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パワーショック・ジェネレーション

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 バクと昭乃がデッキで待っていると、帆船の船室からジャージ姿の厳つい男が出てきた。
 虎髭をたくわえたその男は、昭乃に目をとめるなり、親しげに声をかけた。
「よぅ昭乃、久しぶりじゃねぇか」
 昭乃は男のふくれた腹に目をやった。
「大村さん、ずいぶん暇そうな腹だ」
 大村はたるんだ腹の肉をつまみむと大笑した。
「ダッハッハ! 相変わらず手厳しいな。近頃は平和すぎて呑んでばかりよ」
 男の名は大村猛(おおむらたけし)。そこらの漁師となんら変わらない風貌だが、これでも離島海軍の一将である。
「そんなことでは変装した工作員の潜入を許すぞ。味方にも少しは注意を払わないとな」
 昭乃が言ったのと、ルウ子がキャビンから出てきたのとは、ほぼ同時だった。
 ルウ子に続いたミーヤが、はらはらと気を揉んでいる。
 昭乃はそれを横目に見ながら愉快そうに目を細めた。
 一方、事務服姿のルウ子は、なに食わぬ顔でメガネをふきふきしている。
 昭乃はむっと眉をひそめたものの、瞳が正面を向いたときにはもう、いつもの仏頂面にもどっていた。
 ささやかな抵抗も、通用したのはミーヤだけのようだ。『NEXA局長・橋本ルウ子』の風貌はよほどインパクトが強かったのだろう。そこから少しでもズレがあると、誰も本人だとは気づかない。
「他ならねぇ昭乃チャンの忠告だ。ありがたく受け取っておくぜ。なぁ?」
 大村がふり返ると、船員たちは鼻の穴を広げて激しくうなずいた。
 バクは思わず空を仰いだ。
 彼らといい富谷の警備隊といい……。見た目はともかく、あの行きすぎた武人肌の性格を知らないわけでもないだろうに。
 昭乃の生まれ持った色香に、大村はすっかり緩みきった顔で話を続けた。
「で、社会見学したいってのがそこのガキどもかい?」
「ああ。二、三日迷惑をかけてしまうが……」
「しかしよぅ、なんでまた一番ちっぽけな赤ヶ島なんだ? 見学なら七丈島(しちじょうじま)のほうがガイドもいるし、見所も多いし……」
「ああ……それはその……」
 昭乃の目が泳いだ。
 すかさず、ルウ子がすまし顔で代弁を務める。
「えー、富谷コミュニティーといたしましては自然のままの土地が一番多く残っている島が最も見学に適しているだろうという結論に至り赤ヶ島を希望させていただいておりまして島を二度訪問した高森先輩の正確無比な記憶を頼りに我々独自の趣向を凝らした地図を作製いたしましたのでガイドのほうもご心配には及びません」
 大村はぽかんと突っ立っていた。
「な……」そこで正気にもどった。「なーるほどな。にしても、若けぇのにしっかりした嬢ちゃんだ。いい後輩を持ったなぁ、昭乃」
 大村は朝日に向かって笑った。
「ま、まぁな。やかましくて困るくらいだ」
 昭乃は引きつった笑顔でルウ子の肩に手をやった。
「……」
 ルウ子はメガネの縁に手をやり、ふっと口もとを緩めた。


 9月4日

赤ヶ島。伊舞諸島の最南端に位置する、人口わずか四百ほどの小さな島である。地図で見ると雫のような形をしており、尖ったほうが北を差している。
〈シーメイド〉が領海に入ってから島南部の港につけるまで、まる一日かかった。なにもない海(たまに小さな島はあったが)ばかり見ていたせいか、長い航海に不慣れな昭乃以外の三人は、遠いところへ来てしまったのだ、という旅情とも旅愁とも言えぬ思いを顔に浮かべていた。
 一行は船を降りると、昭乃を先頭に、海沿いの縦断道路を一時間ほど北へ歩いた。崖路を行けば無数の海鳥たちが縦横無尽に舞い、山路を行けば小さき営みを見守る原始の森が広がっていた。この島では人間のほうが脇役だった。
 北の岬に着くと、昭乃は皆に向かって両手を広げた。
「ここは理想郷と言ってもいい。すべてが大いなる循環の中でまわっていて、無駄なもの、ゴミになるものなど一つもない」
「あの城壁は無駄なものに入らないのかしら?」
 ルウ子は海岸をきれいに縁取っている石垣を見渡した。
 離島連盟は結成して間もなく、本土民の襲撃に備えるべく、諸島を次々と要塞化していった。この赤ヶ島も例外ではなかった。
 昭乃は力無く手を下ろした。
「もし……世界がこの島だけだったなら、どれほど素晴らしいか」
 それはバクが感じた富谷の印象と同じだった。
「わかってないのね」ルウ子はイラついた顔で言った。「じゃあたとえば、天の悪戯で世界がこのちっぽけな島だけになったとするわ。食べものや資源は海に求めれば豊富にある。暮らしが豊かになれば自然と人口が増える。でも、土地はここしかない。建物は二階から三階になり十階になり、いずれは超高層マンションが建つようになる。それでも足りなくなる。森や山を削ってまた建てる。そしていつしか第二の統京になってる。この巨大天空都市で暮らしていくには、水一杯飲もうとするだけでも、どうしたって文明の、電気の力が必要……」
「そんなことにはならない!」
「ならない? ホントに?」
「互いの目が行き届く小さな社会では、どんな愚行もすぐに正せるものだ」
「ふーん。ところで富谷の若者たちって、豊作が長く続かないよう密かに『儀式』をするっていうじゃない?」
「な! なぜそれを……」
 昭乃は腹痛をこらえるような顔になった。
「村が豊かになれば人口が増え、やがて共生社会が維持できる限界に達する。すると人口が減るまでの間、夫婦はたとえ適齢期であっても子作りを禁じられる。自然保護を謳っている連中が、自然の摂理に反することをやってる。これって正さなくてもいいことなのかしら?」
「我々は大地とともに生きる道を選んだ。自然を破壊するくらいなら、その宿命を受け入れたほうがマシだ」
「あんたはまだ女になってないから、そんなことが言えるのよ」
「どういう意味だ」
「女になれば、わかるわ」
 昭乃は胸に弾でも食らったようにうっとなった。
 気持ちを立て直したのか、昭乃はくいと顔を上げた。
「富谷のやり方が万人にとって正しいかどうかは、私にもわからない。だが、少なくともこれだけはたしかなことだ。電気には魔性が宿っている。人の欲望に巣くって本当に大切なものを破壊していくだけだ」
 昭乃はバクに歩み寄り、肩に手をまわした。
「惑わされるな、バク。ルウ子(あれ)は電気さえもどってくればそれでもう満足なのだ。緑の大地が砂漠になろうと毒の空気に包まれようと、それ以外のことはどうでもいいのだ」
「……」
 ルウ子は表情を作らず反論もしない。
 ミーヤは昭乃に言った。
「そんなにルウ子さんを責めないで。ルウ子さんは電気を取りもどしたい一心だけで人生のなにもかもを犠牲にしてきた。他のこと考えてる余裕なんかなかったんだよ」
「数知れぬ尊い命のこともか?」
 どこで調べたのか、昭乃はルウ子の過去を責めた。
 ルウ子はメガネを外し、昭乃を直視した。
「あの日止まってしまった、あるべき時の流れを取りもどすことができたなら、あたしを煮るなり焼くなり、皮を剥いで悪党博物館に展示するなり、好きにすればいいわ!」
「そんなもの、建てるまでもない!」
 ルウ子と昭乃は、天地も裂けんばかりに激しく睨みあった。
 小さな地震があった。
 揺れが収まると、ルウ子は険を緩めた。