若い男。風上のビルの陰にいる。
 この辺はくまなく漁ったのに。どこで見つけたんだろう。
 どうでもいい。そんなこと。だって、もう、それは、あたしの……。

 正気を取りもどすと、歩道に男が一人横たわっているのを認めた。
 幾筋にも分かれた赤い支流が緩い坂道を下っていく。
「ああ、ひっつかまえて、在処を吐かせるんだった……」
 頭を小突いた。
 でも、明日になるともう、今日のことは忘れてしまってる。刺したことも、刺さずにすます方法があったと省みたことも。
 誰もいない高架下で干し柿を頬張った。
 目眩がした。その甘さに酔いしれるよりも先に、味覚そのもののメーターがふりきれてしまった。久しく触れてなかった芳香にあたったのか、鼻の粘膜がひりひりする。ついでに耳もおかしくなった。頭上でガタゴト電車が通りすぎる音。
 いったいいつまで待てば、エアコンの効いた部屋で見もしないテレビをつけケータイをいじりながら冷蔵庫から取り出したアイスをお腹が下るまで食べまくれる日がやってくるのだろう。
 涙は出なかった。代わりに鼻水をすすった。
 しまった。鼻づまりは嗅覚を鈍らせる。
「!」
 人の気配にふり返ったときはもう遅かった。
 飛びかかってくる大きな影。
 為す術もなく歩道に転がされる。
 六本の青臭い手が衣服を剥いでいく。
 果実が露わになる。
 荒げた息。血走る目。
 正面の手が熟しかけの果実をつかもうとした、そのとき。
 すべての手が凍りついた。
 生唾が三つ、喉の奥に流れ落ちた。
 正面のふるえる手が、そっと果実を包み直していく。白き大地の上を縦横に走る、赤き山脈に注意しながら。
「ご、ごめん……なさい。まちがえました!」
 悲鳴と足音がいっせいに遠ざかっていった。
 握っていた手を開く。キラリと光る銀色の欠片。
『作業』を諦めてくれたおかげで、こちらも『作業』せずにすんだ。
 お腹の干し柿がなかったら、ちがう運命だったかもしれないけど……。


 * * *


 9月5日

「ハッ!?」
 昭乃は正座のまま目覚めた。
 窓の外はもう白みがかっている。
「同じ夢を、私も見ていたのか?」
ルウ子が日課と称していたのは、これのことだったのか。時を奪われたルウ子は、あんな苦い夢を、果てしなく……。
「クソッ!」
 昭乃はナイフをふり下ろした。
 刃はルウ子の耳をかすって枕に突き刺さった。
「もう少しだけ、時間をやろう」

「あれか」
 バクは朝日が照らす山頂に目をやった。
 ゆっくりとまわり続ける白い風車。木々のすき間からプロペラの上半分だけが見える。
 ルウ子は手にしていたケータイに話しかけた。
「あんたの片割れはたしかにあそこなのね?」 
 ソファに横たわるアルは、前肢をなめながら言った。
「そうらしいね」
「ところで、そいつもあんたみたいな猫の姿なの?」
「さぁね。パートナーの趣味次第じゃないの?」
 それからしばらく山道を行くと、低木に囲まれた草深い広場に登りつめた。
 遠目にはおもちゃのようだった風車。今は開いた口を塞ぐのに苦労する。
 バクたちは風車を横目に、古びた二階建ての施設に足を向けた。
 そこは風力発電の研究所だった。電気が使えなくなってからは誰も通っていないはずだと、宿の老婆は語っていた。離島の民は自給自足生活の維持に忙しく、たいした眺望もない山頂に遠足するような暇人などいなかった。
 見たところ、施設の一階は職場で二階が宿舎のようだ。一階はどの扉も窓もブラインドも閉め切ってある。人の気配はない。
 バクたちは錆びかかった外階段を上がった。
 二階は玄関らしきドアが三つならんでおり、アパートのような造りだ。
「ん?」ルウ子の鼻がひくついた。「奥から生活のニオイがする」