パワーショック・ジェネレーション
ルウ子は左肩にかかる竜巻毛をバッと払った。
「うちの情報力をナメてもらっちゃ困るのよねぇ! NEXA提供のスクープ記事、読んだことない? あ、新聞取ってないから知らないっかー」
「微力ながら、我々も情報収集は怠っていない。それくらいのことは私も耳にしている」昭乃は唇をぐっと噛みしめた。「今回……だけだからな」
「そんなにシリアスになりなさんな。ブツを見つけたらすぐに帰るから。悪の組織に荷担した、なーんて深刻に悩むほどのことじゃないわ」
ルウ子の無礼な態度に、長老衆が「冗談じゃない!」と大騒ぎするも、長が「全国のコミュニティーに恥をかかすわけにはいかん」と諭し、ルウ子の提案を渋々受け入れたのだった。
8月7日
意識を取りもどしたバクのもとに、ルウ子がやってきた。
ルウ子はなにも言わずニカッと歯を見せ、親指を突き立てた。
バクはベッドで横になったまま、弱々しく親指を見せた。
「トラブルをそっくりチャンスに変えちまうなんてな」
「それがあたしの仕事だもの」
「ったく、その自信はどこで売ってんだよ」
「ところで、その……あのね……」
ルウ子はもじもじと身をよじると、横を向いた。
「な、なんだよ」
ルウ子はちらとバクに目を流し、さっとまたもどした。
「追いつめればなんとかなると思ってた」
バクの力量を過信し、轢き殺さんと脅したことを詫びたいのだろう。
「壁に言い訳したってしょうがないぞ」
「う、うるさいわね!」
「そのつもりはなかった?」
「あたりまえでしょ!」
「じゃあ、ちゃんと謝れよ」
ルウ子は正面を向き一歩前に出ると、顔を引きつらせた。
「クッ、キッ……」
「……」
バクは必死に笑いをこらえた。
努力は認めるが、慣れないことを前に緊張しすぎている。
「ご、ご……」
「ご?」
「ごめんな!」
ルウ子はぶんっと頭をふり下ろした。
鈍い音がした。
額に手をやり、歪めた顔を上げるルウ子。
「さい?」
「……」
バクは激痛のあまり声も出なかった。
ルウ子の頭突きはバクの胴を伝い、ふさぎかかっていた背中の傷口を圧迫していたのだった。
「つ、つもりじゃなかったのよ。つもりじゃ」
ルウ子は苦笑いを見せつつ後ずさり……。
空の食器でいっぱいのワゴンを尻で突き倒し……。
戸口にいたナースを盆の薬湯ごと突き飛ばし……。
病床小屋から逃げていった。
「あ、あんにゃろう……」
バクはそれから高熱を出し、五日も余分に寝こむはめになった。
第四章 マスター・ブレイカー
9月2日
統京湾を疾走する一隻の小帆船があった。
全長十メートルの中型ヨット〈シーメイド〉号は、昭乃がはじめて離島へ渡ろうとした際に、知りあいの漁師からもらい受けたものだ。海を行く船だけに磯臭さはしかたないところだが、それを差し引いても、どことなく生臭い感じの船だった。
〈シーメイド〉は船尾デッキに凹みがあり、そこが操縦席(コクピット)となっている。舵を握るのは艇長(スキッパー)の昭乃。向かいに乗組員(クルー)のミーヤが腰かける。クルーはバクと二人で交代制だ。訓練期間が取れず、二人あわせてやっと一人前といったところだった。
コクピットの前方には船室(キャビン)がある。入ってすぐ小型キッチン(ギャレー)があり、ロングソファが向かいあう居食兼用スペースがあり、その奥の突きあたり……。
収納扉の前でルウ子は壁鏡と格闘していた。
ルウ子の目立ちすぎる容姿と肩書きは離島連盟にも知れ渡っている。思い切った変装が必要だった。ルウ子は金色のダブル竜巻毛から一変、黒髪の少年のような姿になった。ヘアメイクは出航に間にあったが、服の選考がまだだった。
バクはロングソファの端に腰かけ、ルウ子の華奢な後ろ姿に見入っていた。
こうして無駄な武装を取り除いてみると、なにかこう、包んでやりたくなるような頼りない背中だ。老いを忘れた体を授かったとはいえ、あんなか細い双肩でこの国の過去と未来を背負い続けて無理が出ないわけがない。ある日突然、ルウ子は線香花火のように潔く燃え尽きてしまうんじゃないか……。そんな不安にかられた。
バクの沈思はそこで乱された。
ルウ子が後ろ向きに放り投げた割烹着が、バクの顔を覆い隠したのだ。
バクはそれを引っつかむと、衣装で散らかった手前のテーブルに放った。
野良着にツナギに作業着に迷彩服にオヤジジャージ。なにやら倒錯系コスプレ大会の様相を呈してきている。衣装は富谷の民からかき集めてきたものだ。
下着姿のルウ子。鏡にバクが映っていても気にもとめない。それよりもショーツのズレのほうを気にしている。
鏡越しにバクと目があうと、ルウ子はふり返った。
「なに? 履きたいの?」
「履くか!」
「じゃあ、なんだってのよ」
「あんたには男に対する恥じらいとか恐怖とかないのかよ!」
「ああ、そういうこと……」ルウ子は頭をぽりぽりとかいた。「ずっと前に、置いてきたまんまになってるわ」
「置いてきた? どこに?」
「捨てられたガレージとか橋の下とか、いろいろよ」
「なんでまたそんな人気(ひとけ)のないところに……」
「人の目があったら作業に集中できないじゃない、お互い(傍点)」
「!」
バクは目に入った衣装をさっと手にした。動揺を悟られぬよう無理をしたせいで、鼓動が高鳴っている。
あのときよぎった破滅の予感は、そういうことだったのか。もし、あのまま眠れる裸のルウ子に触れていたら俺は……。
一瞬、目頭に熱いものがこみ上げた。
ルウ子の過去には、誰も深入りすべきじゃない。誰も。
バクは衣装をまさぐりながら、ふと上に目をやった。
壁の小窓に昭乃とミーヤの顔があった。二人は身をかがめて頬をすりあわさんばかりに顔を寄せ、無言でキャビンの様子をうかがっている。
昭乃はバクと目があうと、さっと姿を消した。
ミーヤは物憂げにこちらを見ていたが、一人になったと気づくと、あわてて昭乃に倣った。
結局、ルウ子は事務服姿に分厚いフレームのメガネを装着、という出で立ちに決まった。
その日の夜は凪で、ヨットは停滞していた。
バクは一人見張りを任され、コクピットの暗がりに立っていた。
開け放しのスライド式ハッチ。キャビンの仄かな明かりと、ソファで語りあう女たち。
あのメンバーでまともに会話が成立するのはミーヤの存在があってこそだ。ルウ子も昭乃も、ミーヤを中継して話をしている。
ミーヤは笑顔をふりまく。
昼間の憂鬱そうな顔はどこへ行ってしまったのか。
「ミーヤ。おまえのこと、よくわからなくなってきた……」
9月3日
〈シーメイド〉は統京湾を抜け、ひたすら南へ進んだ。その先には、九つの有人島をはじめ島々が南北に縦列する、伊舞(いぶ)諸島がある。離島連盟の東の玄関だ。
ヨットが領海に近づくと、朝霞の向こうに海軍らしき船影をいくつか認めた。さらに近づいて海図上の境界に差しかかると、三本マストの帆船がこちらへ寄せてきた。富谷と連盟とはすでに書簡で話がついており、彼らに張りつめた様子はない。ヨットと帆船は平行にならぶと、互いに帆を下ろし錨を海へ投じた。
作品名:パワーショック・ジェネレーション 作家名:あずまや